蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

迷子手帳

2024年07月08日 | 本の感想
迷子手帳(穂村弘 講談社)

北海道新聞に連載中のものを中心にしたエッセイ集。
なのだが、冒頭の「クリスマスとの戦い」は別の媒体(ほぼ日)に掲載されたもの。なぜ、これが最初に掲げられたのかというと、これこそが穂村エッセイの真髄(どうしようもない自意識との葛藤を描く。私のような読者からすると「ああ、この人も同じなんだ」と思わせてくれる、もしくは他人の不幸は蜜の味)だと本人も編集者も思ったからではないだろうか。

バブル期のクリスマス。定時に仕事が終わっても会う約束をした人も行くべき場所もない。なのになぜか穂村さんは「最前線」の銀座に出かけてしまい、一ヶ月分の給料くらいの高級時計を買ってしまい、そのあとゲームセンターで100円玉を積み上げてシューティングゲームに没頭する・・・うーーん、これぞ穂村エッセイだ。やっぱり。

そんな穂村さんのエッセイだが、最近書かれたものを読むと、ときおり強烈な違和感がある。そうしたエッセイに登場しているのは奥様(配偶者)。奥様が登場するエッセイは例外なく幸せそうで、ルサンチマンの欠片も感じさせない。永年の読者からすると「えー約束が違う」などと勝手な暴言をはいてしまいそうになる。私のような性格が悪い読者からすると、「結婚して幸せだったけど、今は・・・」という線を期待してしまうのだが・・・(まあ、奥様も読書好きみたいなので、そんなこと書けないだろうけどね)

本作中の一編(逆冒険家)を読むと、穂村さんは未知の要素を含んだものすべてが怖くて、びくびくする人らしい(そうでしょうね、と納得できる)。一方奥様は未知のものに出会うとワクワクしてしまう人だそうだ。あーこれが穂村さんの人生を変えた大きな要素だったのね、と秘密の一端が解けたような気がした。

本作で(クリスマスとの戦いを除いて)一番おもしろかったのは小柳ルミ子の「瀬戸の花嫁」をもじった以下の短歌(著者が選者だったコンクールの優秀作)。
「愛があるから大丈夫なのと歌うから若いと誰もが心配をする」
前段と後段を入れ替えるだけで、意味あいがほぼ正反対になるのがいい。
いや、もしかして、これぞ結婚後の穂村さんの本音をこっそり漏らしたものなのかも・・・(邪推)

タイトルにちなんで装丁が手帳っぽくなっているのが洒落ている。どうせなら糸状しおりもつけてほしかった。
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マインドフルネス ストレス低減法

2024年07月08日 | 本の感想
マインドフルネス ストレス低減法(J.カバッドジン 北大路書房)

ちょっと前に日本でも流行?のきざしがあったマインドフルネスの正統派入門書として有名(らしい)。
内容は割と実践的で精神性の解説みたいなのは最小限なのがよかった。
マインドフルネスというのは、もともと仏教的思想らしくて、日本人からすると、「あー坐禅のことね」と思ってしまいそう。仏教となじみがない欧米の人からするとエキゾチックな特別感があるのかもしれない。

今していることに意識を集中する(例えば、食事しているときはモノを食べること以外に意識を向けない、みたいな。つまりナガラをしない)、
自分自身を客観視するメタ的視点をもつ、
といった点が大事なことかな、と思った。
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茜色に焼かれる

2024年06月27日 | 映画の感想
茜色に焼かれる

田中良子(尾野真千子)は、夫陽一を交通事故で亡くしていた。その事故を起こしたのは高名な老人で、病気のために免責?されていた。良子は納得できず賠償金を受け取っていなかった。かつては喫茶店を経営していたがコロナで休業中。花屋のバイトと風俗嬢を掛け持ちして息子:純平(和田庵)を育てていた。口癖は「まあ、頑張りましょう」・・・という話。

コロナ、高齢者が起こした交通事故、みんなマスクしてる、といった世相を反映させた内容だけど、イマイチ活かしきれていなかったかな、という感じ。良子と純平の会話シーンがとてもいいので、この2人に絞ったストーリーの方がよかったかも。(風俗店の店長とか元同級生との恋?とかも余分な感じがした)

しかし、まあ、そんなことはどちらでもよくて、運命に弄ばれた女性の力強い(が、ちょっとヘンテコなプロセスでの)復活?を描くという、いかにも石井監督作品という、らしさ満点だったのはファンとしてはうれしかった。
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テスカトリポカ

