蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

愛という言葉を口にできなかった二人のために

2007年09月30日 | 本の感想
愛という言葉を口にできなかった二人のために(沢木耕太郎 幻冬舎)

沢木さんの最近のノンフィクション、小説のタイトルは一文字(「凍」とか)のものが多いのですが、その反動なのか、映画評を集めたエッセイ集のタイトルは2冊とも非常に長いものになっています。

タイトルにある「愛」について、映画評を通じて考察したものがいくつかあります。「愛」とか「恋」とかを正面から論じるのは気恥ずかしいものがあると思いますが、本書では堂々と持論が展開されています。

どの映画評も、その映画のストーリーや背景ととても上手に紹介していて、すでに見た映画であっても本書で解説されると「この映画ってこういうことだったんだ」なんて思わされて、もう一度見てみたくなるほどです。

紹介されている映画のほとんどがいわゆるアート系やミニシアター系なので、私はほとんど見たことはないのですが、本書を読んで特に見たくなったのが「黙秘」。キャシー・ベイツ主演の犯罪サスペンスもので、私がよく利用しているレンタル屋にはありませんでした。

なお、これはあえてそうしているのかもしれませんが、紹介された映画の簡単なデータや公開年がわかるようになっていた方がよかったと思います。

あとがきの前に、映画評ではないエッセイが一編収録されています。そこには恐ろしいことが書いてありました。
「これまで多くの小説を読んできたので、もうちょっとやそっとでは小説に感動することはなくなってしまった、映画は小説ほど数をこなしていないので今でも感動することがあるが、最近映画を見ていても「なるほどね」と思ってしまうことが出てきて心配だ」という主旨でした。
読書量が多いことで知られた椎名誠さんや中島梓さんも同じような感想を持っていると書いた文章を読んだことがあります。「もう小説は読む気がしない、ノンフィクションならなんとか・・・」みたいな感じでした。

これを私が「恐ろしい」と感じたのは、近頃、本を読んでいるときに、同じような感覚を抱くことが多くなったからです。小説を「面白い」と感じるハードルがかなり高くなってしまっているような気がします。
もちろん沢木さん達ほどたくさん本を読んでいるわけではないのですが、やがて私にも(それがほぼ唯一の楽しみである)読書がつまらなくなる時が来るのでしょうか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

生物と無生物のあいだ

2007年09月29日 | 本の感想
生物と無生物のあいだ(福岡伸一 講談社現代新書)

20世紀初頭からの遺伝子を中心とした生物学の歴史と著者自身の研究歴を組み合わせた入門書の手前と言った感じの新書らしい内容の本。

著者の文章がうまく、また現代と数十年前をいったりきたりする構成も悪くはないので、読み物としてもとても面白い。
著者をふくめた研究者たちの野望と偏見、栄光と挫折、学者らしくない羨望や駆け引き、不正行為のエピソードが特にいい。

第9章「動的平衡とは何か」が興味深い。人間を形作るタンパク質は常に流出している。これを補うために食物からタンパク質を取り入れている。分子レベルではほぼ1年くらいで体中のタンパク質が入れ替わっていることになるという。我々のからだは不朽のものではなく常に変動する流れ(動的平衡)の中にあるそうだ。

この本を買ったのは今年7月。5月に発行されてからすでに六刷で、カバーには15万部突破とある。確かに読み物としても優れてはいるのだが、この手の本がこんなに売れるというのは、日本の知的レベルはなかなか高いという証拠にならないだろうか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

制服捜査

2007年09月23日 | 本の感想
制服捜査(佐々木譲 新潮社)

「うたう警官」に続く北海道警シリーズの第二弾(かな?もしかしてもっとあるのかも知れないが、私が読んだのでは2冊目)。

「うたう警官」につづいて道警は悪役で、突然田舎の駐在所に人事異動となった主人公は所轄署の無理解と無能に苦しみながら、駐在所がある地域の隠された真相をあばいていく。短編集だが、各編のストーリーの連関性が強く長編としても読める。(各編に伏線が張られて最後の短編「仮装祭」がナゾ解きになっている)

「うたう警官」も世間では評価が高かったが、私は今ひとつかな、と思っていた。しかし、本書は文句なく一級品。駐在警官の悲哀と矜持をうまく浮き彫りにしながらミステリとしての魅力も十分備えていて最後まであきることなく楽しめた。主人公があまりに優秀すぎて欠点がないのが少々現実離れしていたが。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ミノタウロス

2007年09月22日 | 本の感想
ミノタウロス(佐藤亜紀 講談社)

時代はロシア革命期。主人公のウラル地方の豪農の息子が内乱に翻弄される様を描く。
表題は破壊の限りをつくす神話上の怪物の名前で、内乱に乗じて強奪や殺人を犯す登場人物たちを象徴していると思われるが、物語の中での悪行は怪物的というほどでもない。

佐藤さんの作品の多くは舞台を近世ヨーロッパとして、超能力者が主人公で、史実とはやや離れた空想小説だったが、本作の登場人物は皆普通の人間で、空想の産物というより種本を脚色したようなもののような印象を受けた。

説明部分が多すぎる小説というのは読んでいて間延びしてしらける感じがある。
説明部分をうまくストーリーに組み込んで説明と思わせない構成を作るのがリーダビリティが高い要素の一つだと思う。また、説明しすぎないことで読書の想像をより刺激することもあると思う。

佐藤さんの作品は、逆に説明部分が少なすぎて、多少読みづらさを感じることもあるが、我慢して読んでいると世界観を自分なり(作者の意図とは違うとおもうが)に構築できてもう一度はじめから読んだみたくなる魅力がある。
しかし、本作では、登場人物が多く(かつ、なじみがない名前で覚えにくい)、ストーリーもけっこう展開するが、そのわりにあまりに説明がなくて最後まで読み通すのに苦労した。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

真剣

2007年09月18日 | 本の感想
真剣(海道 龍一朗 新潮文庫)

北関東の小領主であった上泉伊勢守は、上杉管領家を中心とした領主連合に参加し、北条氏康との合戦に臨む。圧倒的多数の連合軍だったが、有名な川越夜戦で惨敗し敗走する。
その後上泉伊勢守は、武田家の圧迫を受けるようになり、軍門に下る。そこで隠居し剣客としての道を極めるため各地の武芸者との対決の旅に出る。そのクライマックスは奈良興福寺の宝蔵院流(槍術)開祖、胤栄との勝負であった。

冒頭の北畠具教との申合いの描写が迫力満点で著者の世界に引き込まれるが、その後の修行場面、領主としての合戦場面は、長いわりにはパッとせず間延びした感じになる。最後の胤栄との勝負はまた盛り上がるので、中盤部分をもう少しカットしたらよいのではないだろうか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする