蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

食べることと出すこと

2021年10月24日 | 本の感想
食べることと出すこと(頭木弘樹 医学書院)

20歳の時、潰瘍性大腸炎を発症した著者の闘病記。カフカや山田太一を引用して人生観を語っている。
潰瘍性大腸炎というと、ある元総理大臣のことが思い浮かぶ。こんなにひどい症状がでる病気なのによく総理の激務が務まったものだと感心してしまった。もっとも苦しくなると(2度までも)病気を言い訳にするのはみっともなかったが。

診断後、即入院となって1か月くらい絶食(経口では全く飲食しない。点滴により栄養や水分補給)をする。栄養的には大丈夫でもカラダの各所が異様な反応をしたという。絶食明けにヨーグルトを一口食べたら「味が爆発した」というくらいのインパクトがあったそうだ。

症状が収まっても再燃(この病気では再発することをこう呼ぶそうだ)することを恐れて極端な食事制限が課される。食べられるのは豆腐とかササミくらいだという。それよりもツライのは、他人と食事をした時に食べられないものが多いので一緒に食事をすることが怖くなることらしい(共食圧力と表現されていてる)。病気でなくても一定数共食圧力に耐えられない人はいるそうで、当の私自身がそうなので深く共感できた。宗教が食べられないものを規定するのは信者間の連帯感を強くするためでは?という考察も面白かった。

この病気にかかると不意に強い便意を覚えることがあるらしく、他人の目の前でもらしてしまわないかが心配で外出しにくくなるという。さらにブレドニンという治療薬のせいで免疫が低下するためさらに外出が怖くなり、著者もひきこもり状態に陥ったそうである。

「病は気から」というのは患者には酷な言葉だという(気力が足りないから病気がなおらないと言われているように感じてしまうから)。明るくしていろという言葉にも同様の効果があるらしい。

「病気はブラック企業」という比喩が面白かった。たった1日でもいいから症状が収まってほしいと切に願っても病気は欠くことなく毎日続くという意味。毎日が非日常でハメを外せないというのはとてもつらそうだ。このため幸福のハードルはひどく下がる(ちょっとしたいいことでも幸福感が高くなる)というのも、納得できた。
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つまをめとらば

2021年10月02日 | 本の感想
つまをめとらば(青山文平 文春文庫)

江戸時代中後期を舞台にして、夫婦の(あるいは男女の)微妙な機微を描く短編集。

本作は直木賞受賞作。直木賞は、功なり名とげた人がご褒美としてもらう場合と、候補作となった作品が上質と評価される場合に分かれるような気がする。
本作は多分後者の方で、1つ1つの短編が実によくできていて感心した。
ユニークなテーマ、ひねりの効いた展開、なんとなく人生の教訓を得られたような読後感などが共通していて、技術力の高さが際立っているように思えた。

著者の作品を読むの初めて。日経の日曜日の文化面のコラム(なぜ、イギリスのトーストはカリカリなのか?を考察した内容)を読んで感心したのがきっかけ。
この文化面のコラムや夕刊のプロムナードをきっかけにして、それまでよく知らなかった著者の作品を読み始めることがけっこうある。日経の文化部の目利き力が高いということだろうか?
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転落の歴史に何を見るか

2021年10月02日 | 本の感想
転落の歴史に何を見るか(齋藤健 ちくま新書)

1905年の日露戦争中の奉天会戦から1939年のノモンハンまで、約30年で歴史上の頂点から奈落まで転がり落ちた原因をさぐる。

日経の読書欄で薦められていたので読んでみた。

出版されたのは2002年。冒頭で、当時の日本の危機的状況を3点あげている。
高齢化、中国の台頭、財政赤字。
結局20年近く経っても、この国はいずれの課題にもなすすべなく過ごしてきたのだなあ、と、慨嘆せざるをえない。
例えば当時の公的債務残高は600兆円あり、本書ではこのままでは早晩1000兆円にも達して取り返しがつかなくなる、としているが、現在(地方も含めて)債務残高は1200兆円。国が破綻していない方が不思議なくらいだ。

転落の原因は、明治の元勲のようなジェネラリスト的能力が高い指導者を欠いたことと、軍隊などの組織が内向きになって自己改革力を失ったことだとしている。

ところで、本書に限らず、日露戦争の時代を日本という国の頂点だったと捉える見方がけっこうあるのだが、本当にそうだろうか。むしろ戦争に(こっぴどくではなくて)うまくちょとだけ負けるくらいの方がよかったのではなかろうか。日本海海戦があまりにもパーフェクトゲームになったことが、国として後に退けなくなった大きな要因のような気がする。
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田舎のポルシェ

2021年10月02日 | 本の感想
田舎のポルシェ(篠田節子 文藝春秋)

屈託を抱えた登場人物たちが乗り合わせた車でドライブするうち、悩みを解決する緒をつかんでいくという物語を3編収録する。

「田舎のポルシェ」は、東京から岐阜の実家まで大量の米を取りにいく必要に迫られた主人公が、友人の紹介で便利屋の軽トラで往復する話。設定が不自然のような気もしたが、後半に起こるアクシデントの場面はけっこう盛り上がる。

「ボルボ」は、定年前に会社が潰れて遣り手編集者の妻の稼ぎに頼る主人公が、妻の友達の夫(役員レースに敗れて出向中)のボルボ(使い古して廃車寸前)で北海道をドライブする話。こちらも終盤で発生するアクシデントがよい効果を発揮していて面白い。

「ロケバスアリア」は、デイケアセンターの職員で歌唱が趣味の主人公が、コロナで一般人に時間貸しを始めた有名なホールで自分が歌うDVD製作を目論み、孫が運転するロケバスで会場に向かう話。これまた非現実的筋立てなのだが、読んでいるうちはそんな感じはあまりしなかった。イヤミな感じのDVDのディレクターと経歴を話合ううちに意気投合する場面がよかった。
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王狼たちの戦旗

2021年10月02日 | 本の感想
王狼たちの戦旗(ジョージRRマーティン ハヤカワ文庫)

ウエスタロスに4人の王が乱立し相争う。ストームズエンド城ではレンリーとスタニスのバラシオン家の兄弟が、ブラックウオーター湾ではレンリーを倒したスタニスが、王の手ティリオンが守るキングスランディングに襲いかかる。デナーリスは苦難の旅路を終え東方自由都市で再起をめざし、ジョンは壁の北へ遠征する。

テレビシリーズのシーズン4まで見終わったところで読んだ。これだけ複雑で登場人物が多すぎる原作にかなり忠実なのは驚くが、細かいところはけっこう違う。ハレンの巨城でアリアが仕えるのがボルトンだったり、物語のクライマックスといえるブラックウオーター合戦の様相もかなり異なっていた。
ラムジーに捕まったシオンは原作ではこのあと当分登場しないそうで、テレビシリーズではあれだけしつこく繰り返されたシオンの拷問シーンは原作にはないようだ。あの残虐なシーンも一種のサービスカットなのだろうか??

テレビシリーズでも思ったが、メリサンドルの黒魔術って強力すぎないか?あんなに簡単に暗殺ができるなら、あっという間にスタニスが天下を取っちゃいそうだけど。

あと、テレビでは主役級に見えたロブが原作では全くというほど登場しない。これなら彼が早々に退場してしまうのもむべなるかな、と思える。
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