蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

経済学者たちの日米開戦

2020年02月23日 | 本の感想
経済学者たちの日米開戦(牧野邦昭 新潮新書)

陸軍が戦争のための国の経済力を測定しようとして組織した「秋丸機関」は、日米開戦前に日米間の巨大な経済格差を指摘し、開戦から2年ほどで日本経済が戦争に耐えられなくなると結論づけた。この報告にもかかわらず、日本が開戦へ傾いていくプロセスを分析する。

日米間に経済力格差があることは、「秋丸機関」の報告を待つまでもなく当時の(軍部を含めた)エリート層にとっては常識だったそうである。
格差があるからこそ、長期のにらみ合いに日本は耐えきれないから、短期決戦で局面を打開(1つの例として、イギリスを圧倒し先に講和してしまうことでアメリカの継戦意欲を喪失させる)、というのが開戦への思考プロセスだった、と著者はいう。
また、世論も大きな要素だった。持久による長期戦を国民に納得させられるほど、時の政権や軍部の権力は強大ではなく、集団的意思決定であるからこそ過激な(大衆受けする)方針をとらざるを得なかったという。
この逆の例として著者はスペインを挙げる。フランコの独裁があったからこそスペインは(枢軸側につけば敗北するという客観的分析に従って)中立的立場を続けることができたのだ、という見方が面白かった。

「秋丸機関」の中核メンバである有沢広巳は、「秋丸機関」へ招集された当時、治安関係の罪で起訴されていたそうである。そんな人を軍の中心部のタスクフォースへ招集してしまう陸軍中枢って案外理知的だったんだなあ、と思った。
もっとも、有沢は戦後も長く経済分野で有能な政策ブレーンだったそうで、多少左がかっていても起用せざるを得ないほどの能力があったからかもしれないが。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

スマホを落としただけなのに

2020年02月22日 | 本の感想
スマホを落としただけなのに(志駕晃 宝島社文庫)

稲葉麻美は美人の派遣社員。大手メーカーに勤務する富田から求婚されているが、このまま家庭にはいってしまっていいのか悩んでいる。富田がタクシーにスマホを置き忘れ、それを拾ったのはハッカー並の手際を誇る殺人鬼だった・・・という話。

スマホのセキュリティを軽視していると、とんでもないことになりますよ、ということを訴える情報小説なんだろうなあ、と思って読んでいた。それくらい登場人物のキャラが薄目で、特に主人公の麻美の成り行き任せっぽい軽薄さが目についた。
しかし、終盤でその麻美の性格描写が重要な伏線だったことが明らかにされて、ちゃんとミステリにもなってるなあ、と感心した。
敵役の殺人鬼がもう少し魅力があればもっと面白かったと思う。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

兵士に聞け 最終章

2020年02月22日 | 本の感想
兵士に聞け 最終章(杉山隆男 新潮文庫)

24年に渡って書き継がれてきた兵士シリーズの最終巻。
沖縄でスクランブル任務に係るF15のパイロットや尖閣諸島近くで早期警戒任務に就くP3Cの乗員などを描く。

私の子供のころ、スクランブルというと北海道以外考えられなかったのだが、今ではその主な発生地域は南方になっているそうで、相手の国も変わってしまった。
しかし、今も頻繁に領空近くまで飛んでくる他国の軍機はあるのだが、昔ほど報道されていないような気もする。ある種の遠慮があるのか??
あるいは、北方の空を侵すパイロットは、実戦経験豊富な腕利きが多かったはずで、実際簡単に北海道に着陸されちゃった例もあった。それに比べると南方ではまだ戦闘機の性能でもパイロットの技量でもまだ彼我の差が大きくて深刻な事態にならないからなのか?(完全に憶測にすぎないけど)

本作のあとがきにもあるけど、昔の自衛隊は著者の取材に対してとてもオープンで、自衛官本人どころか家族までインタビューに応じてくれたそうだ。
それにF15に搭乗させてくれたり、潜水艦に同乗することも認めてくれたのだが、今では取材には必ず広報がくっついてきて基地に入るのもなかなか難しくなったそうだ。
今考えるとF15も潜水艦も機密の塊みたいな場所なのだから、サービス過剰だったのかも。それほど昔の自衛隊は味方に飢えていたのかもしれない。災害派遣等で好感度をあげた?今がむしろ普通の姿なんだろう。

本シリーズは初巻からずっと読んでるけど、シリーズの出始めのころは「自衛隊びいきがすぎるのでは?」みたいな冷たい視線が多かったようにも思う。しかし、今はそんな雰囲気は全くない。自衛隊が大きく変わったとも思えないので、やはり世論が優しくなってきたんだろうなあ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

展望塔のラプンツェル

2020年02月22日 | 本の感想
展望塔のラプンツェル(宇佐美まこと 光文社)

東京近郊の大都市:多摩川市でフィリピン人の母親に育てられた海は、家族から虐待されて家に寄り付かないナギサと暮らしている。
二人の前にフラリと現れた5歳くらいの子供は何もしゃべらないが、どうも虐待されて家でしてきたように見える。二人はこの子に晴(ハレ)と名付けて面倒をみるが・・・という話。

本作には、海たちの他に、松本悠一という児童相談所の職員が主要登場人物として登場する。まだ若いのだが(普通なら数年で職員が異動していく)児童相談所に10年近く勤務し、やっかいな事案も自ら進んで担当し、沈着冷静に案件を進めていく。
この、悠一のキャラが秀逸で、彼が海たちを救い出してくれるだろうと読者としては期待せざるを得ない(読んでいるうちそう思わざるを得ないほど海たちの状況は過酷だ。読んでいる方が辛いほど)のだが、そこには著者の大きな仕掛けがあって、終盤でびっくりさせられてしまうのだった。

吉田修一さんの「国宝」を読んで、そのあまりの出来のよさに呆然としているうち、本書を手に取った。
もう往復ビンタをくらったような衝撃だった。
最近、本を読んでも「あーきっとこうなるな」と先が読めてしまうことが多くて読書というものに飽和感?があったのだけど、いやあ、私が知らないだけで面白い本っていっぱいあるんですね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

国宝

2020年02月22日 | 本の感想
国宝(吉田修一 朝日新聞出版)

父親を暴力団の抗争で失った喜久雄は、いっしょに育った徳次とともに出生地の長崎から大阪に出る。
女形の名優:花井半次郎に拾われて、半次郎の息子の俊介と切磋琢磨しながら歌舞伎役者として頭角を現していく・・・という話。

歌舞伎を見たのは高校の時の学校行事のプログラムくらいで、その時は(本書でも似たようなシーンがある)開幕から10分ほどで寝入ってしまった。
現実世界の歌舞伎の面白さは全く理解できないのだが、本作で描かれる歌舞伎やそれを演じる役者たちは恐ろしく魅力的だ。(あと、役者ではないが喜久雄の幼馴染で俊介の妻となる春江もとってもキュート)

喜久雄と俊介はそれぞれに(貧乏や病気や醜聞や芸術的葛藤などといった)試練が襲いかかり、互い違いに(歌舞伎界で)浮き沈みを繰りかえす。
ジェットコースターのように起伏の激しいストーリーがスピード豊かに繰り広げられ、まさにめくるめく読書体験を味あわせてくれる。

本書は、本好きの狭い世界では恐らく非常に評価されていると思う。
しかし、もっと普遍的にジャンルを超えて多くの人に、アートとしての素晴らしさを共有してもらいたい、という思いにかられた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする