蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

アンダーリポート

2008年07月29日 | 本の感想
アンダーリポート(佐藤正午 集英社)

検察事務官である主人公は、15年前、婚約者がありながら隣室の人妻にほのかな好意をいだく。
この人妻は夫からしばしば暴力をふるわれているが、主人公はなすすべがない。そのうち婚約者も主人公の感情に気づき、二人の関係は冷えていく。
人妻の夫は何者かに殺害される。主人公は人妻が殺人を犯したのでは、と疑うが、人妻にはアリバイがある。
15年たって、人妻と殺された夫の間の娘が主人公を訪ずれる。そして主人公は、あるきっかけから、15年前の殺人の真相に気づき、その証拠を探し始める。

佐藤さんの小説の主人公は、たいてい几帳面で、独身でも身の回りの整理整頓が行き届き、皮肉がきつく、世の中を斜めから見ている。
本書の主人公も例外ではない(欠かすことなく日記を書いているとか)のだが、クールなはずの、どの本の主人公も、ある一点については異様な執着をみせる。

同じようなタイプのキャラクタを登場させ、筋立てもどこか似かよったものがあっても、新作が出ると読まずにはいられない。実力ある作家はそんなものなのだろうか。

また、本書は構成が凝っていて、最後まで読み終わった瞬間、必ず、最初の章を再度読まずにはいられなくなるようにできている。
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北村薫の創作表現講義

2008年07月26日 | 本の感想
北村薫の創作表現講義(北村薫 新潮選書)

北村さんが書店で開いたサイン会+講演会を聞いたことがあります。
元高校の先生らしく、かんで含めるようなじゃベリ方、ゲストとの対話もうまくリードされていて、楽しくすごせた記憶があります。

本書は、北村さんが早稲田大学で起こった授業の一部を再現したもの。技術を教えるというよりは、自分が書きたいものの探し方、みたいなのがテーマになっています。

授業の材料とした、塚本邦雄の小説、「群像」の編集長の話、赤木かん子の手書きエッセイ(「かまくら」の方)が特に印象に残りました
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仕事の流儀-ライバル対決 森内俊之VS羽生善治

2008年07月21日 | Weblog
仕事の流儀-ライバル対決 森内俊之VS羽生善治

7月15日にNHK総合で放送された番組。羽生さんが名人位を奪取し永世名人となった今年の名人戦を二人のインタビュウを交えながら描く。

局面によって変化する二人の表情がうまく捕らえられていた。森内さんが第三戦で絶対優位を築きながら、羽生さんがあきらめず粘る。森内さんが「なんだ、こいつ、いいかげんにしろ」みたいな表情を浮かべた場面、また、その後に森内さんに大ポカが出たところで、「しまった」という表情がモロに顔に出てしまう場面。
羽生さんはともかく、森内さんは感情をぐっと抑えるタイプだと思っていたので、意外であった。逆にいうとそれくらい痛恨の一手だったということか。
森内さんが第三戦で敗北後、感想戦のあとも盤から離れられず、一人座っていた場面も深く印象に残った。

もう一つ印象的な場面は、二人が微笑みを浮かべて楽しそうに指している表情をとらえたところ。高みに達した二人だけが理解しあえる真髄。
これを見て思い出したのが「フェルマーの最終定理」。
その証明を理解することすら、世界中で両手で数えられるほどの人にしかできないという。他のだれも知らない、他のだれも達し得ない彼岸の楽園で戯れることが出来る幸せ、みたいなものだろうか。
(もっとも2回目に見た時に気づいたのだが、もしかすると、この場面、居眠りしている記録係に気づいて二人が思わず笑ってしまった、ようにも見えた)

