蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

卒業生には向かない真実

2024年05月29日 | 本の感想
卒業生には向かない真実(ホリー・ジャクソン 創元推理文庫)

高校生のピップがイギリスの田舎町で起こる事件に対して、関係者へのインタビューや推理、さらには探偵活動?により真相を探るシリーズの第3弾、完結編。

1作目においては、ピップは夏休みの自由研究として事件解決を図る。ここでは明るく、さわやかで快活な高校生の話だったのだが、2作目の後半あたりから雰囲気が変わってダークなムードが漂い、ピップも非合法的手段を用いてまで犯人探しをした。

本作において、ピップはPTSD的症状に苦しみ、売人から抗不安剤を買って服用するまでになっている。このあたりの不安心理の描写が非常にうまくて、読んでいる方まで苦しくなってくる。
それに輪をかけるようにピップに連続殺人鬼の犯行予告的メッセージが送られるようになり、不安はますますひどくなる。
そして本書のちょうど真ん中あたりで、その殺人鬼の正体は明らかにされてしまい、「え、まだ半分なのに話が終っちゃうじゃん」と思っていたら、そこから想定外の別のストーリーが展開される。
この後半は、ある意味とてもダークでイヤな話なのだが、これまた作者の腕により文字通りのページターナーとなっていて、むさぼるように読み進めざるをえなかった。そしてラストはとても洒落ていて、ほんの少しだけだが救われた気分になった。

本作のテーマは、自力救済の肯定(著者があとがきでそう表明している)で、それに嫌悪を感じる人も多いと思うし、良識派?から非難ごうごうになりそうだ。
多分ピップは著者自身を反映したキャラであり、例えそうしたリスクをはらんでいたとしても、例え多くの敵を作ってしまうとしても、ピップのように声高々と主張せざるを得ないテーマだったのだろう。
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悪童たち

2024年05月25日 | 本の感想
悪童たち(紫金陳 ハヤカワ文庫)

映画「ゴールデン・ボーイ」がとても良かったので、原作を読んでみた。

映画の舞台は沖縄で登場人物は日本人だったが、原作では中国(上海あたり?)なので、映画はかなり翻案したんだろうなあ、と思って読み始めた。
しかし、映画のストーリーはかなり原作に忠実だった。最初のうちはただの子供にすぎなかった主人公の朱朝陽(ジュー・チャオヤン)が、次第に「悪童」化(悪童というには凶悪すぎるかもしれないが)していく過程が、原作、映画ともに上手に描かれていた。

解説によると、本作は厳良(本作では犠牲者の一人のおじ)を探偵役にしたシリーズものの一作だそうなのだが、本作では出番は少なく、ほぼ朱朝陽の独り舞台だった(で、厳良をあまり目立たせていないことが成功している)。

本書では、最初から最後まで漢字表記の人名にルビがふってある。最初1回だけルビをふることが多いと思うのだが、このおかげでとても読みやすかった。かえって鬱陶しいと感じる人もいるのかもしれないが・・
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締め殺しの樹

2024年05月25日 | 本の感想
締め殺しの樹(河﨑秋子 小学館)

橋宮ミサエは、根室に生まれたが両親が亡くなって、新発田の親戚で育てられてたが、再び根室の吉岡家に引き取られることになる。吉岡家では召使のように家事労働にこき使われれる。勉強好きで、薬の行商人の小山田の援助もあり、根室の町の学校に進学し保健婦となる・・・という話。

前半、ミサエが吉岡家で奴隷のような扱いをうけても、自分の境涯を嘆かず、蛍の光、窓の雪を地でいく熱心さで夜中に教科書を読み耽るのだけを楽しみにしてけなげに、しかしたくましく生き抜いていくあたりが、あざとくて、お涙頂戴であっても、とてもよかった。