2024年06月26日 | 本の感想
テスカトリポカ(佐藤究 角川書店)

メキシコ生まれのルシアは麻薬密売組織に支配されている故郷を捨てて日本にやってくる。川崎の暴力団員:土方と結婚し、小霜(コシモ)という名の子をもうける。
メキシコでの麻薬組織間の抗争に敗れたバルミロも日本に流れてきて、途中ジャカルタで知り合った闇医者とあるビジネスを立ち上げるが・・・という話。

コシモやバルミロ、あるいは闇医者たちの遍歴を描くパートは面白くて読みやすいのだが、アステカの神々が登場する場面(どちらかというとこちらが主題)は幻想的すぎてついていけないし、読みづらかった。多分読んでいる方の想像力不足だろう。

キャラクターとしてのコシモに非常に魅力があって、かつ、彼が主役のはずなのにその成長を描く場面は少なめで、コシモの視点でバルミロやナイフ職人パブロ、力士体型のチャターラなどが描かれることもほとんどなかったのが、残念。
ただ、もしかしてコシモ登場の続編もあり?と思わせるラストではあったが。

蛇足かつ、私だけの思い込みだとは思うが、
本作で描かれるアステカの神々のイメージは、岩本ナオ作の漫画「マロニエ王国の七騎士」と共通するものが多くあった。というか「マロニエ・・・」のモチーフもアステカ神話なのだろうか??
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her 世界でひとつの彼女

2024年06月23日 | 映画の感想
her 世界でひとつの彼女

LAに住むセオドア(ホアキン・フェニックス)は、手紙の代筆業者で、妻と離婚協議中。寂しさをまぎらわすため、人工知能が受け答えしてくれるソフトでサマンサと会話する。サマンサとイメージ・セックス?をするほどの仲となったセオドアだが、サマンサの行き過ぎた配慮(人間の娼婦を紹介する)がきっかけで仲違いする・・・という話。

10年くらい前に公開された作品だが、今まさに起きようとしている事態を正確に予言?している。

生成AIを使って、架空人格をまさに生成していけば、サマンサを再現することは今すぐにでも出来そう。サマンサにように気がききすぎて不愉快になることはあるかもしれないが、少なくとも、AI側が人間をムカつかせるようなことを言わないだろうし、もし気に入らなければ、電源を落とせばいいだけで、人間のようにあと腐りはない。別のAIで(会話を異なるアプローチで行って)別の人格を一から作って試行錯誤するうち、理想の友人?を生成できるかもしれない。理想すぎる友人というのも、ある意味グロテスクだが・・・

SF映画だと、まずテクノロジーの素晴らしさを描いた後に、そのテクノロジーによって人間が復讐されるという結末になるこことが多いが、本作では破滅的なラストは用意されておらず、人工知能の友人もいいものかも・・・という感じで終わらせているのも、友人AIへの誘惑をかき立たせそうな気がした。
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こんにちは、母さん

2024年06月23日 | 映画の感想
こんにちは、母さん

神崎福江(吉永小百合)は東京下町で足袋の店を営み、近所の教会の牧師荻生(寺尾聰)に好意を抱いていた。息子の昭夫(大泉洋)は大企業の人事部長だが、会社の人員整理のため、会社の同期の木部(宮藤官九郎)にリストラを宣することを余儀なくされる。木部からは罵られ、悩んだ昭夫は、あまり寄り付かなかった実家に帰るが・・・という話。

山田監督を前に演技しているせいか、セリフが話し言葉っぽくない脚本のせいか、なんだか皆さん演技がぎこちないような気がした。

特に演出家&脚本家でもあるクドカンはなんだかよそ行きというか、役者としてのいつもの調子とは異なっていたように思えた。

あと、大泉さんに悩める人事部長の役は似合ってなかったなあ。多分コメディのはずなので、例え人事部長役でももう少しハメを外していつもの調子を出してくれるとよかったのだが。
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播磨灘物語

2024年06月23日 | 本の感想
播磨灘物語(司馬遼太郎 講談社文庫)

黒田官兵衛について、黒田家の来歴と主に山崎合戦までの活躍を描く。

最後に読んだのはもう30年くらい前で、そのころは、司馬作品の中では、やや間延びした退屈な話だなあ、特に前半は、などと感じた記憶があった。しかし、年食った今読んでみると、むしろ官兵衛とその祖父、父が小寺家に仕えていた頃の話の方が興味深く感じられた。

