蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

居るのはつらいよ

2021年04月29日 | 本の感想
居るのはつらいよ(東畑開人 医学書院)

博士号取得後、沖縄の精神科クリニックに心理士として就職した際の経験から、ケアとセラピーの違いについて考察したノンフィクション的評論。

ケアとは、傷つけない、ニーズを満たす、やってあげる、支える、開放、円・・・
セラピーとは、傷に向き合う、ニーズの変化、やらせる、介入する、閉鎖、線・・・
約めていうと、セラピーは積極的治療ということだろうか??

精神科のデイケアというものの存在さえ知らなかった。患者を預かることでそれなりの診療報酬が得られるので、これを悪用?してやたらと利用者を増やすブラック的ビジネスをする病院もあるそう。
著者が勤めた病院は職員の入れ替わりが激しかったみたいで、著者と仲がよかった良心的?職員がどんどん辞めていくのは病院のビジネスライクなところが原因らしいことが暗示されている。(看護師や事務スタッフはたくさん登場するのだが、医師や経営者は一度たりとも登場しない)

この病院で著者の主要業務はセラピー(カウンセリング)なのだが、本作では触れられず、デイケアの様子ばかりが描かれている。
スタッフはともかく、患者のことを書くわけにはいかないだろうから、かなりデフォルメしているのだろう。そのせいかデイケアの場面は小説のように面白い。

デイケアの現場ってのんびりしてよさそうにも思えたのだが、裏側ではいろいろつらいことがあるみたいだ(具体的には全く記述されていない)。
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チーム・オベリベリ

2021年04月29日 | 本の感想
チーム・オベリベリ(乃南アサ 講談社)

十勝・帯広地域の開拓の先駆者となった晩成社の活動を、同社の主要メンバーの渡辺勝の妻:カネを主人公として描く。

カネは、横浜の共立女学校を卒業するという、当時としては最高レベルの教育を受けているのだが、(法人の役員である勝は出張が多いので)開拓地では朝から晩まで農作業や家事・育児に追いまくられる。キリスト教の信仰に支えられたとはいえ、よく逃げ出さなかったものだなあと思った。
キャラとして面白いのは夫の勝の方で、気の利かないところはあるものの、おおらかで試練も楽しむかのような器の大きさが印象的だった。

同じ著者による北海道開拓をテーマにした「地のはてから」に比べると(実話に基づく話だけに)ドラマチックさには欠けるものの、辞書のような分厚さが気にならない面白さがあった。
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売国妃シルヴィア

2021年04月29日 | 本の感想
売国妃シルヴィア(宵野ゆめ ハヤカワ文庫)

グインサーガ続編第4弾。(通番134)
行方不明になったシルヴィアは、選帝侯会議で廃嫡される。しかし、その会議では(ハゾスの思惑は外れて)グインを次期皇帝に選出することはできなかった。一方、南方国境にゴーラ軍が出現されたとの情報が入り・・・という話。

突如登場したアウロラ(レンティアの王女)って誰?こんな人いたっけ?オクタヴィアの変装か?なんて思ってしまったのだが、宵野さんが書いた外伝の主人公のようだ。しかし男装の美姫が多すぎのような・・・

結局、シルヴィアは、またもやグラチウスに拉致されてしまうのだが、これも「またか」という思いを禁じ得ないなあ。ただ、その拉致場面での幕切れは「おお、次読みたいぞ」と思わせてくれたが。
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廃炉-「敗北の現場」で働く誇り―

2021年04月29日 | 本の感想
廃炉-「敗北の現場」で働く誇り―(稲泉連 新潮社)

福島第一原発の廃炉作業に携わる、経産省の広報担当官僚、4号機を覆う巨大なカバーを設計した竹中工務店の社員、高線量ガレキの搬出を担当する鹿島の社員、炉内を探査するロボットの開発者、事故後の東電に入社した社員などへのインタビュウをまとめたもの。

イチエフもののノンフィクションというと、現物で実際に働いた人の暴露ものに近い内容というイメージがあるのだが、本作での取材対象はかなり上位層の業務を担当する人たちで、そのせいか後ろ向きのコメントはほとんど見られず、意欲マンマンという人ばかりだ。
(まあ、本音を引き出せていない、のかもしれないが・・・)

もっとも事故後にあえて東電に入社した人については、本当に使命感を持っているように思えて、こういう高い志を抱いている若い人もいるんだなあ。立派だ。
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昭和の犬

2021年04月23日 | 本の感想
昭和の犬(姫野カオルコ 幻冬舎)

戦後間もないころ、滋賀県の田舎と都会の中間くらいの香良市でイクは育った。語学教師の父親は機嫌が悪くなると暴発するDV系で、母親は育児放棄気味。しかし周囲の人の協力もあってイクは東京の大学に通う。東京では就職してからも貸間住まいで、清掃会社でずっと働き、独身だった。
とても薄幸な人生みたいに思えるが、終盤でイクはこう独白する。
***
「自分はいい時代に生まれたと思う。昭和という時代には暗黒の時期があったのに、日当りよく溌剌とした時期を、子供として過ごした。ましてその昭和最良の時期にも翳りの部分はあったのに、その時期に子供でいることで翳りは知らず、最良の時期の最良の部分だけを、たらふく食べた。田んぼや畦道や空き地や校庭や野山や、それに琵琶湖のほとりの浜は、空想の中で変化自在の空間だった。正義と平和を、心から肌から信じられた。未来は希望と同意だった」
***
私はイクよりも少し若いと思うが、戦後生まれのこの辺りの世代は、生きてきたその当時はそうは思わなかったが、振り返ってみると日本という国の歴史上最もラッキーな世代だったのかもしれない。戦争の惨禍は直接には経験せず、生活水準は時間とともに切りあがり、経済成長の果実の一番おいしいところを味わえた。

本作は全体として「リアル・シンデレラ」とよく似た内容だと思うが、作品のレベルとしては「リアル・シンデレラ」がかなり上にあると思えた(個人の感想です)。「リアル・シンデレラ」が直木賞を逃し、本作が受賞するというは、相手(他の候補作)があるとはいえ、面妖なことと思えた。
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