蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

昆虫はすごい

2015年03月25日 | 本の感想
昆虫はすごい(丸山宗利 光文社新書)

・昆虫の種数は百万を超えているが、未知の種はその2~5倍はあるとみられている。個体数も多く、アリだけの生物量(全個体の重さ)で全脊椎動物の生物量を凌駕している。

・昆虫は飛翔能力を持つものが大半で、飛ぶことにより多様な生活環境に産卵することができる。そこから生まれた幼虫がこれまでと違う環境に適応できれば新たな種の誕生につながる。

・被子植物の多様化とともに、それぞれの植物種に対してそれを食べる昆虫が特化し種が別れた。植物の方も送粉を昆虫に依存するものが現れたりして特化が起こり、相互に影響しあって多様化した。

・植物も一方的に食べられているだけではない。昆虫にとっての毒を持つ植物は多い。そういう毒が人間にとっても毒になることもあるし、アクがすごいというのも(昆虫にとっての)毒である。ただ、昆虫の中には植物の毒を身中に貯めて自らの防御手段にしているものもある。

・別の昆虫に寄生するのみならず、その寄主を操作し自分の都合のよい行動をさせるものもある。まるで半死のゾンビを意のままに扱うように。

と、印象に残ったところを書き抜いていこうとしたのだが、多すぎてキリがなさそうなくらいトリビアだらけ。

最もインパクトが強かったのは次の部分。
「ヒトと家畜や農作物の関係に関して、ヒトがそれらを管理しているのではなく、逆にそれらに支配されているという変わった見方もある。自分の遺伝子を子孫に残すことが生物の至上命令であるならば、家畜や作物がヒトにそれを指せているという面があるからである」
本書を読んでいると、昆虫が、高度な文明を築いたと自負している人類とほぼ同等、どころかむしろ見方によってはその上をいくような巧妙な社会制度を構成しているのかもしれないと思えてくる。ならば、人類は、食用やペットにしている植物や動物たちに(遺伝子コピーの最大化のために)実は利用されているだけにすぎない愚かな生物なのかもしれない。
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開かせていただき光栄です

2015年03月25日 | 本の感想
開かせていただき光栄です(皆川博子 早川書房)

18世紀のロンドン、ダニエルの率いる最先端の解剖学チームは、財政的にはダニエルの兄に支えられていたが、手柄も兄に横取りされていた。チームメンバー(ダニエルの弟子たち)のエドとナイジェルはこの状況をくつがえそうとするが・・・という話。

ミステリが好みのくせに、皆川さんの作品を読むのは初めて。
耽美的あるいは幻想的な作風だと勝手に決めつけて食わず嫌いでした。
本書も舞台が近世のロンドンだし、主人公は解剖が専攻ということで、まさに私の勝手なイメージ通りの作品だろうと思ったのですが、実際はハードで論理的なミステリでした。これが80歳を越えた人の作品とは・・・とうてい信じられません。

陰惨な結末を予想させる展開から、鮮やかなどんでん返しで、これ以上ないくらいのカタルシスと爽やかさを味わえるエンディングもすごいです。

探偵役の盲目の判事と、そのパートナーの男装の女騎士のキャラクターも魅力的でした。
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地のはてから

2015年03月18日 | 本の感想
地のはてから(乃南アサ 講談社文庫)

明治末期、故郷を夜逃げして知床の奥地の開拓にはいった一家の長女とわが主人公。
いくらか開拓が進んだと思われた頃から飛蝗の被害がひどくなり一家は(もう少し拓けた地域に)移住する。しかし生活は楽にならず、とわは小樽の商家に奉公に出る。その商家も大恐慌のあおりで破綻し、とわは知床に戻る。そこで幼なじみのアイヌの少年と再会し恋に落ちるが、親が決めた男と泣く泣く結婚する。夫と古着屋を始めるが、夫はさっぱり覇気がない。やがて戦争が始まり、夫も出征する。とわは子供たちと生き抜こうと誓う・・・という話。

運命に翻弄され続けても、とにかく生き続けることを最優先に、たくましく、しぶとく生きるとわの行く末はどうなるのだろう、という興味でページがどんどん進んだ。物語としては大変面白かったと思う。

とわは確かに生命力の塊のような強さを持っているが、人生を自ら切り開いていこうというような姿勢には欠けていて、過酷な巡り合わせに流されているだけのようにも見える。
普通の小説なら、親が決めた結婚はせず恋人と添い遂げることを誓う、とか、とわ自ら商才を発揮して古着屋を大発展させる、なんて筋になりそうなものだが、あえてそういったありがちな筋にしていないのが、(フィクションとはいえ)リアリティを感じさせてくれた。(ただ、落魄したかつての恋人ととわが再会するシーンは(得てして人生はそんなもの、とは言うものの)後味がわるかった)

