蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

狭小邸宅

2015年02月28日 | 本の感想
狭小邸宅(新庄耕 集英社)

一流大学を出たものの中小不動産仲介会社にはいった主人公は、さっぱり営業成績があがらない。上司からは容赦ない叱責をあび、休日のはずの水曜日も出社を余儀なくされて、心身ともにボロボロ。
しかし、極め付けの不人気物件をたまたま成約させることができたことをきっかけに変わり始める・・・という話。

ブラック企業が話題になったころに出版された本で、主人公の勤める会社のブラックぶりが話題になったと聞いた(ような気がする)。

もう30年前の話だが、私が就職活動をしていた頃、大手企業でも学生に避けられがちな業界があって、その一つが住宅・不動産(地所みたいなホントの大手不動産は除く)だった。それは、もっぱら営業がキツイというのがその理由だった。
実は、私も(住宅・不動産ではないが)営業がキツイ(ので、学生に人気がない)という噂の業界に就職して30年も居続けているので、本書で描かれた不動産会社のブラックぶりを読んでも「どこでも似たようなもんだよな・・・」くらいにしか感じられなかった。

例えば、出来が悪い営業マンが電話営業をさぼらないように(というのは口実で実態はいやがらせなのだが)受話器を手や顔にガムテープで貼り付ける、なんて場面が出てくるが、私が勤める会社でも、昔はよくある情景であった。

(そうでない会社もあるかもしれないが)営業は実績数字がすべて(よく、「数字が人格だ」などと言われる)なので、年齢・社歴は全く関係なく、新入社員だろうがオジサンだろうが、とにかく数字があがれば天下を取れる(会社で大きな顔ができる)。だから主人公のように、冴えない営業マンが一夜明けたらスーパースターということもよくある。恐ろしいのは、その逆も当然ある、ということころだが・・・

ただ、(あくまで個人的経験だが)営業というのはマジメに基本動作を繰り返して入れば(これが難しいのだが・・・)3カ月後くらいには必ず成果につながるし、好調なことをいいことにサボっているとその報いが間違いなく来る、と思っている。
(こういう考え方は、「出来ない奴はサボっているに決まっている」という、よくあるパワハラ上司の考えにつながってしまうので、良くないとは思うケド)

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人質の朗読会

2015年02月28日 | 本の感想
人質の朗読会(小川洋子 中央公論新社)

著者の作品には、死が色濃く影を落としていることが多い。
本作では、ゲリラの人質になった後、死んでしまった人たちが語った話という設定だし、収められている短編の多くが登場人物の周辺の人の死に関連した事柄をテーマにしている。
それでいて、暗いイメージはあまりなく、むしろ読んだ後にホッとできるような内容が多かった。

特に良かったのが、最後の「ハキリアリ」。
救出作戦に従事した現地軍の兵士が語るという設定で、彼が子供の頃、貧しい故郷の家に訪れた日本人研究者(ハキリアリの研究者)の話。
兵士の祖母は活字に飢え、たまたま手に入った新聞や雑誌の切れ端をとても大切に読んで保管している。日本人研究者はお礼に彼の愛読書である詩の本(俳句集?)を祖母に渡す。祖母は意味がわからない日本語の本を何度も読む(というか、眺める)・・・という筋。

昔、中国の文革時代の少年を描いた「バルザックと小さな中国のお針子」という本を読んだことがある。
「ハキリアリ」に登場する活字好きの祖母は、「バルザック・・・」の主人公の少年の状況と似ている、と思った。少年はやっと手にいれた(禁書の)翻訳小説に夢中になる。
あふれるような量の書籍や雑誌、映像作品、ゲームに囲まれてすごしていると、そうしたものの有難味を感じることは難しくなってしまう。この、祖母や少年のように慈しむように本を読んだのはいつ頃のことだったろうか?

