蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

フラウの戦争論

2020年05月10日 | 本の感想
フラウの戦争論(霧島兵庫 新潮社)

アウエルシュタット(イエナ)からワーテルロー(ラ・ベル=アリエンス)までナポレオン戦争のハイライトとなった6つの会戦をプロシア側の参謀:クラウゼヴィッツの視点で描く。
幕間にクラウゼヴィッツとその妻:マリーの掛け合いが挿入される。
クラウゼヴィッツ亡き後、マリーが「戦争論」出版のプロデュースしたことがタイトルの由来。

うろ覚えだが、司馬遼太郎さんの作品の中でクラウゼヴィッツとマリーの生活を描いているところがあって、そこでは・・・夫妻の私生活は物理的な意味で物音がほとんどしないほどの静けさで、庭の植木の成長のみを楽しみにしていた・・・みたいなことが書いてあったと思う。
クラウゼヴィッツ夫妻というと、私の中ではこうしたイメージが固定されていたが、本書で描かれる二人は全く異なるものだった。
マリーは女官として勤務していた経験があり、社交的な性格もあって宮廷の花のような存在だった。野暮なクラウゼヴィッツと結婚した後もパーティでは人気者で皇帝家のメンバーともツーカー。
クラウゼヴィッツも、浮世離れして「戦争論」の執筆に没頭・・・というわけでは全くなく、グナイゼナウの推挙で参謀長に就くまで猟官運動に熱心だったことになっている。

本書では、クラウゼヴィッツ以外の登場人物も魅力的に描かれている。
フランスの不敗将軍ダヴー、訛りが抜けないが超有能なプロシアの参謀長シャルンホルスト、シャルンホルストの後継者でグチが多いグナイゼナウ、気まぐれながらその気になると脅威的な騎兵突撃を陣頭指揮するミュラ、プロシアの不屈の前進元帥ブリュッヒャー等々。
シャルンホルストとグナイゼナウは、私の中ではドイツの巡洋戦艦の名前で、参謀長の名前を戦艦に付けちゃうなんて・・・と思っていた。本書を読むとこの二人がドイツ軍の基礎を築いたとも言える程の実績を残していたことがよくわかり、命名もむべなるかな、と思えた。

人物描写のみならず、戦闘場面もコンパクトながら迫力満点に描かれている。特にワーテルロー戦の経過がわかりやすくて良かった。また、アウエルシュタットでのダヴーの活躍もカッコ良かった。
すばらしい業績をあげ続け、ナポレオンへの忠誠心も厚かったダヴーをナポレオンはどうして遠ざけたのだろう。グルーシーやネイの代わりにワーテルローに彼がいれば歴史は変わったろうに。
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1918年最強ドイツ軍はなぜ敗れたのか

2020年05月06日 | 本の感想
1918年最強ドイツ軍はなぜ敗れたのか(飯倉章 文春新書)

1918年西部戦線で攻勢に出たドイツ軍は戦術的には勝利を重ねるが、戦略的目的を果たすことはできず、わずか半年後に降伏することになってしまう。容赦なく敵を叩きのめすが大局的な勝利にはたどり着けないドイツ軍(あるいはドイツ国民?)の長所と短所を検証した評論。

日本があまり絡まなかったこともあって、日本では第一次世界大戦への関心は浅い。私自身も同じで、本書は西部戦線中心ながら大戦史のダイジェストにもなっていて、興味深く読めた。
ドイツ軍における参謀本部の位置づけは非常に高く、軍事目的達成のためなら政治や国家的人事にも躊躇なく介入する。というか、1918年頃の参謀総長ヒンデンブルクと参謀次長のルーデンドルフは、国家自体を牛耳っていたかのように本書では描かれている。

本筋とは関係ないが、連合軍側で最も強かったのはフランス軍で、ドイツ軍の攻勢はイギリス軍側に向くことが多く、アメリカ軍は上陸はしたものの戦闘にはほとんど参加していいなかった、というのも意外だった。(多分、第二次世界大戦における各国軍のイメージが強いせいだと思う)
もっともアメリカ軍は大陸からインフルエンザをもたらして大戦終結の大きな要因になったのだが。

