蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

経済学者、待機児童ゼロに挑む

2018年08月25日 | 本の感想
経済学者、待機児童ゼロに挑む(鈴木亘 新潮社)

著者自身の3人の子のための保活体験や、東京都の小池知事の顧問として保育園の拡大政策に携わった経験を綴った内容。
私自身も3人の子がいるが、奥さんが専業主婦だったので3人とも(9時頃始まって15時頃までの)幼稚園だった。
なので保活の大変さは全くわからなかったのだが、最近勤務する会社で子供を保育園に預けて働く社員が増えてきて、彼女たちの夕方のあわただしさを見ていると多少理解できたような気がしていた。しかし、本書で著者の実体験を読むと、生まれる月までコントロールしないといけない保活の困難さがより実感できた。

著者は大阪市の橋下市長や小池知事に重用されてきたので、反対側の勢力の人(本書でいうと昔から認定保育園を経営してきた人や公務員として働いてきた保育士たちの組合とか)からは蛇蝎のように嫌われているらしい。
確かに既得権を破壊して競争や自助努力を導入しようとする資本主義的?な著者のプラン(例えば、現在の保育園の面積規制(児童一人当たり確保しなければならない園の面積が決まっている)を上回る(より広い)規制は禁止するとかみたいな→そうすれば収容できる児童数が増える)は第三者的に見れば大いにうなずけるのだが、今保育園を真面目に経営している人にしてみれば「より広い方が子供にいいに決まっている」てなもんだろう。

それにしても、大阪西成の改革もそうなのだが、ほとんど手弁当でここまで政策立案にがんばれる著者のエネルギーはすごいなあ(受益者に応分の負担を求めるというのが著者の基本的姿勢だと思うのだが、これだけがんばれる人ならでは発想のような気もする)。
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九年前の祈り

2018年08月25日 | 本の感想
九年前の祈り(小野正嗣 講談社)

大分県のリアス式海岸にある小さな町で生まれた安藤さなえは、その町に研修に来ていたカナダ人が企画したカナダ旅行に行き、そこで知り合ったカナダ人と結婚する。息子が生まれた後、離婚し帰郷したとき、世話好きでカナダ旅行でもいっしょだった近所の主婦の渡辺ミツの息子が重病で入院したことを知り、お見舞いに行こうと、息子と近くの島へお守りになるという言い伝えがある貝を採りに行く・・・という話。

東大卒のフランス文学研究者で現職の大学教授という著者の略歴を見ると、相当に観念的な作品なんだろうなあ、という先入観で読み始めた。しかし、少なくとも表面的にはわかりやすい筋で、連作形式で伏線を回収していく謎解きのような構成もあって、楽しく読めた。

さなえは、大分の小さな町に格段の思い入れもなく、帰郷すれば、折り合いがいいとは言えない母親から「それ見たことか」みたいな反応をされることがわかっていても、ハーフで情緒不安定な息子と戻ることにする。故郷に安寧が待っているわけでもなかったけれど、幼い頃からの重層的な記憶がさなえを次第に癒していく。そうした“故郷”への思い入れが描かれている。

故郷が恋しいのはなぜだろうか。
思い出は古くなるほど甘みを増す。おじさんが苦労話を自慢気に語るように、つらく苦しい経験もそこを通り過ぎて年数を重ねれば、なつかしい記憶へと変遷していく。
故郷を離れて都会の暮らしに疲弊したとき、積み重ねられた幼い頃からの記憶がとても甘美なもののように錯覚されるからだろうか。
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アルテミス

2018年08月11日 | 本の感想
アルテミス(アンディ・ウィアー ハヤカワ文庫)

月面基地のアルテミスは、数千人の人口を抱えて、緩めの自治領的な統治が行われている。主人公のジャズは、運送業をしているが、生活は苦しく副業?として密輸に手を染めている。ある日、密輸業の得意先で富豪のトロンドから、アルテミスの主要産業であるアルミ精錬所の設備(原料鉱物の収集機械)の破壊を依頼される。巨額の報酬に目がくらんでジャズは依頼を引き受けるが・・・という話。

火星の人」に続く第2弾だが、続編的な要素は全くなく、登場人物も重複しない。前作に比べると、科学的蘊蓄を傾けた部分は少なめで、アクション映画的なストーリー展開に重きが置かれている。

それでもアルテミスにおける生活の「リアルさ」(科学的知識がないので何が本当のリアルなのかわからないのだが、なんとなく本当っぽく思える、という意味)は並のSF作品にはないもので、読んでいると(スーパーマン的活躍する主人公はウソっぽいものの)今でもアルテミスが月面にあるような気分になってくる。

