蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

ぼんくら

2006年08月31日 | 本の感想
ぼんくら(宮部みゆき 講談社文庫)

江戸のある長屋で殺人が起きる。それを契機に長屋の店子がどんどん他の長屋へ引っ越していく。この長屋の惣菜屋にいりびたるさえない同心は、この背景に大家である豪商が絡んでいるのではないかとの疑いを抱き、捜査を始める。やがてこの豪商の複雑な家庭環境、人間関係が明らかになり・・・という話。

宮部さん、上手いです。時間を忘れさせ、ページをめくる手を止めさせない。まさにエンタテイメントの達人。
夜尿が直らない(探偵役の)天才少年、驚異的な記憶力を持つ岡っ引きの手下、等々、どの話でもそうであるように、この作品でも脇役・敵役のキャラクタ設定が絶妙。そうしたキャラクタを動かす語り口のうまさも健在。物語の世界観の構築も万全です。
買って損はしない、という信頼感はとても厚いものがあります。

ただ、少々長すぎるのと、物語の長さに比べると「なぜ豪商は店子を減らしたかったのか」というミステリとしての主題に対する謎解きはかなり薄味。
この傾向は大ベストセラーでいずれも長い物語の「理由」や「模倣犯」でも見られたように思います。まあ、「火車」のようにほどよい長さですべてが揃った傑作ばかりを書けというのも酷ではありますが。
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となり町戦争

2006年08月29日 | 本の感想
となり町戦争(三崎亜記 集英社)

①ある日、久しぶりに新聞を見ると外国で戦争が起こっていた。しかし外国のことなので日常生活には何の影響もない。
日本は戦争をしている片方の国A国に肩入れしているので、もう一方のB国を支援している国際的なテロ組織が、もしかしたら日本でテロを起こすかもしれない。通勤で使っている電車が爆破されることも可能性としては否定できない。
やがて戦争は終わって日本が味方していたA国は勝利した。戦後もテロ組織の暗躍は続き、A国の同盟国であるC国で地下鉄テロが発生、多くの人が亡くなった。そしてその犠牲者の中に自分の友人の名を発見した。

②自分が住んでいる町ととなり町が戦争を始めるらしいことを、主人公は町の広報紙で知る。しかし、日常生活の中では戦争が行われているという兆候は全く見られない。
ただ広報紙は戦争の犠牲者数を公表し続けるので、戦争は本当に行われているらしい。主人公も町から「召集」され偵察任務に就く。偵察といっても何のへんてつもない周囲の風景を報告するだけだ。しかし、ある日、町の戦争業務担当者から、となり町の査察が入るので逃げるように指示を受ける。
やがていつの間にか戦争は終わる。主人公は、戦争業務担当者から、かつて主人公が査察から逃れることを手助けした人がとなり町で捕まって銃殺されてことを告げられる。


①は現実の世界で発生していること。この本ではそれを②のように戯画化して描く。確かに遠い中東の地で起こっていることが、我々の日々の暮らしに影響を与えているとは、実感しにくい。テレビや新聞で断片的な報道を見たり読んだりするだけだ。「もしかして、毎日乗っている通勤電車がテロに遭うかも」という考えが一瞬よぎることがあっても、少なくとも日本ではあまり真剣に対策を考え始める人は少ない。

しかし、アメリカやイギリスでテロが発生し、そこで自分の知り合いがなくなったりすれば戦争やテロは一気にリアルな現実として姿をあらわす。

私といっしょに仕事をしたことがある人が9.11.のテロで亡くなられる、ということを実際に経験した。ニューヨークに出かける前のその人を撮った写真が、私のデジカメに残っていたことに気づいた時は切なかった。
この経験のため、私はテロが自分にふりかかってこないかと心配になることがある。昨年の9月11日に総選挙をすることが決まった時には、その前週は外出するのを止めた方がいいんじゃないか、と考えたりした。

太平洋戦争の体験記を読むと、日常生活が本当に苦しくなってきたのは昭和19年の後半くらいからだという人が多い。戦争の影響が一般人の生活にまで深刻に表れてきてしまえば、それはその国の敗北を意味しているのだろう。逆にあれだけの大きな戦争であっても、ある時期までは前線で戦っている兵士以外には戦争は実感しにくいものだったとも言える。

あたりまえのことだが、悲惨な状況を多くの国民が記憶し経験している間は戦争は起きにくい。国民がそうした経験や実感をなくしてしまった時、戦争は他人事として開始されることになるのだろう。
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イワン・デニーソヴィチの一日

2006年08月28日 | 本の感想
イワン・デニーソヴィチの一日(ソルジェニーツイン 新潮文庫)