黒田家の面々が3人ともに智略この上ない有能者として描かれるのに対して主君の小寺家は凡庸で徹底的に無能であるとされている。そのコントラストは読んでいて小寺さんが気の毒になるほど。
事実がどうなのかはわからないが、秀吉から天下一の参謀と評価されていた官兵衛が最後まで忠実に仕えたのだから、きっと小寺家にも長所があったのだろう(小説中では官兵衛たちが小寺家を見限らなかった理由はひたすら黒田家の有徳のため、とされるのだけど、ちょっと無理があるのでは?と思えた)。
司馬さんは自身が嫌いなキャラ?は手ひどく扱う傾きがあるので、これもそのせいなのかもしれない。

この司馬さんのキャラ?への好悪が表面化している例の一つが、官兵衛の息子;長政と(血縁はないが長政と兄弟同然に育てられた)後藤又兵衛基次の比較。本書ではあまり登場しないが、他の作品を含めて司馬さんの長政への視線は好意的とはいえない。これに対して、基次はいくつかの作品で男の中の男的なキャラとして登場している。見方によっては長政こそ大大名黒田家の礎を築いた、と言えなくもないと思うのだが、司馬作品の中では、なんだか粗暴で知恵が不足している悪者っぽいのだった。
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アンダーカレント(映画)

2024年06月22日 | 映画の感想
アンダーカレント(映画)

関口かなえ(真木よう子)は銭湯を経営していたが、夫(永山瑛太)が突然失踪してしまう。ほとぼりが醒めた頃、釜焚き用人員として堀(井浦新)を雇って営業を再開する。かなえは友人の紹介で探偵(リリー・フランキー)に夫の探索を依頼するが・・・という話。

サスペンス風な設定なのに、なぜ夫は失踪したのか、かなえと堀はどうなるのか、かなえの秘密の真相は何なのか、みたいな所の解決は一切ないし、全体にスローテンポで「このシーンが挿入される意味は?」と考えたりしてしまうことも多い。なので、若い頃にみたら退屈で仕方なかったと思うが、年を取った今となっては、その曖昧さがかえって楽しく感じられるのだった。

私の若い頃はどこにでもあった銭湯は、今では街なかではほとんど見かけなくなってしまった。でもいまだに銭湯を描く映像作品は多いし、私自身も銭湯が舞台というだけで見てみたくなるのは、郷愁というものなのだろうか。

リリー・フランキーって、どの役でも似たような感じだし、役者修行をしたわけでもないと思うのに、どんな役でもなんしかうまくこなして、それらしく見えてしまうのが不思議。真木よう子や井浦新も上手で見ていて安心感があるんだけど、リリーと比べると、演じてる感が見えてしまうような気がした。
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ロスト・キング 500年越しの運命

2024年06月18日 | 映画の感想
ロスト・キング 500年越しの運命

フィリッパ(サリー・ホーキンス)は、難病持ちでシングルマザー(ただし離婚した夫との関係は良好)、会社では昇進がかなわず落ち込んでいた。子どもたちとシェイクスピア劇を見て、親族を殺害して王位の簒奪者となったとされていたリチャード3世のエピソードが史実だったのか?と疑問を持つ。
リチャード3世の同好会?に入りあまたの解説書を読んだフィリッパは確信を深め、遺体を捨てられたとされる王が、現在は駐車場となっている場所に埋められていると信じて、発掘プロジェクトを立ち上げる・・・という話。

リチャード3世実はいい人説が盛んになったのは「時の娘」がきっかけなのかもしれないが、現代でも同好会?ができるほど、その説を信じる人が多いのに驚いた。
日本でも昭和の頃には(多分、徳川幕府を打倒した明治政府の差し金で??)江戸期は暗黒時代だった、とうムードだったけど、昨今ではむしろ平和で文化が花咲いた時代として黄金期とする向きが増えているように、「史実」はうつろいやすいものなのだろう。

最初はフィリッパに対して冷淡だった大学が、遺骨発見となったら、自らの手柄であったかのように手のひらをクルリと返す様が(よくあることとはいえ)滑稽だった。

本筋とは無関係だが、離婚した夫が(多忙なフィリッパの代わりに)夕食を作りに来てくれたり、子どもたちとごく自然に接したり、挙げ句にフィリッパのクラウドファンディングに匿名で寄付したりするシーンが印象的だった。日本でも離婚は日常化しているけど、こんなに素敵な?離婚文化?はまだまだ醸成されていないよなあ。
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夏期限定トロピカルパフェ事件

2024年06月16日 | 本の感想
夏期限定トロピカルパフェ事件(米澤穂信 創元推理文庫)