故郷としてアルテミスを愛し、地球への送還を怖れる主人公が、ただおカネのためだけにアルテミスを破滅に導きかねないような破壊活動を始めてしまうというのは、設定としてやや無理があるかな、と思った。

ジャズの一人称の軽快な語りもとてもよかった(訳のうまさもあると思う)が、「火星の人」のワトニーのそれには、ちょっと及んでいないかなあ、という感じ。次回作ではワトニーの再登場に期待したいところ。
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モッキンバードの娘たち

2018年08月11日 | 本の感想
モッキンバードの娘たち(ショーン・スチュアート 東京創元社)

ヒューストンに暮す保険数理士のトニの母親は,6つの異なる性格?の神?(乗り手)に乗り移られ、その神が望むことを現実化する、という特殊な能力を持っていた。その母親が亡くなると、その能力は、もともと素質を持っていると思われた妹のキャンディではなく、トニに引き継がれていた。トニは無意識のうちに乗り手に憑依されるようになるが・・・という話。

ファンタジーとみせかけて多重人格もののサスペンスか?と思って読み進んだのだが、主軸はトニの成長物語であって、神に乗り移られる能力は物語上のちょっとしたアクセントくらいのものだった。

トニは、30歳を過ぎたこともあって、人工授精して子供を産むことにする。子供の為には父親も必要と(日本人的常識では順序が逆だが)結婚相手をさがす。本命と見ていた勤務表先の会社の幼なじみの経営者には、デート(だとトニが思っていた)席でクビを言い渡される。
さらに、これまでその存在を知らなかった異父姉が訪ねて来て、妹は婚約者のつもりだったメキシコ人にそでにされそうになったりする。
トニは途方にくれるが、そこから保険数理士という技量を生かして立ち直ろうとする。

本作の設定は1990年代くらい。アメリカでは、すでに当時にして(誰のものか教えてくれない)精子を使って独身の女性が人工授精するのが、特に珍しくもなく、料金も1000ドルくらいだったようだ。こういった社会風俗的な日米間のタイムギャップは20~30年くらいという体感があるので、そろそろ日本でもこうした時代が来るのだろうか?

本作を魅力的にしているのが、(若干くどい面もあるが)アメリカ南部の風俗や料理の描写。
伝統的な南部の文化風俗と現代的なそれの融合、そこにメキシコなどのヒスパニック系の味付けがなされて、日常生活がとても色鮮やかになっているように見えた。
暑い盛りに、エアコンがついてない家の庭先で、訪ねてきた客を(ライムなどを添えた)冷えた紅茶でもてなす場面が何度か出てくるのだが、なんてこともないそんなシーンが妙に魅力的に思えた。

ところで、著者は男性のようである(訳者のあとがきで初めて知った。本編を読んでいるうちは女性だと思い込んでいた)。それいしてゃ女性の生活や心理描写が細やかだなあと感じたのだが、女性が読むとそうでもないのだろうか?
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一瞬の雲の切れ間に

2018年08月07日 | 本の感想
一瞬の雲の切れ間に(砂田麻美 ポプラ社)

一人の子供の交通事故死を巡って、事故を起こした主婦(美里)、その夫(健二)、夫の愛人(千恵子)、被害者の母(吉乃)などを、それぞれを主人公とした連作形式で描く。

最初の章が健二と千恵子の話で、この章の中で、健二が事故後しばらくしてから吉乃の家にお詫びに訪問した際、吉乃は恨み言や文句を一切言わず、ただ子供の思い出を淡々と話し、それを聞いていた健二は、吉乃の部屋を出たあと嘔吐してしまう、という場面がある。
(小説としては何ということもない平凡な場面なのだが)この場面の描写に非常にインパクトを受けてしまって、「ああ、この吉乃の人生の話もしてほしいぞ」と思った。
そうしたら、次の章がまさに吉乃が主人公となる話で、これがまた最初の章以上によかった。

健二のキャラ設定が抜群で、「いそうだよね、こういう人」「オレも健二みたいな考え方しちゃいそう」なんて、ストーリーが展開するたびに感心させられた。

著者が映画関係者であるせいか(あるいはそれを事前に知りながら読んだせいか)描写が映像的で各場面のカットが鮮やかに頭に浮かんでくるような気がした。

うまく表現できていなかったことがないのだが、「こういう作品があるから、小説を読んでおかないといかんよな」と思わせてくれる素晴らしい作品だった。

ハードカバー刊行時に北上次郎さんが絶賛していたそうだが、世間ではそこまで評価されてないようで残念。
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