ドイツ軍(というか参謀本部)には戦略的目標に対する達成動機が希薄だった、と著者はたびたび強調する。
「日本軍の敗因」的な本でも同様に指摘されることが多いように思うが、戦術的成功なくして戦略的成功もないわけで、戦略的目的達成の成否はコントロール不能であり結果論でしかないと思う。
例えば、真珠湾攻撃は戦略的には大失敗、などと評されることがあるが、それは最終的に日本が敗戦したからそう言われているにすぎないし、宣戦布告がスムーズに行われ、空母がたまたま港内にいたとしたら、文句ない戦略的大勝利だったであろう。
つまり戦術的勝利は誰の目にも明らかだが、戦略的に勝ったのか負けたのかは、最後にならないと評価が定まらないし、紙一重の差から生じるものであると思う。
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日本語びいき

2020年05月06日 | 本の感想
日本語びいき(清水由美 中公文庫)

著者は日本語教師で、外国人に日本語を長年教えている。
ヨシタケシンスケさんのコミカルな挿絵や表紙絵からして、トリビア的な日本語の面白さみたいなものを書いてあるのかと思って読み始めたら、けっこうガチな日本語文法の本だった。真面目に読もうとするとちょっと骨が折れそうだった。

日本人が日本語文法を意識して日本語を話したり書いたりすることはないだろう。本書で解説されているような文法を知らなくても、なんとなくどちらが正しいのかはわかってしまう。
反面、相当な長時間、系統立てて文法などを学んできた英語については、いつまでたっても「なんとなくわかる」の境地には達することができない(私だけかもしれんが)。

それが母国語というものでしょう、と言われると返す言葉がない。
幼児期になんとなく習得してしまった母国語はいつまでたってもなんとなくわかってしまうものなのだろうか。
しかし天然バイリンガル(例えば米国生まれで日本人家庭で育ち米国の学校を出たような人)の人であっても、片方の言語を使わない時期が長くなると、かなり言語的能力は衰えるらしい(さっきの例の人が日本の会社に就職して日本で働いているうち、英語がスムーズに話せなくなる)ので、継続的な使用環境というのも重要だとも思える。
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羊飼いの暮らし

2020年05月06日 | 本の感想
羊飼いの暮らし(ジェイムズ・リーバンクス ハヤカワ文庫)

イギリス北部、いわゆる湖水地方で家族零細経営で羊飼いを代々営む著者の生活ぶりを季節ごとに分割した章立てで描くノンフィクション(とうか自伝)。

私は、羊飼いの主な収入は羊毛だと思っていた。しかし、本書によると、羊毛はほとんど収益にならず、逆にお金を払って引き取ってもらうことすらあるそうだ。羊飼いの収入は羊肉と優秀なタネ羊?を他の羊飼いに売ることで得ているそうである。これが本書を読んで一番意外だったこと。

二番目は牧羊犬が非常に優秀であること。優秀な牧羊犬なくして大量の羊を放し飼いにすることはできないそうである。

著者は義務教育では劣等生だったらしいが、読書好きで独学でオックスフォード大学へ進学する。現代の日本では考えにくい進路(例えると、中卒で学校嫌いの不良少年が家業の農業に従事しながら、高校や予備校に通うことなく、小論文とか面接で能力を認められて東大に入学するみたいな感じ?)イギリスの教育環境の多様性や成熟みたいなものを感じた。これが三番目の感想。
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お友だちからお願いします

2020年05月04日 | 本の感想
お友だちからお願いします(三浦しをん 大和書房)

三浦さんのエッセイ集はどれも面白いのだが、特定の俳優やキャラクター、歌手等に熱をあげて、滑稽な行動に走ってしまう自分自身をメタ的に描く内容のものが特にいい。
古くはヴィゴ・モーテンセン、最近だとエグザイル一族がそういう対象になっているのだが、本作はちょうど端境期に当たっていたのか、その手の内容が少なくて残念だった(少しだけエグザイルの話はあったが)。

いまやベストセラー作家で、相当に忙しいと思うのだけど、「文庫追記」として文庫化にあたって相当量の追補をしてくれているのも素晴らしい。
尾鷲に行った時にうたった短歌がその「文庫追記」で披露されていて、多分冗談半分なのだろうけど「これ、意外にいいんじゃない?」と思った。
“ビーサンは手にはめていけ流れつくさきで履くのだ と河童の師匠”(p210)
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