蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

一週間

2011年10月26日 | 本の感想
一週間(井上ひさし 新潮社)

主人公は、共産党の分子だったが、内部のスパイの密告で特高につかまってしまう。
その後、自分を陥れたスパイを追って満州を転々とするが、終戦間際に召集され、ソ連の捕虜となってシベリアで強制労働に従事するが、やがてロシア語が堪能なことを見込まれて日本人捕虜向け新聞の編集を命じられる。
新聞の取材で、ある収容所脱走者をインタビュウするうち、ソ連の重大機密を知ることとなり・・・という話。

シベリアでの強制労働や日本での共産党活動(戦前)など、ともすると暗あい話になりそうなのだけれども、登場人物の語り口にそこはかとないユーモアがあって、ソ連極東赤軍の軍人たちもどこかお人好しで、仕事よりうまい食事やめったにできない日光浴を優先したりして愛嬌がある。
またソ連の女性たち(食堂のまかないのおばさん親娘や主人公を誘惑する女軍人など)も朗らかで豪快な?魅力があった。

500ページ以上のボリュームの中にこれでもかというほど様々なエピソードや主題がもりこまれていて、やや未整理な印象はある(本書は生前に雑誌連載したものを著者が手を入れてから出版する予定だったらしいが、その前に亡くなってしまったので、連載時そのままとのことなので無理はない)が、個々の話自体が面白いのであまり苦にすることなく読み進める。なかでも収容所を脱走した日本人医師の優雅な脱走旅行?の話がよかった。

著者の長編を読むのは初めてだし、著者の思想的傾向はよく知らないのだけれど、どっちかというと左寄りというイメージがある。
本書では、日本軍、ソ連、共産党、特高警察等々が批判の対象になっているが、その中でも、日本軍へのそれが一番強い調子に思え、共産党(の戦前の活動)や、ソ連の体制に対してはやや優しい眼差しが感じられてしまうのは、偏見だろうか。
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第二音楽室

2011年10月14日 | 本の感想
第二音楽室(佐藤多佳子 文藝春秋)

副題が「school and music」。その副題の通り、小・中・高校における音楽活動(部活や音楽の先生の自主?企画活動)を描いた4つの短編からなっている。
久しぶりに素晴らしい読書体験ができた。

「第二音楽室」

鼓笛隊の楽器選抜にもれてしまい、その他大勢のピアニカを担当することになってしまった主人公は、同じ立場の5人の生徒と(鼓笛隊の練習時間に)屋上にある誰も寄り付かない第二音楽室にたむろする。

60ページほどの短かさなのに、登場人物のキャラクター(絶対音感があってピアノがうまい江崎、変わり者だけど企画力があってリーダ格のルーちゃんなど)が際立ち、学校時代にしかないような、かつ、誰にもおぼえがありそうなイベント(放課後に目的もなく秘密基地的な場所に集って何をするでもなくお菓子を食べたりする)が上手にストーリーにとりいれられていて、主題である“音楽の楽しみ”も十二分に伝わってくる、実によくできた短編。改めて著者の力量に驚く。


「デュエット」
音楽の先生が、テストとして二人での合唱を課す。ペアは男女一人ずつで、生徒同士が相手を見つける、ただし、女性から申し込まれたら男性は断れない・・・という設定自体が楽しい。


「FOUR」
中学の音楽の先生が、これは、と目をつけた生徒4人を指名して(部活動ではない)リコーダーのアンサンブルを組織する。発表の機会は卒業式。主人公はメンバーのうちの一人に好意を抱いているが言い出せない。

私自身は、音痴で練習したこともないので、楽器を弾くことの楽しさを知らない。でもこの話を読んでいると、楽器を操って他の人と合奏できるようになることがとてつもない快楽のように思えてきた。


