蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

小児救急

2009年04月30日 | 本の感想
小児救急(鈴木敦秋 講談社文庫)

当直などの過密勤務スケジュールと病院の小児科部長としての収益(?)責任に押しつぶされて自殺した小児科医、風邪と思われた症状が悪化し救急車を呼んだものの引き取り先がなかなか見つからず死亡した子供と両親、悪性の腸閉塞を誤診され大病院にいながらにして死亡した子供とその母親、という3篇(+文庫版には「コンビニ受診をやめようという」運動が成功した丹後地方のエピソード)のドキュメンタリーから成るノンフィクション。

夜中に子供の具合が悪くなる、時間外の診療に行くほどではないかもと思いつつ、「あの時医者にみせておけば手遅れにならなかったのに・・・」なんて声が聞こえてきて迷いに迷う、といった経験は、私自信も何度かしたし、三人の子供を育てるうち、一回だけ真夜中の病院へ駆け込んだこともあった(結局、軽症であることがわかったが)。
しかし、その一回だけが重なって世の中全体では小児科医療の過負荷をもたらしているのだろう。

子供への投薬量は少ないし、検査にも(子供がぐずったりして)時間がかかる。このため小児科は採算が合いにくい科目で、(少子化という根本原因のほかに)それも小児科医、あるいは開設病院を減らしている大きな原因だという。
それならば保険医療費を傾斜配分するなどすればよいのだろうが、人数が少なくて収益性も低い科目では、そのような無理な要求を通す政治力もないのだろう。
そういう意味では、本書のようなノンフィクションが果す役割は大きいと思うし、影響力を与えられるほど多くの人に読んでもらえたらよいなあと思う。

余談だが、本書の中で、一日中骨惜しみなく働く小児科開業医のエピソードが紹介されている。リスクが高くハードワーキングの中にあっても、他人を救い感謝される医者という職業の素晴らしさを感じた。それに引き換え、世の中にお役に立つことがほとんどなさそうな自分の仕事の卑小さに嫌悪感を覚えた。
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カラ売り屋

2009年04月29日 | 本の感想
カラ売り屋(黒木亮 講談社)

カラ売り専門のファンド(カラ売り屋)、田舎の自治体を食い物にする人々(村おこし屋)、途上国融資の専門家(エマージング屋)、破綻した観光地ホテルを再生軌道に乗せようとしている弁護士(再生屋)、の、4つの話からなる短編集。

各話のコアは、ちょっと調査すれば誰でも分かる程度のもので、実体験者しか分からないような秘密やウラ話があるわけではないが、一般にはあまり知られていない職種をコンパクトにわかりやすく説明している。

「カラ売り屋」は、アフリカの工事現場に描写に魅力があり、この部分を切り出した別の話にしても面白かったと思う。
「再生屋」は、民事再生のプロセスがけっこう詳しく書いてあって勉強になる。(もともと金融機関社員向け雑誌に連載されたものなので、そのような目的で書かれているのだろう)

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羊の目

2009年04月26日 | 本の感想
羊の目(伊集院 静  文藝春秋)

浅草のやり手のヤクザの親分に育てられた捨て子が主人公。
育ての親の親分からのものなら、どのような命令でもこなす主人公は、やがて都合のよい鉄砲玉として利用され、刑務所で覚えた必殺技で、親分の敵を次々に殺害する。

えーと、評価している書評もありましたが、伊集院さんの作品としてこちらが期待するものとはだいぶ較差があったように思います。
説明的な文章が多いし、主人公があまりにオールマイティだし、筋はありきたりでご都合主義的(戦地で助けた外人が実はマフィアの大親分で、その大親分が占領地に進駐して来た時、偶然自分を助けたのが主人公であることを知り、それから随分時を経てアメリカで殺人を犯した主人公を恩返しとして匿う・・・って、いくら小説でもありえねーって感じ)。
主人公の必殺技が、千枚通しで心臓を一突き、という仕掛人みたいなのも、なんかしらけちゃいます。

もちろん、普通のエンタメ小説としてなら、リーダビリティも高く、起伏があるストーリーで楽しめるのですが、私としては、伊集院さんには、なんというか、もうすこし格調がある香り高い小説を期待したいところです。
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整形前夜

