蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

二度寝とは、遠くにありて想うもの

2017年10月29日 | 本の感想
二度寝とは、遠くにありて想うもの(津村記久子  講談社)

今では人手不足で、大卒の就職率も空前の高さなのだが、ほんの10数年前には就職氷河期と言われる時代があった。私の勤める会社でもその世代の人員は極端に少なくて問題になっている。それなら氷河期で苦しんだ人も今では好きな会社にはいって大活躍・・・とはいかないのが我が国社会の特徴で、特異な能力でも持っていない限り中途入社でキャリアアップするのは困難なことが多い(もっともそうした特徴のおかげで私なんかはいつまでも会社にぶら下がっていられるのだが)。アメリカなんかでは短期間でどんどん会社を変えていける人がむしろ評価されるそうで、彼我の差は大きい。

著者も氷河期世代で、自分の理想と実際やっている仕事のギャップに苦しんだことが本からもよくわかる。
著者は、仕事がつらくて仕方ない(仕事中に「早く家に帰って布団にもぐりこみたい」などとしょっちゅう考えてしまうくらい)一方、仕事がないとプライドを支えることがとても難しい、とも自覚している。これは、父親が働かずにいつも家にいて八つ当たりされて辛かったという幼年時代の経験からきているものだと自己分析している部分には納得感があった。(著者が幼い頃両親は離婚し、父親とは音信不通だった。父親が亡くなったという連絡が来た時の複雑な心情を綴った一編が本書で一番読み応えがあった)

会社時代にコピーに失敗した紙をため込んでいたら抽斗いっぱいになってしまって、その使い道に困っていろいろと利用法を考えたというエピソードも紹介されているが、これなんかは(ケチな)私もよく理解できる。
結局使い切ることは決してできないとわかっているのに「もったいない」とためこんでいるものがけっこう多い。将来ゴミ屋敷化してしまわないかと心配するくらい。

あと、引用されていた「苦しさはやがて消える。あきらめた事実は永遠に残る」という、ランス・アームストロングの言葉が印象に残った。
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孤狼の血

2017年10月03日 | 本の感想
孤狼の血(柚月裕子 角川文庫)

広島・呉原市の東署の刑事・大上は、長年暴力団担当を務め、地元の組に多くのツテとコネを持つ敏腕だったが、一方で暴力団との癒著を疑われてもいる。
その相棒として若い刑事・日岡が赴任してくる。日岡は大上の一線を越えた強引な捜査に驚くが・・・という話。

本書の解説によると本書は映画「仁義なき戦い」シリーズに発想を得たものらしく、広島を舞台とした組同士の抗争を描く点がよく似ている。
私は、中学〜高校生の頃、知り合いの人から映画館への招待券(今思うと、東映の株主優待券だったと思う。その人自体は映画をあまり見ないのでいつも余っていたみたい)をもらっては「仁義なき戦い」シリーズやその他の(実録系)ヤクザ映画を見にいった。(今だったらR指定とかで入れなかったと思う)
よく、ヤクザ映画を見てきた人が歩く姿はヤクザっぽくなって肩で風切っている、なんて言われたものだが、単純な私も「仁義なき戦い」シリーズを見た後は、気が目一杯大きくなってしまっていた(そしてそれが気持ちよかった)ことをよく憶えている。

本書もラスト近くのドンデン返し〜結末に至る部分にカタルシスがあって、それまで読んできた読者の中に溜め込まれたエネルギーが一気に解き放たれるような爽快感がある。(途中では説明調の部分があったりして、ややモタつき気味の箇所もあるが・・・)

これも解説によると、本書は映画化され(しかも大上役は役所広司)来春公開、続編は雑誌連載中という。どちらも非常に楽しみだ。
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2017年10月01日 | 本の感想
流 (東山 彰良 講談社)

台湾の外省人(内戦後に台湾に逃れた国民党系の人)の孫である主人公(葉秋生)は、大切に育てれられ学校でも優等生だったが、高校時代の友人と悪行を重ねて退学になり人生が狂う。軍学校も半年ただずに辞め、徴兵されてしごかれる。幼馴染で恋人だった毛毛(マオマオ)とも、軍隊にいた2年間に疎遠になってしまい・・・という話。

直木賞受賞作品。本のオビに記された、直木賞審査員であるベストセラー作家の方々の(いつにない)興奮気味の褒め言葉が、お付き合いコメントとは思えないほどの熱いものだったので、受賞当時買ってすぐ読んだのですが、最初の70ページくらいで「え〜それほどでもないな」と思ってしまい未読のまま2年以上経ってしまいました。

今回、気を取り直して最後まで読んでみてオビのコメント通りの秀作であることがやっとこさわかりました。

本書は、復讐譚、犯人さがしのミステリ、熱血青春もの、中国と台湾間の問題、血族の意味などなど、盛りだくさんすぎるテーマを絶妙のブレンドで配合した小説なのですが、主軸は秋生と毛毛の関係を描く恋愛モノです。
なのですが、二人の恋愛は(ハードカバー版の)140ページくらいから始まるので、最初読んだ時つまらないと思ったのは、中心の物語が開幕していなかったからだったのかもしれません。

二人の恋愛が始まると、そこを中心にして様々なエピソードがぐるぐるとドライブし始めて「流」の世界にどっぷり浸ることができました。

秋生が軍隊時代にかつて派手なケンカをした相手:雷威と再会し、雷威が詩人を志していることを知る場面、それに毛毛との別れの場面が特に素敵でした。
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