「裸樹」
主人公は中学校でいじめにあい、登校拒否になる。そんな彼女を支えていたのは、らじゅという名のインディーズシンガーの歌。近所の公園でらじゅとおぼしき人が歌っていたのを聞いたのがきっかけだった。高校に進学して、いじめを回避することが人生最大の目標になってしまった主人公は、軽音楽部でバンドを組むが、練習をしてこないメンバーに文句を言うこともできない。主人公のベースがうまいことがきっかけとなってバンドのリーダー格と仲たがいする。そのうち、らじゅと思っていた人物が、実は同じ高校の留年している3年生であることがわかり・・・

この話も、主題は音楽や楽器を弾くことのすばらしさなのだが、それと並んで、いじめられることのつらさ、いじめの後遺症がどんなものかが、非常に鮮烈に描かれていて印象的だった。
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ウォール・ストリート

2011年10月11日 | 映画の感想
ウォール・ストリート

前作「ウォール街」が公開されたのは日本のバブル真っ盛りで、映画の内容と日米の証券界の状況がぴったりフィットしてとても面白かった。
チャーリー・シーンが演じるさえない証券マンは身につまされる感じがして、その彼が一発逆転を狙って超大物のゲッコーになんとか取り入ろうとする気持ちもよくわかった。
前作は、おそらくミルケン事件をモデルにしていたと思われるが、コンパクトにストーリーを再構成して素人にもわかりやすくなっていたと思う。

一方、本作はリーマンショックに揺れる証券界を描いているが、主人公に前作のようなギラギラした切迫感がなくて、「オレ、失敗しても平気だし」みたいな感じだった。
業界を取り巻く環境は前作時代よりむしろ厳しくなっていると思うのだけれど、オリバーストーン的な、「世間への告発」っぽいインパクトはあまりなかった。

ゲッコーの方は、あいかわらず(マイケル・ダグラスは外見もあまりかわらないように見える)ワルで、そのわりには手口がセコイことも前作同様。
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「とうさんは大丈夫」

2011年10月11日 | 本の感想
「とうさんは大丈夫」(佐川光晴 講談社)

主人公は児童福祉司で、意欲的に業務に取り組んでいた。

担当の母子家庭では子供の虐待が疑われ、近所の主婦が一時的に子供を預かっていたが、母親がその主婦から子供を取り返そうとして重傷を負わせてしまい、その夫からは殴られ、世間の指弾を浴びてうつ病になってしまう。

タイトルとはうらはらに、お父さんはぜんぜん大丈夫じゃない、という場面が続き、(うつ病というより)統合失調症的な症状が現れて、やたらと妄想にかられるが、その妄想が児童福祉現場の矛盾やスキャンダラスな裏面を暴くような内容で、こうしたことを告発するのが、本書の目的なのだろうか、とも思えた。
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ひとり日和

2011年10月10日 | 本の感想
ひとり日和(青山七恵 河出書房新社)

青山さんのことはほとんど何もしらなかったのですが、日経夕刊のプロムナードのコラムがいつも面白く、一編一編がしゃれた短編小説のような感じだったので、出世作である本作を読んでみました。

母子家庭で育った主人公は、高校卒業後、進学せずアルバイトをして親元で暮らしていましたが、なんとなく東京へ行くことにして遠縁の一人暮らしのおばあさんの家に同居することになります。
おばあさんは、マイペースで同居人とつかず離れず(つかずの方が7割暗いという感じ)の距離感がいい感じで、身勝手な主人公の行動を、特に文句を言うこともなく受け入れてくれます。もしかして、おばあさんの方が主人公なのかもしれないですが。

おばあさんの家は京王電鉄がすぐ横を通っていて窓から垣根越しに駅に止まっている電車が見えます。この設定が素敵で、そんな家に住んでみたいと、ちょっと思わせるほどでした。

文学賞の選評の決まり文句に「身辺雑記にすぎない」みたいなのがありますが、本作はまさに身辺雑記という感じの筋立てです。
しかし、思い出とか人生とか別れとかについてちょっとだけ考えさせてくれるようなところがあって、そのあたりが凡作とは異なるところなのかもしれないですね。
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