後半は小山田の息子(父親とちがって冷血漢)を敵役にしてミサエの苦労を描いているのだが、前半ほどの盛り上がりはなかったかな。ミサエの娘の運命が(ミサエにとっても)とても残酷で、お話しとはいえ、そこまでしなくていいだろ、と、著者を恨みたくなった。

締め殺しの樹というのは菩提樹のことで、菩提樹って太い幹の立派な木というイメージがあったが、ツタ系で、他の木に絡みついて、ついにはその木を枯らしてしまうことからあだ名がついたのだそうである。
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私たちはどこから来て、どこへ行くのか

2024年05月24日 | 本の感想
私たちはどこから来て、どこへ行くのか(森達也 筑摩書房)

ノンフィクション作家で映画監督の著者が、進化や宇宙論の先端的科学者に人間の起源と将来についてインタビューした記録。この手の本は対談っぽくまとめられるのが普通だと思うが、本書は著者が対談中のインタビューイーの様子を描写しているのが特徴。

昔から、進化の原因は突然変異だ、という説は、「わからないからそういうことにしておこう」みたいな臭いがして、疑わしく思っていた。本書によると、近年は構造主義生物学というのがあって、一個の遺伝子が機能や形態を決めるのではなく、多くの遺伝子の順列組み合わせによって合成されるタンパク質が決まるという仮説が力を得ているそうで、なるほど、こちらの方が科学っぽいなあ、と思った。

量子のふるまいと人間の心のふるまいはにている、量子の不思議な性質は心の性質と似ている、というのも面白い。
不確定性原理や量子論の研究者には東洋哲学に傾倒している人が多い、
般若心経の「色不異空 空不異色 色即是空 空即是色」が仏陀の「この世においては物質的現象には実体がないのであり、実体がないからこそ、物質的現象であり得るのである。実体がないといっても、それは物質的現象を離れてはいない。また、物質的現象は、実体がないことを離れて物質的現象であるのではない」という論理に依拠している・・・等々

私の著者に対する勝手なイメージとしては、左系でコワモテの反権力なジャーナリスト、みたいなところだが(すみません・・・)、インタビューを受ける人も似たようなものらしく、皆インタビューが進むにつれてリラックスしたムードになったらしい。多分、筑摩の人の紹介で受けざるを得なかったのだろう。本作はそんな世間のイメージとはかけ離れた内容で、かつ、著者の専門外の問題についてかなり勉強した上で臨んでいることがわかって、印象が相当に変わった。

セントラルドグマ、人間原理、アポトーシス、インテリジェントデザイン説、インフレーション宇宙なんて用語が、かっこいい。
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春期限定いちごタルト事件

2024年05月24日 | 本の感想
春期限定いちごタルト事件(米澤穂信 創元推理文庫)

同じ高校の一年生の小鳩常悟朗と小佐内ゆきは、とにかく目立つのがいやで、二人で協力して穏やな小市民として生きていこうとしている。しかし、小鳩は推理好き、ネタバレ披露が大好きというウラの性格を抑え込むことができず、小佐内にも秘密の性格があって・・・という話。小市民シリーズ第一作。

いわゆる日常の謎タイプの連作集なのだが、ほのぼのとした謎の裏には著者らしい恐ろしげな真相があるのでは?と期待したが、そういうのはなかった。もしかしてシリーズの次作以降にあるのかもしれない。
「おいしいココアの作り方」は、タイトル通りの内容なのだが、謎にけっこう強度があって、かつ、手がかりも完全に開示され、それなのに謎解きが鮮やかでよかった(著者としてはこれが一番面白いと言われては不本意かもしれないが・・・)。

本作は初版2004年の文庫書下ろし。いまや斯界の大家といえそうな著者はまだデビューしたてで、多分当時はラノベ系と見られていたと思う(本作の解説もラノベ評論家?の人)。
文庫の裏表紙にある紹介文の最後には「新鋭が放つライトな探偵物語」とある。なんとなく、リスペクトが薄いような・・・再版を重ねているみたいなので、紹介文も書き換えた方がいいんじゃないかなあ。
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