小市民シリーズ第2作。
小鳩は夏休みの間、小佐内がランキングした市内の甘味処を巡回しようと誘われる。ある店からテイクアウトしたシャルロットというケーキに、あまり甘いものが好きでないはずの小鳩は魅了される(シャルロットだけはぼくのもの)。健吾が店に残した「半」という文字だけのメモの意味を探る(シェイク・ハーフ)。小佐内の自宅で彼女の帰りをまっているうち、小佐内を誘拐したという電話が来る(おいで、キャンディーをあげる)。そして謎解きの「スイート・メモリー」からなる連作集。

連作集といっても、全体として一つのストーリーを構成している。そして第1作の「春期限定・・・」とは違って、日常の謎ミステリーとみせかけてちょっとダークでビターな結末(かつ、ちゃんとミステリでもある)を用意しているのが、作者の本領発揮といったところか。
それにしても小学生みたいな外見で甘いものを食べるのが至上の楽しみという小佐内さんの正体が怖すぎる・・・
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万事快調

2024年06月11日 | 本の感想
万事快調(波木銅 文藝春秋)

茨城県北部の工業高校に通う朴秀実は、ラッパーに憧れて地元のサイファーに参加する。父は暴力をふるい、弟は不登校だ。
同じ高校の矢口美流紅は、実習中に小指の切断につながる怪我をして陸上部を辞める。シングルマザーは精神にダメージを受けて寝たきりに近い。
やはり同級生の岩隈真子は図書室の常連だ。
そんな3人は校舎の屋上に放置された元園芸部のビニールハウスで、秀実が手に入れたタネから大麻を栽培しようとする・・・という話。

秀実が読んでいるのは「侍女の物語」で、弟から推薦図書を尋ねられると古今東西のSFの名作をすらすらと並べる。
矢口は評論家並に映画に通じていて、将来は監督になりたいと思っている。
3人が通っているのは田舎の底辺校という設定なのに、超一流進学校の生徒並にハイブラウなのが(リアリティはないけど)妙にかっこいい。

人を殺したかもしれない、という場面に遭遇しても罪悪感や後悔はゼロで、大麻の栽培がバレたらどうしよう?なんてこともあまり気にしない。
それはハイブラウで、同級生たちより遥かに先んじて様々な形で世間を味わった彼女たちが、眼前の現実に絶望しきっていて、これ以上悪くなりようがない、と悟っているから、のように思えた。

地名とか企業名とか作品名などの殆どが実在で、高校生が喜々として大麻を栽培する(ちょっとノウハウめいた記述もある)なんて、大手出版社が出していいのか?とちょっと心配になったが、文学賞も受賞しているそうで、いやさばけたもんなんだね、昨今は。
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違国日記

2024年06月10日 | 映画の感想
違国日記(映画)

中学校卒業間近の田汲朝(早瀬憩)は交通事故で両親を亡くす。祖母も親戚も引き取りを敬遠する中、作家でおばの高代慎生(新垣結衣)は朝を引き受けるが・・・という話。

原作を読んだあとに見た。
原作では、特段のドラマがあるわけではなくて、ありがちな自由業者の悩みや苦しみ、自分の位置づけを決められなくてふわふわしてる高校生の姿がたんたんと描かれていたので、映画化されると聞いた時、相当に難物ではないかと思えた。どのように映像化できたのか、怖いもの見たさ的な下世話な興味もあった。

あて書きしたかのように、朝と慎生は、原作と見た目も雰囲気もよく似ていた。新垣さんは、もともと素でも慎生的ムード(強気だけどもろい感じ?)を持っていたような気がするが、朝の方は地なのか演技がうまいのか、まあとにかく原作のファンでもあまり違和感はないかと思えた。

慎生と醍醐奈々、朝とえみりの関係が主な横軸なのだが、奈々(夏帆)が登場する場面は明るくて楽しげだったのに対して、朝とえみりはもうちょっと掘り下げ?て欲しかったかな?

