蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

骸骨ビルの庭

2010年07月04日 | 本の感想
骸骨ビルの庭(宮本輝 講談社)

戦後間もない大阪十三の「骸骨ビル」とあだ名されたビルで、多数の縁もゆかりもない戦災孤児らを育て上げた男がいた。
男は篤志家として賞賛されたが、孤児のうちの一人の女性が子供のころに骸骨ビルで男から性的虐待を受けていたと訴える。男は汚名を晴らすことなく死ぬが、男の資金援助者であり、結核の療養のために男と共同生活を送ってきたもう一人の男は、友の名誉を回復しようと骸骨ビルに居座る。

語り手は骸骨ビルから住人を円満に立ち退かせようとする不動産会社から派遣された中年の男で、この中年男性がビルで育てられた孤児たちの思い出話を聞き書きした、というスタイルになっている。


宮本さん、私が大学のころ「青が散る」を読んで以来のファンなんですが、文学系なのにいまでも人気は高く、息が長いですよねえ。
大阪を中心に、いろいろな困難(病気とか、事業失敗とか)に直面した人生を描いて、人間の力ではコントロールしがたい運命の皮肉を描いた作品が多いと思います。
ご本人も関西出身ですが、大阪を舞台とした作品は、粘着質を帯びたドロドロとした人間模様をそのまま提示するのではなく、うまく整理整頓して、口当たり良く読者に提供しているように思います。このへんが人気が続く原因でしょうか。

本書も、あらすじから想像されるようなあくの強い内容ではなく、語り手の優雅な単身赴任生活が大半を占めています。しかしところどころに覗く人間関係の葛藤がスパイスになって興味を失うことなく読み終えられます。

私は、この本の粗筋を知った時、ついに著者の集大成のような作品が出るのでは、と期待したのですが、そういう意味ではややもの足りない印象でした。
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南極料理人

2010年07月04日 | 映画の感想
南極料理人

南極観測隊のうち、昭和基地からさらに奥地の観測ポイントに1年以上滞在した人たちの生活を調理担当者の視点から描く。

数年前に原作を読んだ。原作では極地ならではの苦労や工夫が詳しく書かれていたが、映画ではあまり生かされてなくて、映画のテーマは、閉塞状況に置かれた人間の悲喜劇をソフトに描くことにあるように思えた。

「ソフトに」というところがミソで、後半、煮詰まってきた人間関係の摩擦や縺れがしだいに高まってくるが、本格的なケンカなどの騒動には発展せず、日本への帰国ですべてが解決という幕切れが用意されている。


南極観測隊の多くは本職である会社や役所から出向のような形で参加しているようだ。完全な左遷でもないが、もちろん主流派にいるわけでもない人たちの中途半端で微妙な立場。
それは会社等のみならずプライベートも同じで、1年以上家を空けるのだから、当然、混乱や不和が起こりそうである。そんなぼんやりとした不安は単調な毎日の活動でされにかきたてられる。

軍隊や刑務所など外部的拘束が強い場所では、日々の楽しみは食事のみ、ということが多いらしい。南極の奥地も似たような環境(外気温は零下50度で気軽に建物外にでられない)にある。
このような厳しい条件で、食事がまずかったらものすごくストレスがたまりそうで、それを一身に担う一人しかいない調理人もとても大変そうだ。

映画に登場するメニューにはイセエビのフライとかフルコースもあるのだが、一番うまそうだったのは、おにぎりと熱い味噌汁の組み合わせで、零下50度の野外で活動したあとに食べるシーンは本当においしそうに見えた。

あと、ラスト近くのラーメン(かんすいがなくて麺が作れず、ラーメン好きな隊長が禁断症状に襲われるが、工夫してかんすいに近いものを合成して作った)もおいしそうだった。

芸達者というイメージが強いキャストが多く、期待通りの演技を披露しているが、特にドクター役の豊原功補がとぼけた味をだしていて良かった。
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独酌余滴

2010年07月04日 | 本の感想
独酌余滴(多田富雄 朝日文庫)

免疫学の世界的権威で、能は脚本(?)を書くほどの通、エッセイも数多くこなすという多彩な才能を誇った著者のエッセイ集。

世界各地を講演や学会でめぐり歩く話やグルメ話、飼い犬など、脳梗塞で身体が不自由になる前の作品なので、なんていうか、優雅な大学教授の自慢話っぽい感じがしないでもない。

タイトルはすごくセンスいいと思うが、著者の造語なのか、それともどこかからの引用なのだろうか。
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