蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

スタフ

2019年09月29日 | 本の感想
スタフ staph(道尾秀介 文藝春秋)

掛川夏都は、夫と離婚して改造ワゴン車で弁当を販売している。シングルマザーの姉が海外勤務することになったのでその息子で中学生の智弥をマンションに住まわせている。夏都は同じ場所で違う曜日にワゴン車で弁当を売っている室井杏子と間違われて、アイドルのカグヤとそのファンたちの部屋に連れ込まれる。カグヤたちは、室井杏子がカグヤの姉(トップクラスの俳優)の過去の秘密を握っているはずだと言い・・・という話。スタフというのはブドウ球菌のこと。

ワゴン車での弁当販売という商売自体に興味があって本書を読んでみたのだけれど、その内情が紹介されているのは最初の1章だけで、あとはカグヤとそのファンや智弥たちとのドタバタ劇が描かれていた。

最終章で真相が明かされて、ある程度は納得できたものの、2章以降のドタバタは著者らしいスマートさが感じられないもたつき感があった。
弁当販売の話、芸能界の話、不動産屋の話などが展開されるのだけど、(最終章で明かされる)本書のテーマとはあんまり繋がりが感じられなくて、残念だった。

夏都と智弥のキャラクターは、二人の弱みの部分も含めてうまく語られていて気に入っただけに筋立てにもう一工夫欲しかったところ。


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我らが少女A

2019年09月23日 | 本の感想
我らが少女A(高村薫 毎日新聞出版)

同棲相手に殺害された上田朱美は、10年以上前の元美術教師の殺害事件現場に落ちていた絵の具を持っていたことがわかり、未解決の教師殺人事件が再捜査されることになる。上田朱美や元美術教師の周辺の人々は昔の物語りを始める・・・という話。

高村さんのデビュー作は金庫破りの話で、その後原子力発電所を襲撃する話とか、国際的なスパイの話、殺人鬼を追う刑事の話とか、割と派手な設定の話が多かった。語り口は読者を選ぶような粘着性があるクセのある文章で、それは今も昔も変わらないが、物語のモチーフは晴子シリーズあたりから事件性を排除して純文学風に変化してきた。

本書も合田刑事シリーズではあるものの、登場人物の思い出話が続く感じで、ミステリとしての結構にはなっていない。
若い頃に読んでいたら「ナンダコレ?」みたいな感じで途中で放り出していたと思うけど、歳食った今ではむしろとめどなく続く高村節をいつまでも楽しみたい、と、案外楽しく読めた。
というか、2回も読んでしまったのだけど、2回目の方が味があって良いような気がした。少したってからもう1回くらい読みそうな気がする。
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江口寿史の正直日記

2019年09月23日 | 本の感想
江口寿史の正直日記(江口寿史 河出文庫)

とある高名な音楽家は、締め切りギリギリに追い詰められないと良いインスピレーションが湧かない、などといって、いつも締め切り近くまで仕事を始めなかったそうだ。
井上ひさしさんなんかも遅筆で知られていて、脚本が書けずに舞台が延期になったこともあったように思う。

漫画週刊誌の締切の厳しさは、さまざまな伝説に彩られている。よく知られているのは手塚治虫さんとか赤塚不二夫さんとかかのエピソードだろうか。しかし近年(というほど最近ではないが)、締切関係で最も有名になったのは本書の著者江口さんではなかろうか。それも原稿を何度も落とすことで有名になったところがすごい。
いや、よく考えると、落としても落としても仕事が途絶えない=作品にそれだけ魅力がある、という点がすごいのかもしれないが・・・

締切を守れない、というのは、安易な低品質の作品では妥協できない、という面もあるのかもしれないが、本書を読む限り、江口さんの場合は、冒頭の音楽家のように締切が目前になるまで(あるいは締切が来てしまってから)でないと仕事に着手しない、という点にあるようだ。それに何度も落として抵抗が薄れたのか、仕事が進まなければ、割合と気楽に?落としてしまっている。

なので、有体にいうと、江口さんの場合は(才能はあっても)単なる怠け者、なのかもしれない。
そうかと思うと日記の連載?はけっこう小まめに書いているし、本書の巻末に収められたマンガを見ても昔ながらの画風なのに古びた感じが全然しないから、やっぱり天才の行動原理は一般人の想定の範囲を超えている、というのが真相なのか??
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死体埋め部の悔恨と青春

2019年09月23日 | 本の感想
死体埋め部の悔恨と青春(斜線堂有紀 ポルタ文庫)

