蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

地下鉄道

2018年11月24日 | 本の感想
地下鉄道(コルソン・ホワイトヘッド 早川書房)

コーラは祖母の代にアフリカからアメリカに連れてこられた綿花農園の奴隷。母(メイベル)は、農園から逃亡しており、他の奴隷からは仲間外れにされる。
コーラは、新入りの奴隷のシーザーに誘われて、地下鉄道を使って北部への逃亡を図るが・・・という話。

地下鉄道といっても、実際の歴史ではレイルウエイという意味での鉄道があったわけではなく、南部州の奴隷たちを北部の州へ逃がす手助けをする人的・社会的ネットワークのことなのだが、本作では、地下を走る機関車や駅が登場する。
当時のテクノロジーで蒸気機関車を地下で長距離運用できるわけがなく、つまり、本作はファンタジーなのである。
ただ、「本当に地下鉄があった」という設定がストーリーにうまく活かされているとは言えないけど・・・

本作の魅力は、ハードボイルドタッチでスピード感のある文章にある。時に残虐で目をそむけたくなる場面もあるが、コーラが(いったんは安住の地かと思えた)サウスカロライナから逃亡を余儀なくされるあたりからは、ラストまで文字通り一気読みさせる迫力があった。

また、コーラを追う奴隷狩りのリッジウエイ、およびその秘書役のホーマーもキャラが立っていてよかった。

しかし、ほんのちょっと昔のアメリカって「北斗の拳」とか「マッドマックス」そのもののような社会だったんだなあ。だからこそ今でも(人種に限らず)差別に対して非常にセンシティブなんだろうなあ、と思わされた。
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やや黄色い熱をおびた旅人

2018年11月24日 | 本の感想
やや黄色い熱をおびた旅人(原田宗典 岩波書店)

かなり昔だが、著者のエッセイを何冊か読んだことがあり、軽妙でとぼけた味が印象に残っている。
薬物所持等で逮捕されたりしたこともあり、最近著作を見かけなくなった(変わって妹さんは超売れっ子になったが・・・)。
久しぶりに本屋で新刊を見かけたので読んでみたのだが、内容は20年近く前にNHKの番組収録のために訪れた世界各地の紛争地帯での体験記で、軽妙さなどとはほど遠い内容であった。

それでも時々はかつてのようなオトボケぶりが顔を出すことはあって、特に、カンボジアで地雷除去のボランティアをしているTさん親子、日本人傭兵Tさん(さっきのTさんとは別人)が登場する編は、(それぞれの)Tさん達の、場に不似合いともいえる明るいキャラもあって、楽しく読めた。

カンボジアのTさんはかつて国連職員だったが、官僚的な組織に嫌気がさしてボランティア(現地の政府高官がスポンサーらしい)をやっているのだが、内容が地雷除去という命がけの作業というのがすごい。
傭兵(といっても報酬をもらうプロではなくて、渡航費まで自分持ちという、どちらかというと義勇兵というべき存在)としてアフガンやミャンマーで反政府側に立って参戦してきたというもう一人のTさん(調べてみると高部さんといって斯界では有名人らしい)も、命を的に無報酬で戦闘に加わっているというのは、平和な社会に慣れた私からは信じがたいメンタリティだった。
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歴史人口学で見た日本

2018年11月24日 | 本の感想
歴史人口学で見た日本(速水融 文春新書)

江戸時代、キリスト教禁教政策の裏付けとして集落全員が仏教徒であることを寺に証明させる書類として「宗門改帳」という史料があり、これは戸籍に似た記載内容で世帯全体の明細や出入(婚姻とか死亡とか)をかなりの程度推測できるそうだ。まれに百年単位で現存しているものもあり、時系列に整理しなおすことで、過去の人口動静がわかるという。
著者は歴史人口学の(多分)第一人者で、「宗門改帳」を使った歴史学の面白さを解説している。

ヨーロッパにも、教会が作った、似たような史料があるそうだ。プロテスタントの台頭に脅威を感じたカトリック教会が教会に来る人の明細を記録したものが北イタリア中心にのこっており、一方、聖書を読むことを信徒に推奨したプロテスタントは、教会に来る人が聖書を読めるかを記録していたそうである。(余談だが、カトリックでは聖書を読んでいいのは教会関係者のみで信徒にはこれを禁じていたそうで、ためにカトリックが盛んだった地域は識字率が(かつては)低かった、という話が興味深かった)

