蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

空白の五マイル

2013年01月29日 | 本の感想
空白の五マイル(角幡唯介 集英社文庫)

著者は早大探検部の出身で、同部というとすぐに思い出すのは「ワセダ三畳青春記」。本書にも名物の下宿のおばちゃんが一瞬登場するが、本書は一貫してシリアスで、(自らの体験が中心ながら)ノンフィクション、という雰囲気を醸し出している。

著者は、早大卒業後、数年事実上プータロー生活(この間にツアンポー峡谷の未探検の地(空白の五マイル)を踏査しているのだが)をした後、朝日新聞の社員となっている。
いくら早大卒とはいえ、就職最難関であろう同社にあっさり合格しているのがすごい。

本書に登場する探検部OBなども(少なくとも外見上は)なかなか入れなさそうな組織に就職してたり弁護士をしてたりする。

ワセダに入れたのだから基礎学力や地頭は十分だろうし、海外の、人がほとんど行かないような地域を、ほとんどカネもかけずに命がけで探検してきたというキャリアかは、語学力、コミュニケーション力、体力、気力等々が想像できて、企業や組織にとって魅力的なのだろう。

ただ、著者自身も数年で新聞社を辞めてしまっているように、ひとところに定着できない風来坊的性格もまた兼ね備えているのだろうけれど(というか、本書に登場する著者もふくめた“探検家”たちの行状を読んでいると、彼らは、リスク愛好者というか、潜在的自殺志願者なのではないかと思えてしまうくらい危険すぎる探検をしているようにも思える)。

一方で、本書を読んでいて、ツアンポー峡谷の踏査が、(実は私にとっては)「すごい冒険だ」とはあまり思えなかった。
というのは、この峡谷には昔も今もそれなりの数の人が住んでいて、全く前人未踏の地(もちろん先進国的視点で見ると未踏の地なのだが)というわけではないからで、大昔から地球上の冒険はすべてそうだった、といわれるとその通りなのだけれど。

ただし、ラスト近く、食糧がほとんどなくなった著者が必死に人里につながる橋をさがすあたりは、サスペンスフルで迫力があった。
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戦友の恋

2013年01月25日 | 本の感想
戦友の恋(大島真寿美 角川文庫)

マンガの原作者の主人公と、主人公を育ててくれた同年代の女性編集者、およびその周囲の人々の暮らしぶりと淡い恋愛模様を描く連作集。

表題作が抜群によかったが、あとは(それに比べると)イマイチだったかな・・・というか、表題作が良すぎるのか?

編集者は不倫関係にあった男の家にいって家事なんかをしていたが、はじめは疎遠だった男の息子(小学生)とだんだん仲良くなる。しかし、男と別れることになり、この息子に別れの挨拶をする・・・というラストに近いシーンがとても印象に残った。
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デンジャラス・ラン

2013年01月25日 | 映画の感想
デンジャラス・ラン

南アフリカにあるCIAのセーフハウスの管理人である主人公はヒマを持て余していたが、ある日自分が管理するハウスに、元CIAの大物スパイで今は裏切り者として追われているフロストが連行されてくる。しかし、間もなく謎の武装集団がハウスを襲い、主人公はフロストを連れて脱出を図るが・・・という話。

なぜ、フロストが狙われ、CIAの内部情報が筒抜けなのか、といった謎解きや、ラストのまとめ方は、ありきたりで物足りないが、二人が正体のわからない敵に追い回されて逃げ続けるシーンが緊迫感に満ちて迫力満点。
そういう意味では、邦題はなかなか良いのではないかと思えた。(原題は「セーフハウス」)

フロスト役のデンゼル・ワシントンは、もう還暦すぎらしいけど、髪の毛を短くした後はまだまだ若々しい感じがした。
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幸せの教室

2013年01月25日 | 映画の感想
幸せの教室

海軍に長年勤務し、退役後は郊外のスーパーで真面目に働いてきた主人公は、学歴がないことを理由にしてリストラされてしまう。そこで大学で学び直すことにするが、そこで取ったクラス(スピーチ)の教授は無気力そのもので・・・といった話。

トム・ハンクス主演(+監督)で、原題は主人公の名前(ラリー・クラウン)、素朴な主人公が啓蒙されていくようなストーリーとくれば、どうしても「フォレスト・ガンプ」を意識してしまうが、話のスケールや映画の出来具合は比べようもない(ほど本作が劣る)もので、残念だった。

大学教授役のジュリア・ロバーツの役名は「メルセデス・テイノー」。普通の英語読みだとなかなか「テイノー」と読んでもらえないので、最初の授業のとき、「私の名前はテイノーだ」と何度も強調する。日本人だけが笑えるシーンだった。
主人公が取ったもう一つのクラスの経済学の教授役の人(ジョージ・タケイ)は、スタートレックのレギュラーだったらしいが、妙に伊武雅刀に似ている(見かけもしゃべり方も)ように感じたのは私だけだろうか。
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ひそやかな花園

2013年01月09日 | 本の感想
ひそやかな花園(角田光代 毎日新聞社)

豪勢な別荘で夏休みの数日を送ることを習慣にしていた7人の子供たち。
血縁関係はない彼らとその親たちは、なぜその別荘に集うことにしていたのか。
彼らには共通の秘密があり、多くの子供たちはその秘密を知らずに育つ。
ある夏の小さな事件をきっかけにして、この夏のキャンプは打ち切られた。
しかし、子供たちには忘れがたい楽しい思い出としていつまでも記憶されていた。

ネタバレ(というほどでもないか)だが、共通の秘密というのは、彼らが他人の精子を人工授精して産まれた子供たちだということ。
その秘密は特に(生物学的には父親でない)父親たちにストレスを与え、どの家族も多かれ少なかれ問題を抱えている。

この作品は、そうした歪んだ家族関係や普通ではない出生をしたことに縛られて身動きとれない状態にあった子供たちが、大人になって秘密を知り、何十年ぶりかに再会したことをきっかけとして、そうした桎梏からなんとか逃れようとする姿を描いている。

かなり多くの人物を登場させているので、前半はやや散漫でわかりにくい印象があったが、それぞれの抱える複雑な背景や子供時代からの関係性を、中盤以降うまく収束して、最後のカタルシスの場面(波留が、(本当は大嫌いな)紗有美に対して、自分が会った(本当は吐き気をもよおすほどひどい人物だった)ドナーのことを語る時、ウソをついて素晴らしい人物だったと話し、紗有美を守ってあげた場面。また、雄一郎はそれに気づいていた場面)に説得力を持たせていたと思った。
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