2009年04月23日 | 本の感想
整形前夜(穂村 弘 講談社)
粒ぞろいの穂村さんのエッセイ集の中でも、私の読んだ中では最も良かった。

特に印象に残ったエッセイは・・・

「普通列車「絶望」行き」
著者がSEだった頃、常駐先に行くのが嫌だった。ある朝、常駐先へ行く時、少し前を歩いていた先輩社員が突然しゃがみこみ、「数秒間、先輩はそのまま、じーっとしゃがみこんでいた。それから、ふらりと立ち上がって、何もなかったかのように歩き出した」。
著者は「まずいものをみてしまった、と思う。会社を「休む」のではなく、どこかに「逃げる」のでもなく、通勤の途上でただ「しゃがむ」というところが、悲しくて怖かった」と言う。
たぶん、これフィクションだろうな~と思いながら、フィクションであっても「絶望」を的確に表現していて見事だとも思った。

「整形前夜」
マリリン・モンローが慰問先の兵士たちを前にして「雪が顔にかかりながら、大歓声をあげている兵士たちの前に立ったとき、生まれて初めて何も恐怖を感じなかった」と言ったというエピソードの分析がよかった。

「来れ好敵手」「異変への愛」
江戸川乱歩の書く「ああ」に関する考察がよかった。ちょっと考えすぎのような気もするが。
引用された文章を読む限り、明智小五郎がとてつもない悪人に思えてくる。

「共感と驚異」
エンタテインメント小説は共感を求め、文学は驚異(ワンダー)を追求するという。ちょっと異論がないでもないが、最近年のせいか、虚構性が強い物語(ハード目のSFとか)が読めなくなったのは、この文章に書いてあることが原因なのかも、とも思った。

「二十一世紀三十一文字物語 その1 リモコン」
あ~わかる、わかる、その感覚、って内容だった。
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スカイクロラ

2009年04月20日 | 映画の感想
スカイクロラ(映画)

原作のシリーズを読んでいる時、こんな風に想像していた・・・

登場人物の名前がすべて日本名、出てくる戦闘機の名前も散香とか染赤とか日本語。しかしたまに出てくる基地の描写は欧米(ヨーロッパともアメリカともつかない混じった感じ)風。戦争を執行している組織の成員は外人風。
だから、戦争に出資(?)したり戦闘を上部から指揮したりする組織は海外にあって、戦場となっているのは日本で戦っているのもすべて日本人・・・なんじゃないかと。

この映画では、登場人物はすべて日本名(ただしみかけは日本人離れしている)、読んでいる新聞(パイロットが几帳面に新聞を折りたたむシーンが印象的)は日本語。基地内での日常会話も日本語。しかし、基地をでると風景はイギリスの田舎風で、会話は英語(とポーランド語??)。主人公愛用の食堂はアメリカのダイナー風。
いっそ意表をついて、すべて純和風のみかけにしたら面白かったと思う。桜の花が咲いていて、パイロットたちは出発前に水杯を交わし、基地は木造で、でかける食堂は旅籠風・・・とか。

映画がかならずしも原作に忠実に作られているわけではないが、ササクラ(整備士)が女性というのと(もしかして原作でも女性という設定だったのに、私が気づいていなかっただけ?)、フーコがやや年増の娼婦だったのには、相当違和感があった。

本作は、マジでヒット(商業的成功)を狙ってる、みたいなことを映画公開前に監督がさかんにマスコミに露出して言っていたが、「本気だったの?」と思えるような内容だった。
出来が悪いとか、そういう意味ではなくて、「これじゃあマニアには受けても、親子連れとかには理解できないよな」といったニュアンスで。

生と死の意味合い、人生の希望とむなしさ、みたいな重苦しいテーマを正面からとりあげていて、登場人物はほとんど笑わないし、説明的な部分がほとんどない。
しかし、いい映画についての私の尺度である、「見終わったすぐ後にもう一度見たいと思うか」については、「その通り」と即答できる、見ごたえのある映画であった。
ただ、戦闘シーンが「いかにもCG」という画面だったのだけはちょっと残念。
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