濃尾地方では江戸期に、農業の生産性が向上し人口も増加した。しかし反比例するように家畜(主に馬)の数は激減したそうである。ヨーロッパでは資本(家畜)への資源投資により生産性を向上させ、これがやがて産業革命に結びつくのだが、日本では資本(家畜)へ資源投下は行われず、かわりに人力(=労働時間の増加。労働集約型農業)でこれをカバーしようとした、といい、著者はこれを「勤勉革命」と呼ぶ・・・ちょっと論理展開にムリがあるような気もするが、外形的(日本人は長時間労働が好き)には納得性がある説明だと思った。
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スパイたちの遺産

2018年11月18日 | 本の感想
スパイたちの遺産(ジョン・ル・カレ 早川書房)

イギリスの元大物スパイ:ピーター・ギラムは、ブルターニュの田舎町で引退生活を送っていたが、昔の諜報作戦(ウィンドフォール)で殺された(ピーターの同僚の)アレックの息子がイギリスの情報部に(父の死の責任は情報部にあるとして)訴訟を起こそうとしている、として情報部に呼び出される。ピーターはウィンドフォールの記録を読み始めるが・・・という話。

著者の最高傑作は「寒い国から来たスパイ」だと思う。世に名高いスマイリー三部作は、表現が文学的すぎて(平たく言うと迂遠で晦渋)読んでいてストレスがたまる。そこへいくと「寒い国・・・」は、ストーリー展開が早くてあっと驚く結末も明瞭だ。

本作は「寒い国・・・」で展開されたスマイリーの巧妙(というか狡猾)な二重スパイ作戦の裏側の真相を明らかにしていて、(初めはそうとは知らずに読んでいたので)しだいに昔の記憶がよみがえってきて、ちょっと興奮した。
ただ、持って回った言い回しは三部作の方に近くて、読み返さないと筋が理解できなくなる箇所がいくつかあった。

それにしても、著者の作品を読むたびに思うのだが、二重スパイや味方の情報部の中での仲間割れで、スパイ活動が本当に国の役にたっているのか、むしろやればやるほど国益を害しているのではないか?と考えさせられる。著者は昔、本物のスパイだったらしいと知るとなおさらである。
もっとも著者もそのあたりは自覚があるらしく、本作の終盤でアレックの息子はピーターに対してこんなセリフを吐く。
「あんたらは全員病気だ。あんたらスパイは。治療法じゃなくて、病気そのものだ。マスかきのプロで、お互いマスかきゲームをして、自分たちは宇宙一くそ利口な大物だと思いこんでいる。人間のくずだ。聞いてるか?くそ暗いところで生きてるのは、くそ日光が手に負えないからだ。親父もだ。おれにそう言った」
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「国境なき医師団」を見に行く

2018年11月18日 | 本の感想
「国境なき医師団」を見に行く(いとうせいこう 講談社)

著者が、ハイチ(災害後の救援)、ギリシャ(難民の支援)、フィリピン(スラム街での啓蒙)、ウガンダ(難民の支援)で活動する国境なき医師団(MSF)をルポしたエッセイ。

この本の取材活動の費用はMSFの活動費から出ている(ウガンダ編でそんな主旨の記述があった)らしく、ほぼ全面的にMSFにアファーマティブな立場で書かれている(MSFの資金源はほぼ100%寄付らしいので、このような広報活動にも力を入れているらしい)。
なので、著者特有の、常識とはちょっとずれた視点の面白さを期待した私としてはちょっと残念だった。

MSFでは、肉体的・精神的なダメージが大きな活動に従事したメンバーには、活動の間隔を一定期間強制的に空けるというルールがある。
またどんな辺鄙な地域の活動でも、内科的・外科的医療の他にいわゆるメンタルケアを行うためのスペースと人員が配置されているそうである。
このあたりが、日本ではまだ遅れているのかなあ、と感じさせる。著者いわく「根性、などというものは国際的な常識ではないのだ」

「医師団」といっても、医者や看護師ばかりがいるわけではなくて、施設設営や物資の輸送・確保などいわゆるロジスティクスのプロみたいな人もいて、医者と同様に高く評価されているらしい点も印象的だった。
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