蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

トウキョウソナタ

2009年06月21日 | 本の感想
トウキョウソナタ

主人公(香川照之)は、大きな会社(体重計で有名なタニタ。この映画の中の設定ではこの会社はかなりイメージ悪いのにわざわざこの社名を使わせた意味がわからない)の総務課長だったが、担当業務がオフショア化されることになり、あっさりクビになる。
しかし、妻(小泉今日子)や子に打ち明けることができず、会社へ行くフリをして職安へ通う。そこで旧友と会うが、その旧友も失業していることは家族に秘密にしており、疑いはじめた家族を信用させるため、主人公を自宅に呼んで部下のフリをさせる。しかし、家族にはバレバレで、旧友はやがて一家心中をとげる。
主人公の長男は、平板な日常に嫌気がさして軍隊に志願する。
次男は、近所のピアノ教室の美しい先生に惚れて、親には内諸(給食費を流用する)で教室に通うが、実は彼は天才児で、先生は音楽校への進学を勧める。

起承転結でいうと、この辺りまでが起承に当たって、一見何の変哲もなさそうな家族が実はそれぞれに秘密や不満を抱え、といったまるで「岸辺のアルバム」(古いな)的ホームドラマかと思ってみていたら、転の部分で突然映画は(意識的に)破綻し、ムチャクチャな展開を見せる。
家族皆が潜在させてきた不満や願望が一気に噴出して各人が異常な行動に走るのだけれど、おそらく、この部分は映画の中の現実ではなくて各人の妄想を映像化したもの、と解釈した。

そして結の部分で、物語は予定調和的な落ち着きを見せて終わる。だからこそ、やっぱり転の部分のいびつさが印象に残る映画だった。
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スペインの宇宙食

2009年06月14日 | 本の感想
スペインの宇宙食(菊地成孔 小学館文庫)

日経新聞夕刊のコラムで著者が紹介されていて、興味を引かれ読んでみた。

著者は「カリスマ音楽家」(本書オビの紹介文)なのだが、ホームページに大量にアップしたテキストも評価され、「文筆家」(本書オビの紹介文)としても活躍している。

地方都市の歓楽街にある料亭の息子として育つが、早くから音楽に目覚め、10代の終わりから20代のはじめ頃は毎日ディスコに通って毎日女と寝て、でも大量の専門書を読み込んだ玄人筋では有名な理論家で、グルメとしても知られ田中康夫並みの美食経験を持つという。

著者は私と生年が1年違う同世代なのだけど、本書で語られた半生はきらびやかで、波乱万丈で、おいしいものをたくさん食べてて、同じ人間で何でこんなに違うのか、とボウ然としてしまう。

一方で著者は神経症に苦しんでいるそうで、あまりに刺激に満ちた暮らしは、精神に悪い影響を与えてしまうのだろうな、とも思った。(強がり)

結局、本書は自慢話に終始していて、読んでいて、イヤミな奴だなあ、というくらいの感想しか持てなかった。(単なる嫉妬)
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何もかも憂鬱な夜に

2009年06月13日 | 本の感想
何もかも憂鬱な夜に(中村文則 集英社)

児童養護施設で育った主人公は、刑務官になる。
勤務する拘置所の規律が緩みがちで、主人公は、ある受刑者にだまされたことが深い傷になっている。
主人公は暴力衝動から逃れられず悩むが、だまされた受刑者と後日偶然再会し、受刑者から、暴力衝動を持つ主人公は(受刑者と)同じ側の人間だといわれて激しく動揺する。
主人公の担当する未決囚は、18歳で殺人を犯して死刑を宣告されるが、控訴しようとしない。主人公は、自分と同じような境遇であった未決囚に同情し、何とか意思疎通しようとするが、なかなかうまくいかない。

主人公が尊敬する養護施設の指導者は、世の中には素晴らしいもの(芸術作品)がたくさんあると言い、主人公にそれらに触れることを勧め、主人公は未決囚に同じことを勧める。
未決囚はバッハの「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」に感動した、という手紙を書く。