他には、「やまびこビスケット」に登場する、整理整頓が生きがいの大家のおばあさんと店子の女性の交流や、「花束」の最後の場面で道端のバケツに豪華な花束が挿入される場面が印章に残った。
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巨鯨の海

2015年02月21日 | 本の感想
巨鯨の海(伊東潤 光文社)

「城を噛ませた男」に所収の「鯨の来る城」がとても良かったので、本書も読んでみたのだが、「鯨の来る城」を上回る出来だった。

紀州の太地は古くから捕鯨を生業とする地だが、江戸初期に鯨を網にかけて捕獲する方法を開発して漁獲量を劇的に増大させ殷賑を極める。明治初期にはアメリカの乱獲がたたって衰え、「大脊美流れ」と呼ばれる海難事故でとどめをさされた。本書は、捕鯨の利益で事実上の自治権を持っていた江戸期の太地の独特の風習と倫理、そこに生きる人々を題材とした短編集。

捕鯨を見物しにいった子供たちが港にもどれなくなって漂流する「物言わぬ海」、「大脊美流れ」を描いた「弥惣平の鐘」が非常に良かった。
ともに難破をテーマにして、テンポよく緊迫感を高めていくので、ページを繰る手が止まらなかった。ただ、結末が少々尻切れトンボ気味なのが残念。特に「物言わぬ海」の最後の部分は余分だったと思う。
ミステリ的味付けの「恨み鯨」、「比丘尼殺し」も面白く、レベルが高い作品集だった。

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引かれ者でござい

2015年02月18日 | 本の感想
引かれ者でござい(志水辰夫 新潮文庫)

時代劇ものはほとんど読んだことがないのだが、飛脚を主人公にしたシリーズというのは珍しいのではないかと思う。
本書は「蓬莱屋帳外控」というシリーズの第二弾で3つの独立した短編が収められている。蓬莱屋というのは飛脚の元締のようなもので、三編ともに主人公は蓬莱屋に雇われた飛脚である。飛脚だから武器は持っていない。従って時代劇に付きものの悪役が登場しても対抗する方策はひたすら逃げることのみで、アンチクライマックスなことこの上ない。
それでも本書を読んで楽しかったのは、テーマが勧善懲悪ではなくて、江戸時代の旅行を描くことにあると思えたからだ。
特に「旅は道連れ」の、吊り橋を懸ける場面が興味深かった。

「行きずりの街」をはじめ志水さんが書いたミステリ系の著作はほとんど読んでいるが、時代劇は初めて。
どんなジャンルを書いても「うまいなあ」と思わせてくれるテクが、かえって仇になっているような気もする。技巧のレベルが高すぎると、どうしても「ウケ狙いなのかな」なんて邪推してしまうので・・・


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バカが多いのには理由がある

2015年02月11日 | 本の感想
バカが多いのには理由がある(橘玲 集英社)

この本の大部分は週刊誌に連載されたもので、掲載時から数週間後には著者のHPにアップされている。その大半をHP上で読んでいるにもかかわらずつい買ってしまったのは、かなり長目の(書下ろしの)プロローグ、エピローグがあったからだろう。

プロローグでは、人間には(直感的な)「速い思考」と(複雑な経路を頭の中で検索したうえで結論に達する)「遅い思考」があって、日常生活のほとんどが「速い思考」で営まれているゆえに、人間のほとんどは「バカ」だとしている。

エピローグでは、フェアトレードやNGOの欺瞞を暴いている。特にアフリカの一部で手足を切断される人が増えたのはなぜか?という疑問に対する回答(の仮説)は衝撃的だった。(ただ、いずれも単一ソースに依っているので、真実のほどは定かではないけれど)

プロローグ、エピローグ、また本体部分の多くが(著者独自の調査や思索ではなく)引用から成っているし、対立する見解の両方を取り上げて止揚するというよりは意外性がある方だけを取り上げて読者の興味を引こうとしているので、まんまと著者の商売に乗せられてしまっている、というわけだ。

まあ、しかし、世間一般のライターだったら、連載をHPに公開したりしないだろうし、相当に長いプロローグ、エピローグを書き下ろすこともしないだろう。読者サービスと商売を両立させようという著者の営業努力が感じられて、繰り返しになるけれど、ついつい買ってしまったのだった。
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