慎生の元彼の笠町(瀬戸康史)は、原作とは別人だった。もうちょっとおっさん臭い人でないとね・・・

総じて、原作のわけのわからなさ、中2的な自己撞着がうまく再現されて、わけのわからないもどかしい(褒め言葉です)映画にできていた、と思う。
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いまだ成らず

2024年06月09日 | 本の感想
いまだ成らず(鈴木忠平 文藝春秋)

羽生世代と呼ばれた棋士、その前後のライバルとのタイトル戦でのクライマックスを連作風にアレンジしたノンフィクション。

「嫌われた監督」によく似た構成で、羽生自身を描写するのではなく、周囲の人物とのエピソードを語ることで人物像を浮き彫りにしている。

私は将棋は全くわからなくて、時折タイトル戦の様子を記事などで見るくらい。本書も将棋の手筋自体は殆ど描かれないが、それでも興奮するくらい面白い。

20年以上将棋界のラスボス中のラスボスとして君臨してきた羽生。それを打ち破ろうと、天才中の天才たちが文字通り命を削るように模索する様子が生々しく描写される。そして、たいていの挿話において最後に(珍しく)ラスボス羽生が敗れる結末になっているので、カタルシスが高まるようになっているのも、上手いなあ、と思えた。

各エピソードの前後には、引退すら囁かれていた羽生が現ラスボスの藤井にタイトル挑戦者として挑んだ王将戦の様子が挿入され、その結果を知りつつもさらに興趣を高めている。

本書で登場する場面で私自身がよく覚えているのは、2008年の竜王戦で、羽生が渡辺明に挑戦し(羽生の)3連勝で迎えた第4局。当日ブロクで経過を見ていたのだが、渡辺玉が追い詰められ敵駒に包囲されてもうどこにも動けないのに、打ち歩詰めでしか王手がかからない状況になった図面がブログに掲載されて「打ち歩詰めなんて初めて見た」と変な興奮を感じたのを覚えている。
結局この第4局を逆転勝ちした渡辺はその後も連勝してタイトルを防衛する。今から思い起こすと、本棋戦が羽生の天下の終わりの始まりだったように思えなくもない。
この場面は数々のノンフィクション等で描かれているが、本作で記憶が鮮明に蘇ったような気がした。
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0.5の男

2024年06月04日 | 映画の感想
0.5の男

立花家と塩谷家(立花家の娘(臼田あさ美)が嫁いだ家)は立花家の実家を2世帯住宅に建て替えて同居する。立花家の長男の雅治(松田龍平)は長年実家で引きこもっており新築後も一部屋を占拠していた。住宅メーカーの営業はそんな状態を2.5世帯住宅と呼んでいた。塩谷家の恵麻(白鳥玉季・雅治の姪)は部屋からめったに出てこない雅治を毛嫌いするが、実は雅治は恵麻がやり込んでいるオンラインゲームで有名な名人級のプレーヤーだった・・・という話。

もともとWOWOWで放映された作品。沖田修一監督ということでDVDで見てみた。

設定も、ストーリーも、結末も、有体にいってありきたり、なんだけど、とてもいいんだよね。5話に分かれているので、1日1話ずつ見ていった。次の話をみるのがとても楽しみだった。

スローテンポな展開、現実的な社会人・職業人であるのにどこか浮世離れした登場人物のキャラ描写など、沖田監督の多くの作品に共通する特色は、本作も同様。特に演技しなくてもこういう人なんじゃないか、と思わせる松田龍平がさらにそれをさらに強調していた。
今は穏やかで静かに暮らしている雅治にも、つらい過去が存在したことをほのめかすのも、よくあるパターンなんだろうけど、そのほのめかし方が上手で、納得させられてしまうのだった。

雅治の父(木場勝己)、母(風吹ジュン)も、とてもいい。2人とも引きこもりの中年の息子を全く自然に(今は)受け入れているんだけど、そうなる前には激しい葛藤があったことを、ひっそりとしかし明白に感じ取らせてくれた。
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バンクーバーの朝日(映画)

2024年06月03日 | 映画の感想
バンクーバーの朝日(映画)

1930年代?カナダの日系移民は、厳しい労働条件を厭わずに働き、現地の風俗に親しまない人も多いため、厳しい目で見られていた。そんな意識を変えようと移民二世たちは野球チームを作って地元のチームと対戦するが、さっぱり勝てなかった。チームのキャプテンになったレジー笠原(妻夫木聡)は、バントや走塁を重視する、今でいうところのスモールベースボールを指向して、新境地を開く・・・という話。

石井裕也監督の作品ということを最近知り、見てみた。
キャストが豪華で、セットやロケもおカネがかかっていそうで、監督のいつもの?映画とはムードが違ったような気がする。
興行成績を考えて??手堅く、正統派の仕立てにした、という感じで、監督に期待するものとは、ちょっと違うかなあ。
監督の作品の主人公というと、何かに取り憑かれたように突き進む人、というイメージなんだけど、本作では無難すぎるよね。

キャストは野球歴がある人が多く、野球のシーンは不自然さはあまり感じられない良い出来だった。
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