蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

泣くな研修医

2023年05月17日 | 本の感想

泣くな研修医(中山祐次郎 幻冬舎文庫)

主人公の雨野隆治は鹿児島大学の医学部を出たばかりの研修医。東京の下町の病院の(主に)外科で働くが、上司の岩井や指導役の佐藤には怒られてばかり。生活保護を受けている老人に対する治療方針に疑問を抱き、虫垂炎の手術で初めてメスを使い、若い末期大腸がん患者の死に動揺する・・・という話。

 

著者はがん治療を中心にした外科医なので、かなりの部分が実体験に基づいていると思われ、リアリティがたっぷり。というか研修医の実態がリアル(当たり前だけど、研修医ってほとんど素人同然なんだな・・・)すぎてちょっと怖い。

 

ただ、本書の魅力は、(モノ書きが)本職ではない著者の思いが、素朴にストレートに記述されていること。実務的知識も経験もほとんどない研修医の感情や迷いや悩みが痛切なほどに伝わってきて、プロ作家が取材や想像で書いた物語とははっきり一線を画していると思った。

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イブン・バットゥータの世界大旅行

2023年05月17日 | 本の感想

イブン・バットゥータの世界大旅行(家島彦一 平凡社新書)

1304年ジブラルタルを望む北アフリカの街:タンジールに生まれたイブン・バットゥータは、1325年、メッカなどの聖地巡礼のために旅立ち、巡礼後も北はウクライナ、西はトルコ、東はインドまで足を伸ばし、後にはサハラ砂漠を越えてブラックアフリカまで大旅行を敢行した。旅行記ではインドシナや元(中国)も訪れたことになっているが、本書によるとインド以東は記録の信憑性が低く、実際には旅行していなかった可能性が高いらしい。

 

当時のユーラシアの大半はモンゴル系の国々に支配されていた。しかし北アフリカからアラビア、中近東、イラン、インドといった地域では、非常に活発な貿易が行われ、イブン・バットゥータのような巡礼者が頻繁に行き来していたそうである。

騎馬民族に蹂躙された後、こうした地域の経済や文明は何百年も立ち直れなかった、という私のイメージは全く誤りであったことがよくわかった。

当時のアフリカなんてまさに暗黒大陸、なんていうのも間違った認識で、サハラ砂漠には網目のようなキャラバンルートが整備され、塩やゴールド、銅などが盛んに採掘されて貿易対象になっていた、なんていうのは、まさに目から鱗の意外さだった。

 

大富豪でもないイブン・バットゥータが長期に渡って旅行をすることができたのは、イスラムの巡礼ルートのおかげらしい。世界各地からメッカを目指すための道路はもちろん、結節点の都市にはモスクや宿舎などが用意され、住民は巡礼者に喜捨などの支援をし、都市間には隊商が頻繁に行き交うので、こうしたキャラバンの後を追随すれば旅の安全性が高まったそうだ。

 

イブン・バットゥータの職業は何だったのだろう?聖職者というほどではなかったみたいだし、軍人でもないし、商人でも、作家?でもない。旅に生きたプータローというのが1番ふさわしい?

このような冒険モノ、紀行文モノでは、本に挿入された行程地図が詳しくないと、読みにくいし、面白さも減じてしまうと思うのだが、本書では巻末綴じ込みの見開き地図がある上に、本文途中では何度も拡大地図が収録され、さらにイブンの辿ったルートが詳細に記載されていて、いっそう興趣を盛り上げている。こうした地図上、北アフリカ〜インド辺りまではルートが相当に明確であるのに比べてインドシナや中国になるとあやふやで、無寄港航海?が異常に長かったりして、なるほどこのあたりは実際に旅行していないのかもな、と納得できる。

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