蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

赤めだか

2008年06月29日 | 本の感想
赤めだか(立川談春 扶桑社)

立川談春さんは、競艇の番組の常連で,予想も玄人っぽいのですが、本業も一流の人なのだと、この本を読んで初めて知りました。
ただ、背が高すぎて競艇選手を断念した結果、落語家になったそうなので、競艇への思い入れも、やはり強いようです。

二つ目用の衣装などをそろえようと、なけなしの金を握って戸田へ赴く場面があります。有り金すべてを1点勝負しようとするのですが、いざ券を買おうとすると踏み切れない。買わないレースは予想通りになり、そうすると「買えなかった自分」に猛烈な嫌悪を感じ、手元にカネが残っていることがかえって情けなくなる・・・
あー、よく理解できるギャンブラー心理ですね。(もっとも本書ではそのあと談春さんは大穴をあてて目論見通り大金を手にする。うーん、それ実話だとしても、ここは一文無しになったというフィクションにしてもらいたかった。ちょっとイヤミな感じがした)

失礼ながら談春さんの兄弟子志の輔さんも「ガッテン」の人くらいのイメージしかなかったのですが、本書を読むと、斯界では相当な実力者らしいです。

このように、私は、落語界の事情を全く知らないのですが、立川談志という人が破滅的なまでに天才で、いわゆる業界団体と袂を分かつたということくらいは知っていました。
しかし本書によると、師匠としての談志さんは、まっとうすぎるくらいまっとうで、落語家にとって一人前と認められる二つ目への昇進基準も極めて明確(古典落語を50できるようになることが基準。業界団体である協会などは年功序列で昇進は能力とはあんまり関係ないみたい)。

談春さんの修行時代のエピソードも(もちろん厳しいものではあったようですが)理不尽とまで言えるような仕打ちはありませんでした。
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お菓子と麦酒

2008年06月28日 | 本の感想
お菓子と麦酒(サマセット・モーム 角川文庫)

森絵都さんセレクトで復刊したもの。
恥ずかしながらモームを読むのは初めて。
著者自身を思わせる主人公と、イギリスの田舎町で知り合った(今は文壇の大御所級の)作家の妻(ロウジー)の物語。

ロウジーは奔放ともいえる暮らしぶりで、夫以外の男とも堂々(?)と関係を持つ。もちろん主人公とも。しかし、いやらしさとかドロドロは全くなくて、ロウジーは読者に「ぜひおつきあいしてみたい」と思わせる魅力的な女性に描かれている。

一方、ロウジーの夫については、その心情はほとんど描写されない。モデルがいるそうなので、もしかして著者自身がちょっと遠慮したのだろうか。

著者の語り口は饒舌、というより、おしゃべりといった方がよいくらいで、描写や会話がちょっとくどいような感じさえした。
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風に舞いあがるビニールシート

2008年06月22日 | 本の感想
風に舞いあがるビニールシート(森絵都 文藝春秋)

短編集。他者のために見返りを求めることなく働く人の心情を描いた作品が多い。報酬を求めない、といってもそれは主として金銭的価値のことであって、他人(あるいは犬)のために努力することが結局は本人のアイデンティティとか存在価値につながっている、ということが、テーマになっているかと思う。

表題作は、国連の難民支援組織で働く男(エド)と結婚した女性を描いたもの。仕事(海外に赴任しての難民支援)にしか生きる意義を見出せないエドとのかみ合わない生活の中で、エドの死をきっかけにして、主人公の女性も難民支援に従事しようと決意する。

クサくなりそうなテーマを、むしろ正面から堂々と訴求していて、作者の意気込みとか熱意が、横向きがちな読者をひっぱりこんでいくような迫力がある。

風に舞いあがるビニールシートというのは、突然襲う苛酷な運命に翻弄される難民たちのことを指す。もしかしてこの比喩は作者独自のものではなくて、斯界では常套句なのかもしれないな、と考えてしまうほど、うまい例えだなあと思った。

誰かが舞いあがったビニールシートに手をさしのべて着地させないといけない、という使命感にエドは燃えていて、「私たち夫婦の幸せだって(家庭を顧みない夫のせいで)ビニールシートみたいに飛ばされそう」という旨の不平を述べる妻に「仮に飛ばされたって日本にいる限り、君は必ず安全などこかに着地できるよ。どんな風も命までは奪わない。生まれ育った家を焼かれて帰る場所を失うことも、目の前で家族を殺されることもない。好きなものを腹いっぱい食べて、温かいベッドで眠ることができる。それを、フィールドでは幸せと呼ぶんだ」と応えて、全くかみあわない。

表題作のほか、捨て犬を救うボランティア(これは著者自身が従事している)を描く「犬の散歩」、仏像の修復師を描く「鐘の音」がよかった。

単行本のカバー絵がとてもいい。ハヤシマヤさんという方の作品らしいが、単に絵としてもいいのだけれど、表題作のラストシーンともマッチしている。
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うらおもて人生録

2008年06月21日 | 本の感想
うらおもて人生録(色川武大 新潮文庫)

著者の生涯を聞き書き風にまとめたもので、ばくちを通して会得した奥深そうないくつかの箴言みたいなものが印象に残る。

①なにもかもうまくいくということはありえない。相撲でいうと常に9勝6敗をめざすのがよい。

②プロは持続を旨とすべし。そのためにはフォームを崩してはいけない。好調時こそフォームが崩れやすく、やがてスランプに至る。

③フォームとは、これだけをきちんと守っていれば、いつも六分四分で有利な条件を自分のものにできる、そう自分で信じられるもの。

④運とは技術や気力体力以外のもの。実力以外のすべてのもの。

⑤ただ生きているというだけで、なにがしかの運を消費している。しかし、一生を通じていえば運の量はゼロ(プラスマイナスで相殺される)。運も不運もあるようでない。運を使いすぎた人は子孫に影響を与える。

⑥原因が結果を呼ぶということは、実力の部分。実力は負けないためのもの。自分の実力は発揮できるように修練が必要。

⑦プロ同士の戦いでは、放っておけばエラーはしない。そこで相手の神経を揺らしてセオリーを完全に使いこなせないようにさせるための作戦をこらす。

⑧三つの決め事。一、一箇所で淀まない。二、ゆっくりと一段ずつ、あわてないで。三、しかし後戻りだけはしない。
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ゾディアック

2008年06月15日 | 映画の感想
ゾディアック

実話に基づく映画。ゾディアックと名乗る連続殺人犯は暗号でメッセージをマスコミに送ってくるなどマニア好み(?)の手法で有名になるが、警察は決定的証拠を掴むことができない。

ある新聞社の風刺漫画家は、ゾディアックの正体を追求することに魅入られてしまい、家庭生活そっちのけで証拠捜しに血道をあげる。
そしてついに真犯人と彼が確信する人物に行き着くが、その人物がすでに警察の捜査を受けていたので、逮捕にはいたらない。
漫画家は経緯をノンフィクションに仕立て出版し、ベストセラーとなる。

この事件はアメリカでは誰でも知っている有名なものなのだろう。
だから複雑な犯行や捜査過程もアメリカ人には理解しやすいのだろうが、予備知識がない私にとっては、一回見ただけで理解することはできなかった。

犯人と被害者の間に人間関係がなくて、犯人がそれなりに準備周到で用心深い場合、どんな事件でも検挙は難しくなるよな、と思った。
日本では、それなりに準備周到で用心深く、かつ目立ちたがり屋の重大犯罪人というのは、今のところあまりいないように思うが、アメリカ社会の30年くらい後を追っている感じなので、そろそろゾディアックみないなのが出現してもおかしくないかもしれない。
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