蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

長いお別れ

2018年04月30日 | 本の感想
長いお別れ(中島京子 集英社)

元中学校の校長先生だった東昇平は、アルツハイマー型認知症と診断され、アリセプトを服用するが、症状は次第に悪化する。妻の曜子は自宅介護を続けるが自身も網膜剥離を発症し入院を余儀なくされる。昇平と曜子には3人の子供(いずれも女性)がいるが、長女は夫の仕事の都合で長年アメリカに滞在し、三女はフードコーディネーターとして多忙、唯一専業主婦で近所に住む次女を頼りにするが、その次女が高齢で妊娠してしまい・・・という筋の連作集。

暗く、シリアスに、かつリアリティをもって描写するのは、かえって簡単かと思われる介護問題を(その深刻さを感じさせる点については損なうことなく)かすかなユーモアを感じさせながら描いていく著者の力量に感心した。

かすかな、というより読んでいて笑ってしまうほどだったのは「フレンズ」で、昇平が認知症であることを知らない(昇平の)同級生たちの様子や、(昇平の)三女に見合いの心得を説く(昇平の)同級生の浮世離れした言い草がなんとも滑稽だった。

本書の最終盤、アメリカで長年暮す長女の息子(高校生?)が、悪さをして校長室に呼ばれ、校長に「何か話してみて」と言われる場面もとても良い。読者の意表を突く構成のクロージングがとても見事だった。
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公正的戦闘規範

2018年04月28日 | 本の感想
公正的戦闘規範(藤井大洋 ハヤカワ文庫)

現代のテクノロジーの延長線で想像できる未来の姿を描く短編集。
著者は職業的プログラマだったそうで、ネットワークに関する知識があればもっと面白く読めると思うのだが、素人にはややとっつきにくい感じだった。

表題作では、人的損耗の減少を目的としたロボット兵器(ドローンを利用した銃撃兵器)の発達が、かえって無差別攻撃に結びついてしまう皮肉をうまく表現していた。

テキサスなどアメリカの保守州連合が独立した世界を描く「第二内戦」は、証券取引所からみの話で、場立ちがタバコを吸いながら注文をさばくシーンが印象的。保守州が独立宣言をするというのは、今や冗談とはいえないような状況ではある。
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愛について語るときに我々の語ること

2018年04月28日 | 本の感想
愛について語るときに我々の語ること(レイモンド・カーヴァー 中央公論社)

本書の翻訳者である村上春樹さんが、好きな作家としてよくエッセイなどで紹介しているカーヴァーの短編集。

ミニマリズムと呼ばれる、描写を極力そぎ落として読者の想像をかきたてる手法を得意としているらしく、一読しただけでは作品が意味するところがよくわからないものもある。
そういう側面を考慮してか巻末に村上さんの解題がついていて、これがまたなんとも(本体とは違って)わかりやすく親切な内容で、本体を読んだ後に解題を参照して、「ああそういう作品だったんだ」と感じることもしばしば。

あまり仲がよくない父親にひさしぶりに会う話の「菓子袋」、たまたま殺人現場にいあわせてしまったことで人生がくるってしまう「足もとに流れる深い川」、ブラック・バスの養殖?に取りつかれた男のちん話の「私の父が死んだ三番めの原因」がよかった。
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幸せなひとりぼっち

2018年04月21日 | 映画の感想
幸せなひとりぼっち

スウェーデンが舞台。60歳手前の主人公オーヴェは、長年連れ添った妻をガンでなくし、40年以上勤務した鉄道会社をリストラされる。先行きを悲観して自殺を試みるが失敗する。隣家にイラン人女性のパルヴァネが引っ越してくると、陽気でカベを作らない彼女やその家族との交流の中で、オーヴェは次第に心を開き、彼女に思い出を語り始める・・・という話。

映画を見終わった後に「いい映画だったなあ」と、思わずため息をついてしまうことが1年に1回くらいある。本作はまさにそういう作品だった。

今は頑固で口うるさいオーヴェの、明るく(そして今と同様)真面目な青年時代、それ以上に魅力的な妻(ソーニャ)との生活。二人は大きな試練を乗り越えて添い遂げてきた。そんな二人の人生を淡々と素朴に描く手法がとても素敵だ。

パルヴァネやその家族、長年の隣人であるルネ(今は植物状態で身動きできない)とその妻と息子もとってもいい。ルネの妻と息子がオーヴェに罵られても(長年の慣れで)柳に風と受け流しているシーンが特によかった。

(蛇足)本作のリメイクが、トム・ハンクスの制作・主演で行われるらしい。「早く見てみたい」と思う半面、素朴な味わいが消えてしまいそうで「やるなら全く別の視点の作品にしてほしい」とも思う。
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サバイバルファミリー

2018年04月15日 | 映画の感想
サバイバルファミリー

主人公の鈴木義之(小日向文世)は平凡なサラリーマンで、妻:光恵(深津絵里)は専業主婦、長男:賢司(泉澤祐希)は大学生、長女:結衣(葵わかな)は高校生。
ある日、電気を利用する機器がすべて使えなくなるという現象が起きる。
いつまでたっても復旧しないので、電気が使えるという噂の大阪へ行くことにする。
飛行機や電車は動いていないので家族4人分の自転車を調達する。
大阪も状態は東京と同じであったため、今度は妻の実家である鹿児島をめざすが・・・という話。

近所の学習塾の窓(道路沿いに30メートルくらい続いている)に、大きな文字のスローガン?ポスター(例:努力は君を裏切らない)が貼ってあって、ちょっと前までは「困難を共有したものだけが本当の友になる」(→うろ覚え)みたいな文言だった。「寝台戦友」(内務班で上下の寝台をともにした同年兵同士のこと)の友情が最も堅いものであるともいう。

人は苦難に直面して初めて、それまでの平凡な日常がいかに幸せだったかを知り、その苦難にともに取り組むことになった人との間には深く強い関係性が築かれるという。本作でも電気喪失事件が起こるまではバラバラだった家族が(次第に悲惨な状況になっていく)自転車旅行の末に団結し、互いに心を通い合わせる。

電気がないとこんなに困る、というシチュエーションが「面白うてやがて悲しき」といった趣で、ユーモアとペーソスを交えながら語られて、(予定調和といえばそれまでなのだが)「きっとこうなる」と思いつつも目が離せなくなる面白さがあった。

自転車での旅の途中で、主人公たちは、アウトドアに精通していて電気がない暮らしをむしろ楽しんでいる風の家族に会う。その家族の一人(時任三郎)が次のような(うろ覚え)ことを言っていたのが印象に残った。

人間が生きていく上で一番大切なのは体温保持、次に飲料水の確保、3番目は火をおこせること、食べ物はその次くらい(であまり優先度高くない)。
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