20世紀の半ば、ソ連の酷寒の地のラーゲリ(重労働刑務所)に収容された男のある一日の生活を克明に描く。

このラーゲリの特徴の一つ目は寒いこと。冬期の戸外の気温は零下30度近辺。冒頭から最後まで「寒さ」に関する記述が続くので、暑い日に読むと多少はしのぎやすくなると思う。
二つ目の特徴は、食べ物をはじめとしてモノがないこと。手製の金属製スプーンや布の切れ端が貴石のように価値が高い。
三つ目は、収容されている人が多彩であること。老人から未成年までいるし、職業も海軍中佐であった人から農民までいろいろである。この時代はちょっとしたヘマや周囲の誤解、密告によりあらゆる人が収容所に送り込まれていたということ。そして収容所に入ってしまえば年も前職も関係なく、文字通り裸の人間として他人と対峙することを迫られる。そこですぐに対応できる人もいればいつまでもなじめない人もいる、といったシーンが何度も描かれている。

私には、禁欲的な生活を送ることに憧れがある(憧れではあるが、日常はそれとは程遠い生活を送っているけれど)。それで、刑務所や禅寺、修道院での生活を描いた体験記や小説、主人公がストイックなハードボイルドなどをよく読む。
この本を手に取ったのもそのためであった。文庫本で200ページくらいあるが、本当に特に事件もないある日一日のできごとが淡々と書き綴られており、上記のような私の嗜好にはぴったりの小説だった。ただ、この小説が現代ロシア文学の最高峰の一つといわれても容易には首肯できそうにないが。
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綴り字のシーズン

2006年08月27日 | 映画の感想
アメリカでは、単語の綴り(スペリング)の能力を小学生に競わせるコンテストが開かれていて、学校単位での予選から全国規模の本選まで非常に大掛かりかつ組織的に運営されている。
学者を両親に持つ主人公の女の子は、学業的にあまりぱっとしなかったが、このスペリングのコンテストで能力を発揮。ついには全国大会に勝ち進む。
宗教学者の父親はこれまで女の子の兄に期待をかけていたのだが、(スペリングが自分の専門分野に近いこともあって)一転、娘のスペリング能力を高めることに全力を傾けるようになる。それがあまりに極端で、やがて家族のバランスは崩れ始め、兄はあやしげな宗教にハマり、母親は長年の盗癖(万引)がばれてしまう。
主人公の女の子は苦悩の末、家族を回復させるある方法を考え出す。それは・・・

原作を何年か前に読んだことがあったが、ほとんど内容を忘れていた。映画が進むにつれて記憶がよみがえってきて楽しかった。

ラストがどうなるのかも知っていた。それでもこの映画の最後のシーンはとても感動的だった。主人公の女の子が考え出した方法とは?この方法をうまく表現するのは映像的には困難だったと思うが、この映画ではとてもエレガントに、かつわかりやすく表現していた。

原作を読んでいないと若干わかりづらい面があるかとも思うが、途中の筋が十分理解できなくてもラストシーンの素晴らしさは誰にでも理解できると思うので、DVDを途中で止めてしまわないよう、最後まで見続けることをお勧めしたい。

原作では、父親は垢抜けずもっさりした、学者らしい学者として描かれていたような記憶があるが、リチャード・ギアが演じているので、先入観として「カッコイイ、キザ」といったイメージを持っているせいか、ちょっとイメージが違うなあと思った。また、途中のサスペンス的な味付けもない方がよかったように思う。
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エリザベスタウン

2006年08月26日 | 映画の感想
オーランド・ブルーム演じる主人公は、シューズメイカーの花形デザイナーだったが、自らデザインした社運をかけたシューズは大失敗。会社を追われる身となってしまった。自殺まで企てるが、父親が死去したとの知らせを聞いて故郷に帰ることにする。帰路の飛行機のスチュアデスと知り合い、携帯電話で意気投合してやがて二人は・・・という話。

筋を読むと暗い話に思えるが、コメディタッチなので笑いながら見られる。しかし、(他のDVDに収録されていた予告編をみて)もう少ししっとりした、落ち着いた話を期待していたのでちょっとあてが外れた感じ。オーランド・ブルームはこういう話よりシリアス路線に向いていると思うんだが。(関係ないのですが、何と彼は熱心な仏教徒で、最近来日した際もその宗派の指導者に会いにいったそうです。)

何度か出てくるドライブシーンがいかにもアメリカっぽくって魅力的。ラストで父親の散骨をしながら主人公がドライブをするシーンが特に印象に残る。
しかし何と言っても他の役者を圧倒しているのは未亡人役のスーザン・サランドン。夫の葬式でのスピーチシーンが素晴らしい。
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