蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

秋期限定栗きんとん事件

2024年07月28日 | 本の感想
秋期限定栗きんとん事件(米澤穂信 創元推理文庫)

新聞部の瓜野は、発行した新聞がすぐにゴミ箱に捨てられるような状況に腹立ち、新聞部独自のネタにしようと連続放火事件を追う。瓜野は放火場所の関連性に気づき学校新聞に次の放火場所を予言し、それは見事に的中したかに思えた。
瓜野の話とは別に、小佐内と訣別?した小鳩と新聞部部長の堂島は犯人は小佐内ではないかという懸念を抱いて犯人探しをするが・・・という話。

ミステリになるのか?みたいな小さな事件だが、犯人さがしもサスペンスも十分で、ハラハラしながら読み進むことができる。本作ではミスディレクションが効果的で種明かしを楽しめる。

小悪魔どころかルシフェルのように悪賢い小佐内さんの魅力も十分にたんのうできる。小佐内さんなら自らの復讐を遂げるためには世界をも破滅させかねないぞ。
もう小佐内さんを多少なりとも制御できるのは小鳩くんしかいない。恐ろしいことだ。
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紳士の黙約

2024年07月21日 | 本の感想
紳士の黙約(ドン・ウインズロウ 角川文庫)

サンディエゴの海沿いに住むサーファーで探偵のブーン・ダニエルズは、サーファー仲間から妻の浮気調査を依頼される。一方、伝説的なサーファー:K2が近所のダイナーで殺害される。犯人として逮捕されたコーリーの弁護士に(刑を軽くするための)調査を頼まれる。コーリーの行動には不審な点があり、ブーンは引き受けるが、サーファー仲間からは白眼視される・・・という話。

「夜明けのパトロール」に続くシリーズ第二弾。といっても出版されたのは10年以上前。「夜明けのパトロール」がとてもよかったので、続編を読もうとしていたのを、なぜか最近になって思い出して読んでみた。
ミステリとしての事件解決もまあまあ面白いのだが、ブーンのキャラ(少々ハードボイルド過ぎて現実味が薄いが・・・本作でもなぜブーンがコーリーの調査を引き受けるのかはイマイチ理解しがたい)や、サーファーとしての暮らしぶりの描写の方がむしろ魅力的。

アメリカの西海岸を舞台にした小説や映画は数多いが、最近はほぼ例外なくメキシコの麻薬カルテルが(多くの場合、主人公の敵の黒幕として)登場する。
フィクションなのだ多少オーバー気味表現になっているのかもしれないが、日本の反社的な組織に比べると資金力や暴力のレベルが格段に上のように思われる。気に入らないヤツがいれば、即誘拐して拷問して殺す、みたいなイメージ??
現実世界もこれに近いかもしれない、と思うとなんとも恐ろしい。
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頬に哀しみを刻め

2024年07月16日 | 本の感想
頬に哀しみを刻め(S.A.コスビー ハーパー)

黒人のアイクは庭園管理を行う小さな会社の経営者。息子のアイザイアはゲイで男性のデレクと結婚していたが、二人は銃撃され殺害されてしまう。デレクの父で白人のバディ・リーは進展しない捜査にいらだち、アイクにともに犯人探しをしようと誘う。アイクは気乗りしないが、ある事件をきっかけにバディの提案に乗ることにする・・・という話。

殺された息子たちは人種は違う(黒人と白人)が夫婦で、代理出産させた娘を育てており、二人ともに親たちはゲイに理解がなく息子たちを受け入れることができない。アイザイアの父はかつてはギャングの有力メンバーで殺人罪で服役経験があり、デレクの父はアル中で銃器の扱いに習熟している・・・という設定だけでも読む前からクラクラしてくるが、アメリカではありふれた光景なのだろうか。

主人公がスネに傷持つ身という設定はよくあるが、その傷はやむにやまれない事情があってのもので、本当はいい人なんですというパターンが多い。
本書の主人公のアイクはそういう類型から遥かに遠い。発想が非道なギャングそのもので、終盤にアイクが思いつく一発逆転のアイディアは、これまでに読んだり見たりしたことがないような(主人公としては)極めて悪辣(だが痛快でもある)なもので、読んでいる方がびっくりしてしまった。そこの辺りが本書の強い魅力になっていると思う。
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自分はバカかもしれないと思ったときに読む本

2024年07月14日 | 本の感想
自分はバカかもしれないと思ったときに読む本(竹内薫 河出書房新社)

著者は小学校3年の時、親の仕事の関係で何の準備もなくアメリカの学校に通うことになる。英語が全くできなかったが、算数を手がかりにして(アメリカでは九九がなく、九九をマスターしていた著者は大きなリードがあったそうである)「バカ」を克服していく。その体験(だけではないが)をもとに「バカ」を克服するにはどうしたらよいのか?の具体論を書いた本。

ここでいう「バカ」とは純粋に学習能力に関するもので世間知とか要領の良さみたいなものとは関係ない。肝心の「バカ」の克服法は、有体にいうと平凡。「まあ、おっしゃる通りだけど、それができれば苦労しないよなあ」と感じてしまった。

世の中で、自分のことをバカだと思っている人はそんなに多くないと思う。例え学習能力が極端に低かったとしても多くの人は別の点でプライドを持っていて、第三者から見るとそうしたプライドはたいてい「イタイ」ものなのだが、本人は決してそうは思っていない。というかそういうものが皆無の人は生き続けていくのが難しいのではなかろうか。

「多様性を失うと、集団はバカになる」、覆面算(かなり考えたけど解けず)、フェルミ推定、フィードバックに鍛えられて著者はTVのナマ放送に対応できるようになった、という話が面白かった。
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宙わたる教室

2024年07月14日 | 本の感想
宙わたる教室(伊与原新 文藝春秋)

都立東新宿高校定時制に通う柳田は、ディスレクシア(難読症)だったが、計算や学習能力は高かった。教師で研究者でもある藤竹の指導で火星のクレーターの再現実験を始める。同じクラスのアンジェラ(40代の料理店経営者)、名取(保健室の常連)、長嶺(もと町工場の経営者。70代)とともに、火星の環境の再現性を高めるために「重力可変装置」を考案する・・・という話。

大阪の定時制高校が2010年代に滑車を利用した重力可変装置を開発して様々な実験を行ったという実話に基づいている。同校は、コンテストで受賞したばかりか、その開発した装置の原理はJAXAでの実験にも導入されたそうである。

数学の教師である藤竹の口癖は、「自動的にはわからない」。数学をマスターするには手を動かして式や図を書くことが重要、という意味合いなのだが、本作のテーマに通じるものがある。名誉や報酬を求めるのではなく、実験を成功させたいという一心から様々な工夫をして困難を克服していく柳田たちの姿は、勉強とか研究とかを超えて人生の一つの真実を顕現しているように見えた。

実は藤竹にはある隠された目的がある。アメリカに留学中に知った貧しいナバホ族の若者がラジエターを応用した太陽熱暖房機を開発したことに端を発するものなのだが、確か昔「理系の子」で読んだエピソードのことのようで懐かしかった。

ディスレクシアは字のフォントを変えるだけで読めるようになることがある、なぜ空は青いのか(レイリー散乱による)、火星探査機オポチュニティーが自ら作った轍を撮影した写真(すぐ検索してみた)などの、所々に挿入される理科的エピソードも楽しかった。
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