蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

輪違屋糸里

2007年04月30日 | 本の感想
輪違屋糸里(浅田次郎 文春文庫)

新選組の芹沢鴨暗殺の顛末を、主に京都島原の天神(超高級娼婦)・糸里や新選組が居候する八木家・前川家の奥方の視点から描いた作品。
それだけだったら「ありがち」な小説かもしれないが、史実の上では存在すら疑われる糸里の周辺を、大胆な解釈と創造で著者独自の新選組観を披露することで、凡百な作家との差を明らかにしている。

浅田さんが新選組を描いた作品に「壬生義士伝」があるが、こちらでも主人公はほとんど一般に知られていない人で、大半が著者の創作であると思われる。

「輪違屋糸里」では、百姓から侍になった近藤や土方は、累代の武士である芹沢や永倉にジェラシーを感じているという設定になっている。著者の視線は、芹沢や永倉、斉藤といった「本物」の武士階級に対して暖かい(特に斉藤には「壬生」でも準主役扱いだったので、特に思いいれが感じられる)のに、近藤や土方には冷たい。「壬生」でも近藤や土方の描き方はそっけなかった。

私にとっての新選組は、「燃えよ剣」から始まったので、どうしても土方びいきになりがちで、「糸里」での土方の描き方には共感できないのだが、冷酷で人情を知らず、徹底的なリアリストとしての土方像も、なかなかカッコよかった。

また、芹沢の愛人であるお梅は、唯一の江戸っ子(近藤、土方は多摩の田舎者扱いされている)として、著者の思い入れが詰め込まれたキャラになっていて、ひときわ目立った。
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死とは・・・

2007年04月28日 | Weblog
幼稚園に通う娘が、ある日突然「死にたくない。死ぬのが怖い」といいだした。なぜそんなことを言うのか理由はよくわからなかったが、30分もしたら忘れたようだった。

私も子供の頃から死ぬのがとても怖かった。学研の雑誌にノストラダムスの予言の話が掲載されていて、それを読んで1999年に人類は滅亡するのだとある時期まで信じていた。宇宙人に殺されるのか、いやだな~、痛いのかな~と眠れぬ夜に一人悶々としたりした。

人は誰もが「死」とは何なのか考えるものだと思うが、もちろん、なかなか納得できる答えは見つからない。

少し前に、当分これを私にとっての「死」の定義にしてもいいかな、と思える文章を見つけたので紹介したい。日本経済新聞の3月9日付夕刊のコラム「波音」から引用する。


◇ 死のデリート
死とは何か。三十代で亡くなったミュージシャンは「情報化だ」と言ったという。情報として人々の中に残ると。なるほど、手紙や写真で亡き父母を懐かしむ。クラシックや懐メロを楽しみ、黒沢や小津の世界に親しめのも、情報化されたからだ。
そう考えると、死も満更ではない。自分はどれほど情報化されるか。人が死んだ後、思い出を語る人も絶えて、二度目の死を迎えるともいう。大量に情報化された太平洋戦争の死すら、今や風化寸前。
たくさんの濃い思い出をつくっておかないと、一周忌も待たずにデリート(削除)されかねない。(修)


肉体は焼き尽くされ、あるいは地下で腐敗して滅亡しても、「私」は人々の記憶に残り続けるという、ある意味甘やかな思い込みは、死への恐怖を多少は緩和してくれるように思う。
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パイレーツオブカリビアン デッドマンズチェスト

2007年04月25日 | 映画の感想
「シザーハンズ」を見て以来ジョニー・デップが気に入って、出演作で日本公開されたものはだいたい見ています。メジャーとはいいかねる個性的な作品に好んで出ているイメージがあって、一般ウケを狙っていないように見える姿勢が好きだったので、「パイレーツオブカリビアン」に主演して人気がでたことには、かえって失望を感じました。
もっとも「パイレーツオブカリビアン」がこんなに人気がでるとは思ってなくて、ヘンテコな海賊の役もおもしろそうだと思ったのかもしれませんが。

1作目の大ヒットを受けて2作目は明らかに大向こうのウケを狙った筋になっていたような気がします。
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沙高楼綺譚

2007年04月24日 | 本の感想
沙高楼綺譚 (浅田次郎 徳間書店)

沙高楼という名がつけられた高層住宅のペントハウスで、不動産王が著名人を招いて、各人の秘密を自ら暴露しあうという催しが開かれ、それぞれの話し手が少々怪談じみた不可思議な話を語るという設定の短編集。

最初の短編「小鍛冶」は、登場人物の一人が国立博物館へ国宝の刀剣を見に行く場面から始まります。私も時々国立博物館の常設展を見に行くことがあります。
刀剣の展示場所はかなり奥まったところにあり、常設展ではほとんど立ち止まっている人もみかけません。そのため大変静かなのですが、そんな静謐の中で「ギラリ」なんて擬音がしそうなほど輝いている太刀を見つめていると「凶々しい」という形容詞はこういつ時のたまにあるのではないかとも思われ、とても古いはずなのに磨き上げられて光をたたえている刀剣は年をとらない妖怪のようにも見えてきます。

「小鍛冶」は刀の鑑定家と贋物を巡る話なのですが、筋の展開は、この手の話としてはよくあるものです。しかし、文章がよく推敲されていて(オリジナルの雑誌掲載は1996年なので、浅田さんも今ほどお忙しくはない時期だと思います。そのせいでしょうか?)、格調の高さみたいなものが感じられるとても良い小説です。

他の収録作は、まあまあといったところかと思いますが、最後の「雨の夜の刺客」は、かつての得意分野である渡世人を描いているので、「小鍛冶」に次いで読みごたえを感じました。
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シリアナ

2007年04月22日 | 映画の感想
中東の架空の産油国をめぐり、アメリカのスパイ、スパイの統括官、産油国の王族、王族のブレーン役の石油アナリストなどが入り乱れて国の主導権を争うが、結局、産油国は昔ながらの体制が続くことになった、という話・・・だと思うのだが、登場人物が多く、筋が入り組んでいて一回みただけでは理解が難しい。(そうかといってもう一回みてみたいというほどでもない)

スパイ役のジョージ・クルーニーがやけに太っていて太鼓腹。売り物のダンディはどこへ?
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