大学からの帰り道、暴漢に襲われた祝部(ほふりべ)は、反撃するうち相手を殺してしまう。通りかかった大学の先輩:織賀(おりが)が死体を処分してくれるという。織賀は死体遺棄の依頼を受けて山に埋めることを商売にしており、二人はジャガーに乗って死体を埋めにいくが、もともと織賀が運んでいた死体には奇妙な特徴があった・・・という話。

ポルタ文庫はラノベがジャンルみたいだし、死体埋め部という設定からしてコミカルな筋のミステリなのかな、と思っていたら、哲学的ともいえる思索を含むハードな作品だった。

死体の手の指が骨折していた理由、死体が持っていた荷物に辞書がたくさん詰め込まれていた理由、若い女性の死体がスクール水着を着ていた理由、を推理する短編の連作形式なのだけど、はっきり言ってどれも理由付けが苦しすぎるし、推理する手がかりも少なくて、強引なイメージだ。

しかしながら、ミステリとしての本書のツボは、そういう部分ではなくて、祝部と織賀、死体埋めという秘密を共有する二人の友情にも似た関係性にある。

織賀は貧しい家庭に育ち、借金の肩代わりに死体遺棄の商売を強要される。そうした厳しい生い立ちの彼には心を許せる肉親も友人もいなかった。妙な縁で知り合った後輩の祝部とはそうした関係になれそうだったのだが、祝部にとっては、なりゆきのまま死体遺棄の商売を続けていくことは難しかった。(以下、引用)

***
「祝部の推理なんか結局のところ織賀に承認されなくちゃ意味がない。ここから先は織賀善一の領分である。・・・・否定してくれたらそれでよかった。だって、その言葉でどれだけ救われるだろう。これは祝部にとっての最後の取引でもあった。彼の出来る唯一の茶番だ。共犯者になりたかった。何食わぬ顔で否定してくれるなら、全てに見て見ぬ振りをして、一緒にいようと決めていた。聡い彼は、そのことすら見透かしているだろう。自分の言葉一つで、祝部が地獄までついてくることを知っている」

「何となく直感する。思い上がる。たとえば移川美加の事件が先に起きていたとしても、織賀善一は彼女を仲間に引き入れようとはしなかっただろう。何せ、織賀と祝部は恐ろしいほどに相性がいいのだ。理屈じゃない何かがそこにあったから、織賀の方もうっかり手を伸ばしてしまったのだろう。欲しかったものがそこにあるのに、手を伸ばさないのは怠慢だ。そんなことを考えたのかもしれない」
***

奇妙なキャラクターながら相性抜群だった二人の関係が崩壊に至らざるを得なかった理由、それが本書のコア部分で、ここはミステリとして十分に魅力的で、かつ、説得性もあった。
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誰が音楽をタダにした?

2019年09月21日 | 本の感想
誰が音楽をタダにした?(スティーブン・ウィット 早川書房)

MP3(音楽圧縮ソフト)を開発しフィリップスがサポートするMP2に対抗して標準化させたドイツ人のカールハインツ・ブランデンブルク、
ユニバーサルミュージックのCD工場の従業員で多数の(発売前の)CDを盗み出してファイル共有サイトにリークし続けたデル・グローバー、
音楽制作会社の雇われ社長でラップミュージックの発展に貢献し巨額報酬を得続けたダグ・モリス、
以上3人を主要登場人物として、MP3とファイル共有サイトの普及によって音楽が「タダ」になってしまい、音楽産業が縮小していく過程を描く。

主要登場人物の3人がともに働き者で、それぞれの仕事に懸命に取り組む姿勢が非常に印象的だった。
特にグローバーは制限ギリギリまで工場で残業(1日12時間労働)し、家に帰るとCDを複製したり共有サイトへのリーク作業を数時間するみたいな感じで本当に勤勉。その彼が勤務するユニバーサルが業界シェアの大半を握ったこともあり、たった一人でベルトのバックルあたりに(金属探知機によるチェックをごまかすため)隠して持ち出したCDにより音楽業界に与えた(マイナスの)インパクトは何十億ドルにもなったという。

MP3って単なる圧縮ソフトでしょ?何がそんなにすごいの?みたいなイメージを持っていたのだが、音楽を圧縮するというのはそう簡単なことではなくて、例えば人間の耳では聞き取れない部分や音楽心理学によりなくても印象が変わらない部分などをうまく省略する等の作業を繰り返してサイズを小さくしていくのだという。

著者による調査が非常にきめ細やか(ソースの提示も豊富)な上に、そこはかとないユーモアを漂わせた叙述も良質で、ノンフィクションとは思えない、とても楽しめる作品だった。
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