蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

テクノ・リバタリアン

2024年04月24日 | 本の感想
テクノ・リバタリアン(橘玲 文春新書)

ティールやマスク、ブテリン(イーサリアムの開発者)、バンクマン=フリード(FTX創業者)、アルトマンなどの先端IT界の人たちを列伝風にえがきつつ、著者長年の信条??であるリバタリアニズムの新しい展開(クリプト・アナキズムなど)を解説する。

ハイエクやフリードマンの新自由主義を徹底していくと、政府(国家)なしの方が経済活動は効率化する、というアナキズムに到達する。その後インターネットの発達やブロックチェーンの開発により、企業等の組織も不要で、完全な自由を保証された個人のネットワークだけがあればいいとしてアナキズムはより純化された、という。これをクリプトアナキズムというそうである。

新自由主義は、原理をかかげる保守や極左のアンチテーゼだったはずなのに、それを突き詰めていくとクリプトアナキズムという原理主義的思想にたどりついてしまう、というのが面白い。

イーサリアムが、バグによりイーサ(通貨の名称)の大量流出を被った時、クリプト・アナキストたちは、流出した通貨はバグをみつけたハッカーの正当な報酬だ(から被害を被った一般投資家に補償する必要はない)と主張した。
これに対してブテリンは、イーサリアムコミュニティの85%の支持を得て、ハードフォークを実施して流出した通貨を無効化(記録の巻き戻し)した。
原理主義的クリプト・アナキストは、中央集権を否定してイーサリアムを作ったのに自らが中央集権的権力行使をした、と非難したそうだが、この事件は、ブロックチェーン技術により管理者不要であるかのような暗号通貨(それも最も洗練されているとされるもの)であっても、結局はコミュニティの多数派の良識に支えれれていることを示した、
と、本書では主張されている。

政治にしろ、経済にしろ、純粋な原理主義は長期にわたって繁栄しない。各参加者の個別の事情をくんでうまく妥協していく組織が長生きする。
そして、各参加者の事情を酌む(今のところ)最も効率的な方法が資本主義(というか経済価値の交換、さらに噛み砕くと「商売」)ということになるのだろうか。
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福田村事件(映画)

2024年04月18日 | 映画の感想
福田村事件(映画)

関東大震災の5日後、1923年9月6日、千葉県の福田村で、村人が讃岐から来た薬の行商人を朝鮮人と誤解して集団虐殺した事件をモデルにした作品。

朝鮮にいたインテリ澤田(井浦新)は妻(田中麗奈)と故郷の福田村に帰ってくる。同級生の田向(豊原功補)はリベラル風の村長になっており、同じく同級生の長谷川(水道橋博士)は在郷軍人として村のガーディアンを自任していた。大震災の後、朝鮮人が暴動を起こしたという流言飛語が広まり、長谷川らは自警団を組織、ちょうど村に滞在していた行商人たちのアクセントから彼らを朝鮮人と誤認して暴行のすえ9人を死に至らしめる・・・という話。

森達也監督ということで、ノンフィクションっぽい内容かと思っていたが、澤田夫妻の葛藤やニヒルで浮気性の船頭(東出昌大)などを絡ませてドラマ仕立ての色合いも強かった。

親方の沼部(永山瑛太)に率いられた行商人集団の描き方が魅力的で、もっと彼らの視点を取り入れたらよかったかな、と思えた。
沼部が「朝鮮人なら殺してもいいのか」と叫ぶシーン、
9人が虐殺された後、残りの6人が村人たちに囲まれて経文?を唱えるシーン、
が特に印象に残る。

扇動者のリーダー格役の水道橋博士は、セリフがぎこちない感じだが、これがむしろ効果的で、その郷土愛には疑いがないものの偏見から逃れられず破滅的な結果を招いてしまう、というある意味不運な男にふさわしく見えた。
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バカと無知

2024年04月17日 | 本の感想
バカと無知(橘玲 新潮新書)

著者の作品はたいてい買って読んでいるのだが、本書は週刊誌に連載中に半分くらいは読んでいたせいかずいぶん長い間つんどくになっていた。

著者の作品のパターンとして、突飛な仮説を紹介し、それを裏付ける実験結果などを引用して一般化しようとする、というものが多い。

例えば、本書の中のある章題は「道徳の「貯金」ができると差別的になる」というもの。善をなすと道徳の貯金箱がプラスになるので、次は悪行をしても許されると考える。従って、善人的行為をする人は同じくらい悪いことをしている、とする説だ。
「そんなばかな」と誰しも思うのだが、著者はここである心理学者がアメリカの有名大学の学生を対象にして行われた実験を証拠?として提示する。その説明がけっこう複雑でいかにももっともらしい。
しかし、実験対象となった人数は130人強だし、紹介されている実験は一つだけ。これではタイトルの命題の成否を確かめるのは難しいといえよう。

この他にも、普通なら非難轟々となりそうな仮説が並んでいるし、おそらく、そのほとんどは有力説ともいえない程度なのではないかと邪推する(実際確かめたわけではありません)。
しかし、著者の作風はそんなもの、と公認?されているのか、似たような内容の作品が次々と出版される。

それでも、私をはじめとして、愛読者が減らないのは、怖いのものみたさみたいな点があるのと、クールな語り口のせいだろう。
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魔法飛行

2024年04月16日 | 本の感想
魔法飛行(加納朋子 創元推理文庫)

短大生の駒子は、知り合いの作家:瀬尾さんにすすめられて身辺の出来事を小説風に綴るようになる。短大の講義で会った風変わりな同級生?の話、近所の交通事故現場に幽霊が出るという話、学園祭の受付をしていた駒子がテレパシー現象?を目撃する表題作、を集めた駒子シリーズの短編集・・・
かと思いきや、(著者の作品によくあるパターンだが)各短編に通底する謎かけがあって、最後の章でそれが解決される作りになっている。

この、最後に明かされる謎解きが、まさに日常の謎にふさわしいような何でも無いことなのに、明かされてみると、なるほど!と意外性と納得性に満ちているのであった(もっともイマドキだとストーカー犯罪に近い行為なのだが・・・)。
このあたりが、根強い人気の秘密なのだと思う。

表題作の「魔法飛行」の由来(シャガールの有名な絵)の解説も印象に残った。
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ハロルド・フライの思いもよらない巡礼の旅

2024年04月13日 | 本の感想
ハロルド・フライの思いもよらない巡礼の旅(レイチェル・ジョイス 講談社)

ハロルドは65歳でビール工場を退職して半年。両親から虐待されたせいか社交的ではなく、家庭内でも優秀な息子から無視されていた。妻のモーリーンとはその息子の扱いをめぐって冷戦状態。
ハロルドにビール工場で同僚だったクウィニーから手紙がきて、そこにはガンで長くないと書かれていた。ハロルドは、返信の手紙を書いて投函しにいくが、クウィニーに大きな借りがあり、手紙を返すだけでよいとは思えなかった。立ち寄ったガソリンスタンドの店員のふとした言葉をきっかけに英国の南端からクウィニーのホスピスがある北端の街に向けて歩き始める・・・という話。

人づきあいいが悪くて退職後することがない、妻や息子との不和、恩人の重病、などハロルドの不幸は、世間一般にありふれたものだ。
1000キロ近い道程を歩き通すうち、そんなありふれた不幸とか世間体とか妻の不機嫌とかがどうでもいいものだと思えてくるプロセスは、そういう、ありふれているからこそ誰でもが持っている屈託を読んでいるうちに解きほぐしてくれるような錯覚を抱かせてくれる。これが本書が海外で評価された理由の一つだと思う。

ハロルドが抱える2つの秘密(妻との不和の根本的原因、クウィニーからの恩の内容)は、終盤にハロルドがガソリンスタンドの店員に出した手紙の内容で明かされる。
明かされてみると、これぞまさにありふれた不幸だったことがわかるのだが、ドンデン返し的な構成で趣きがあった。
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