第三戦の後、森内さんは数日間、盤に向かうことができず、バッティングセンターでうさ晴らしをする。結局2勝4敗で名人位を奪われた翌日は始発でホテルを後にした。
前述の第三戦のシーンも含め、この番組は羽生さんの勝利とその天才を讃えたというよりは、(羽生さんに比べると)天才とは言いかねる森内さんが、一度は羽生さんに追いつき追い越したように見えながら、ここに来て再度つきはなされてしまった、という、敗者としての姿が主題になっていたように思う。
しかし、この敗者の姿はとても美しいものであったが。

最後に「プロとは何か」と聞かれて、羽生さんは「365日24時間、プロであることを意識すること」と、森内さんは「現状に満足せず型を打ち破ること」と(いう主旨を)答えた。

それにしても、この後もさらに一冠(棋聖)をもう一人の同世代ライバル佐藤さんから奪い、ここに来て第二の全盛期を迎えた羽生さんの勢いはすごい。7冠永世襲名がかかる竜王戦(一方、現竜王も今年勝てば永世竜王)で挑戦者になれば、大変に盛り上がりそうだ。
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ドロレス・クレイボーン

2008年07月20日 | 本の感想
ドロレス・クレイボーン(スティーブン・キング 文春文庫)

映画「黙秘」を見て、原作本をさがしたのですが、なかなか見つかりませんでした。
文春文庫で著者がキング、という超メジャーな組み合わせでも、発行から10年もすると書店の棚からは駆逐されてしまうものなのですね。大型書店にもいくつか行きましたがありませんでした。

しかし、会社の近くの本屋で別の本をさがしていたら、たまたま本書が棚にあり、購入することができました。
奥付けを見ると初版、初刷の本のようで10余年本屋の片隅で買ってくれる人を待っていたんだなあ~と、しばし感慨にふけりました。(もしかして今時の本屋としては在庫管理が悪いということかも?)

原作と映画にはけっこう差があり、原作はひたすらたくましい母親像を描いていくのに対して、映画では母娘関係が軸になっていました。
主役のドロレスは映画よりさらに元気いっぱいで、最初から最後まで一人でしゃべりまくります。というよりキングの本ってどれもうんざりするほど饒舌ですよね。
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日本軍のインテリジェンス

2008年07月19日 | 本の感想
日本軍のインテリジェンス(小谷 賢 講談社選書メチエ)

日中・太平洋戦争中の日本陸軍って、一人悪者にされている感じだし、「軍隊としてのかっこよさ」みたいなものが無くてイメージが悪い。それは戦果のせいというよりは、兵器の技術レベルによっているんじゃないかと思う。陸軍の銃器や戦車などの兵器の技術レベルは、ソ連、アメリカと圧倒的な差があったと思うけれど、海軍は少なくとも緒戦段階においては、米英海軍と互角以上の兵器を揃えていた。

そういうイメージにとらわれているせいか、インテリジェンス活動も陸軍側はないも同然だったんだろうな、と勝手に思っていた。
しかし、本書によれば、陸軍の情報部は情報収集、防諜については米英並みの体制があり、成果も相応にあがっていたらしい。一方海軍側はインテリジェンス活動らしきものは無いに等しく、特に防諜がなっていなくて、たびたび致命的なミスを犯し、司令長官を二度も失うなどの打撃を受けた。

本書では、戦前および現代の日本のインテリジェンスの問題点を次のように集約している。
①組織化されないインテリジェンス
②情報部の地位の低さ
③防諜の不徹底
④目先の情報運用
⑤情報集約機関の不在とセクショナリズム
⑥長期的視野の欠如によるリクワイアメントの不在

⑥の視点が新鮮であるように私には思えた。政策サイドが、戦略レベルの構想を作り、それに基づく情報収集の提供をもとめなければ、情報サイドは効率的に動けないし、情報サイドからの適切な情報提供により戦略がさらに高度化し新たなリクワイアメントが発生するというサイクルも動かない、とするものである。

確かに日本はこういうことが苦手そうだ。というより戦略的、長期的なビジョンを持ちえる人が少ないように思う。
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