とわは、小学校の卒業式に出席できたことや、奉公先で4年目にして初めて貰えた休暇など、ほんのちいさな慶事に対してとても大きな幸福感を抱く。
しあわせというのは本当に相対的なもので、とわやその時代の人と比較すれば、王侯貴族のような満ち足りた生活をしている現代人が彼女よりもしあわせだ、なんてとてもいえないような気がした。
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福島第一原発事故 7つの謎

2015年03月12日 | 本の感想
福島第一原発事故 7つの謎(NHKスペシャル取材班 講談社現代新書)

その日私は会社にいて、勤務する会社の業務に地震で支障が生じたので、ずっと会社にいた。
福島原発に対する懸念はその日の夕方から一般にも報じられていた。大学時代にゼミでスリーマイル島の事故賠償関係の勉強をしたので、原子炉について生噛りのわずかな知識があった私は、緊急停止に成功した以上たいしたことはあるまいとタカをくくっていた。

翌日の午後、会社の会議室で打ち合わせ中もテレビはつけっぱなしで、その画面に1号機の水素爆発の場面が(ほぼリアルタイムで)映し出された時、テレビの解説者が明らかにうろたえたことと、会議室の誰かが「これ、まずいんじゃない?」と言ったきり会議室がシーンとなったことを、今もおぼえている。

当時の報道では、3・4号機のプールの冷却がクローズアップされていたように思う。自衛隊のヘリや消防車両による放水が派手に報じられていたイメージがある(本書によるとそれらの行為はほとんど意味がなく、むしろそれによって電源の普及工事が遅れて事態を悪化させたらしい)。

1・3・4号機は水素爆発をして建屋がメチャクチャの見かけになっていしまったので、上記のように注目を集めていたのだが、本書によると、当時現場で最も懸念されていたのは2号機だったらしい。
2号機は(外部電源がなくても動く)冷却装置で最も長く冷却されていたにもかかわらず、その冷却装置が不調となった後、消防車等からの注水のために容器内の圧力を下げるためのSR弁が開かず、破滅的な影響がでる格納容器の破壊が懸念されたらしい。
そして試行錯誤の末にやっと弁が開いたと思われたのに(後からわかったことだが)その時点では消防車が燃料切れになってしまっていたらしい(確か吉田所長は、この燃料切れを非常に悔やんでいたと、他の本で読んだような気がする)。
このあたりの本書の描写は迫力満点で、小説を読んでいるような気分で、結果がわかっていてもハラハラしながら読み進んだ。

福島原発の事故の原因等を論じた本をいくつか読んだが、(出版時期が直近ということもあって)本書が最もわかりやすく(いまだ不明な点の推測もふくめて)妥当性の高い内容であったと思う。

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一路

2015年03月08日 | 本の感想
一路(浅田次郎 中央公論新社)

西美濃の旗本:蒔坂家の供頭(参勤交代時のロジ担当の役人)小野寺家の当主は自宅の火事で急死する。息子の一路は江戸詰めだったため全く何の申し送りもなく参勤交代(江戸行)のコーディネイトを迫られるが・・・という話。

著者はもともと「プリズンホテル」シリーズなどのユーモア?ミステリが出世作なので、現代モノでは、おふざけも交えながらストーリーが進む、みたいな作品が多いような気がする。
一方、時代モノでは、シリアス一辺倒(「蒼穹の昴」を初めて読んだ時は、それまでの作品との段差に驚いた)な作品が多いと思う。

本作は時代モノながら、ユーモア系な雰囲気の作品。
もっとも、序盤は参勤交代をテーマにした小組織内の暗闘とそれに対抗した下っ端役人の活躍を描く、みたいな感じでシリアス系だったのに、連載を重ねていくうち(多分、途中馬が会話するあたりから)ユーモア系になっちゃった、というのが本当のところではないかとも思えた。

小野寺一路は(なにしろタイトルが「一路」なのだから)当然主人公のはず、と思って読んでいると、中盤あたりから明らかに殿様の蒔坂左京太夫が主人公に変貌してしまう。これも長期にわたって連載を書くうち気が変わったんだろうなあ、と見える。

いつも同じことを書いてしまうのだが、本書が浅田作品でなければ「楽しく読み終えることができた」と締めくくれるのだが、ファンが浅田さんの作品に期待するレベルはもう少し高いと思うので・・・まあ、常に「蒼穹の昴」級を要求するのは無理としても、本作はちょっと肩の力が抜けすぎカモ。

蛇足:山口晃さん画の装丁が素晴らしいです。中身と表紙を見比べると趣きが高まります。装丁の費用って出版社もちですよね・・・山口さんを起用するなんて、相当な売上を見込んでないと無理なはずで、そういう意味では、さすが浅田さん、なんですよね。
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