この手紙は本書のラストに掲げられているのだけれど、「何もかも憂鬱な夜に」は、「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」て終わる、という見立てなのだろうか。

著者の芥川賞受賞作同様、本書も恵まれない子供時代を送った人達の苦しみとそこから脱出しようとする努力みたいなものを描いている。私自信は何不自由なく育ったのだけれど、(それゆえにか)「恵まれない子供」を描いた作品がなぜか好きで、本書もそういった内容らしいということを知り読んで見た。

題名通り、冒頭から、暗鬱な感じのストーリーが終盤まで続くが、最後にやけにすっきりすべてが解決、みたいな結末になったのは、ちょっと拍子抜けと言う感じ。
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聖母の部隊

2009年06月07日 | 本の感想
聖母の部隊(酒見 賢一 徳間書店)

奥付を見ると1991年に発行された本。
「後宮小説」の圧倒的な面白さにしびれた私は、この本も読みたいと思っていながら、ついに20年近くも実行しなかった。
もう忘れかけてたのだけど、最近、何かの雑誌で(確か)桜庭一樹さんが、本書を薦めているのを見て思い出し、図書館でたまため見つけて読むことになった。

途上国での内戦を思わせる戦闘地域で、主人公が住む村は全滅するが、主人公をふくむ子供は助けられて15人の子供たちは女性の戦闘指導員に育てられ、ゲリラ戦の戦闘員に仕立て上げられる。
主人公たちは戦闘指導員を母のように慕い、戦闘指導員にもいつしか母親のそれに似た感情が芽生える。

まあ、ありそうな筋立てで、オチもある程度予想はつくのだけれど、指導員と子供達のあいだの愛情の芽生えと発展ぶりが、少ない紙数の中ながら、巧みに語られ納得性が高く、著者の力量を感じた。

「陋巷に在り」はSFとも言える内容だけれど、この本以来、著者はSFを書くのをやめてしまったみたいで残念。山田正紀級の実力の持ち主だと思うんだけれど。

ところで、本書(ハードカバー)の表紙画は、生頼範義さんによるものだけれど、これが一目見ただけで物語世界をすぐに想起できるような素晴らしい出来。
生頼さんというと「幻魔大戦」のイラストとかスターウォーズのポスターを思い出すけど、最近あまり作品を見かけないような気がする。
近頃の表紙絵って抽象的・デザイン画的な指向が強くて、小説の中身を一枚のイラストで表現するみたいなのが少ないので、生頼さん系の作品による装丁ももっと見てみたいと思う。
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イントゥ・ザ・ワイルド

2009年06月06日 | 映画の感想
イントゥ・ザ・ワイルド

主人公は、優秀な成績で大学を卒業するが、手持ちのカードや現金を処分して、放浪生活を送る。その目的は、うまくいかない人間関係やお金をめぐる煩わしさから逃れて、アラスカの自然の中で孤独に暮らして人生の意味とかを悟ること。

ノンフィクションを原作としているので、本当にあった話らしい。
こういうヒッピー的な若者って60年代とか70年代前半が盛りだったと思うのだけれど、この話は90年代初頭で、ちょうどその頃日本はバブル絶頂期で、主人公のような指向は全くはやらなかったと思うけど、アメリカではまだそれなりの存在感があったのかもしれない。
もっとも、めったにない話だったからこそ原作者が取材しようという気になった、とも言えるかもしれないけれど。

アラスカの雪原における厳しい暮らしの中、廃棄されたバス(いちおうの生活用具が揃っている)を見つけた主人公は、そこに定住(?)する。うーん、それじゃあ、「大自然の中で生きる」とはいえないのでは?なんて思ってしまう。食べ物も自給自足というわけにはいかず、買ってきた米の量を常に気にしていなければならないというのも、なんていうか社会の頸からはなかなか逃れることはできないのだなあ、と思わされた。

この映画が、感動的なのは、「恵まれた境涯を捨てて、他人が全くいない環境でたった一人で生きていく」という、憧れながらも、実際には絶対実行しないことを、本当にやった人がいた、という事実が明らかになるからだろう。
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