蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

横道世之介(映画・小説)

2014年03月29日 | 本の感想
横道世之介(映画・小説)(吉田修一 文春文庫)

バブル期がはじまるちょっと前に大学に入学した私は、第一志望の大学に落ちたけど、とにかく実家を出ての一人暮らしに憧れていたので、東京にある大学に入学した。
その大学(M)を第一志望にしている人は珍しく、皆、私が落ちた大学(W)かそことしばしば並び評される大学(K)を落ちていた。
なので、皆、どこか敗者のカゲがあり、ある意味「オレの人生、先が見えたなあ」という詠嘆を抱えていた。なかには、大学に通いながらもう一度受験しようという猛者もいたけれど。
一人暮らしを望んでいたのに、東京の下宿に荷物を運び込んだ後、父親と駅で別れるときは、それまでに感じたことがない寄る辺ないさびしさに襲われて、夏休みが来て、バイトの日程があいたら。さっそく帰省した。

当時、大学は(今でもそうかもしれないけど)「人生の夏休み」などと呼ばれて、真面目に勉強している人は珍しかった。私もバイトと麻雀とサークルに夢中で、今、もし昔に戻れるとしたら迷うことなく大学時代を選ぶほど楽しかった。

***
以上は、私の経験だが(彼女をめぐる話を除けば)けっこう、本作のあらすじと似ていると言えなくもない。
本作はバブル時代のありふれた大学生の1年を描いただけ、ともいえ、ストーリーを引っ張るような強烈なエピソードはないのだけれど、ほほえましいというのか、懐かしいというのか、「あーそうだったよね」と言える安心感というのか、そんなものがあって楽しく読め(観られ)た。

映画は原作にかなり忠実で(原作では夏に沖合のクルーザー上でのデートだったのに映画では(経費節減のため?)プールでのそれになっていたのは可笑しかった)、ストーリーにあまり起伏がなくて2時間半という長尺なのに、むしろ原作より出来がいいのでは?と思えるほどで、終始コメディタッチなのに、終盤はちょっと泣きそうになった。私好みだった「雨とキツツキ」と同じ監督(沖田修一さん)だったので波長が合うというだけなのあかもしれないが。

映画で特に良かったシーンは、2つあって(恐らく多くの人と同じだと思う)、一つは、祥子が海外から帰って来て新宿あたりを車で通った時に、世之介の幻を見るシーン。もう一つは、世之介が残した写真の来歴を祥子が覚とるシーン。
あと、そっけない演技がよかった加藤(綾野剛さん)との絡みもかなり笑えた。
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64

2014年03月04日 | 本の感想
64(横山秀夫 文芸春秋)

私は本を読み終わった後、メモ帳に自分なりのランキング(1~5)をつけていて、本書は久々に全く迷いなく5と評価できる内容だった。

D県警ものはおおよそ全部読んだが、やはり初めに読んだ「陰の季節」の印象が強くて、警察小説なのに刑事とは関係ない人事などの職務についている警察官が主役になるイメージが強いシリーズだ。

本書の主人公・三上も刑事出身ながら(本人には不本意だが)広報官を務めている。そして「陰の季節」の主役である二渡もチラチラと姿を見せるし、中盤まで県警内部の刑事部門と管理部門、あるいは、マスコミと警察との対立風景がしつこいほどの濃度で描かれるので、「ああ、本書もミステリというよりは警察官僚小説的な作品なのだろうな」と思ってしまった。

そして終盤に差し掛かる頃になって、こうした濃密な描写こそが読者をミスリードする大仕掛けなトリックだったことに気づかされた。
本書は(著者にしては珍しいと言えると思うが)実にミステリらしいミステリで、冒頭から念入りに仕込まれた数々の伏線が、最終盤に「64」事件解決のキーであったことが明かされ、私のようにまんまと騙された読者を(文字通り)仰天させる。
ただ一つ、本書の冒頭から最後まで何度も登場する三上の娘の失踪だけが、ポツンと置き去りにされた感があったのが、少々違和感があった。

D県警の「影の刑事部長」であり、決して驚かない男:捜査一課長の松岡がやたらとかっこいい。松岡を主人公にして、二渡と決定的な対立をするような話が読んでみたいな、と思った。
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