蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

皇帝フリードリッヒ二世の生涯

2020年07月24日 | 本の感想
皇帝フリードリッヒ二世の生涯(塩野七生 新潮社)

神聖ローマ帝国皇帝らしい仕事をした最後の皇帝といわれるフリードリッヒ二世の評伝。

西はウィーン、東はブリュッセル~リヨン、南はシチリアまでの広大な地域を支配し、大学を創立するなど文化振興に注力し、第6次十字軍を催すものの戦いはせず交渉によってエルサレムにキリスト教の拠点を確保し、封建制から専制君主制の先駆けとなったフリードリッヒ二世は13世紀前半のおおよそ50年間皇帝として君臨した。しかし、得てして偉大過ぎる支配者の後嗣は難しく、死後半世紀近く皇帝が選帝されないという大空位時代を招いてしまう。

アレキサンダー大王、アウグストゥス、マゼラン、信長、ナポレオン、レーニンといった個人で歴史を動かしてしまったような人の評伝を読むと、「もしかしてこの人はタイムスリップして未来から来た人で起こるべき歴史を知っていたのではないか?」という気分になる。それくらい彼らは先が見えて自分の望む方向に世界を導いてしまった。
本書を読むと、フリードリッヒ二世もそういう類の人物のように思える。ローマ法王から3度破門されてもどこ吹く風で、しぶしぶ出かけた十字軍では交渉によって(結果だけみれば)十字軍史最高の成果を得ている。能力ある人材を登用し、文芸を振興し、通貨を流通させて交易を重視する・・・暗黒といわれる中世のど真ん中に生まれた人としては、なんというか「見えすぎている」という印象がある。

十字軍のシリーズでもそうだったが、著者の最近の作品は「小説」では全くなくて「歴史書」になっている。したがってかつてのようなエンタテイメント性は皆無で、読み進むのに難儀した。
ルネサンス期を描いた作品でデビューし、ローマ帝国から十字軍、そして本書で中世を描いてイタリア史も一巡した感じだから、もう一度「小説」を書いてもらいたいなあ。(「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」みたいなのね)
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抵抗都市

2020年07月23日 | 本の感想
抵抗都市(佐々木譲 集英社)

日露戦争に敗北し、ロシアに外交権と軍事権を握られた日本の東京で起きた殺人事件を捜査する警視庁の刑事の新堂と所轄のベテラン巡査:多和田を描く。

日露戦争に敗れた日本という設定が独創的。東京の皇居の近くにはロシアの統監府が置かれ、ロシアの公安組織が日本の警察並みの捜査活動をする。皇居の上空にはロシアの爆撃機が威嚇的に飛行して、東京の主な通りの通称名は「クロパトキン通り」「ロジェストヴェンスキー通り」となっている。
日本海海戦でほぼ全滅した海軍は事実上消滅。日本陸軍は日露戦争当時の14師団から7師団に軍縮させられ、さらに2個師団が第一次世界大戦の欧州戦線に派兵されている。

名目上は「二帝同盟」として同盟国扱いだが、事実上属国である状態に不満が膨らみ、欧州への追加派兵をめぐって大規模な抗議活動が予定されている。新堂たちが捜査する事件の被害者はロシアのスパイで反ロシア活動グループの重要な情報を把握していた、という筋立てなのだが、魅力的な設定のわりには、ストーリー展開が冗長でちょっと退屈。
その割に新堂たちが真相を見抜くプロセスが省かれていて、唐突に終わってしまった感があった(私の読み方が悪いだけでちゃんと伏線があったのかもしれないが・・・)。

ただ、本作はロシア支配下の日本を舞台にしたシリーズのプロローグのような感じもした。
設定自体がとてもよく出来ているし、新堂と多和田のキャラも立っているので、次がでれば読んでみたい
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僕が殺した人と僕を殺した人

2020年07月18日 | 本の感想
僕が殺した人と僕を殺した人(東山彰良 文春文庫)

主人公のユンは13歳の中学生、幼馴染のアガンやジェイとつるんで不良っぽく振舞う毎日。ユンは教育熱心で神経質な母親が、アガンは怠け者で浮気性な父親が悩みのタネだったが、ジェイの継父からの暴力はもっと深刻だった。ユンとアガンはジェイの継父の殺人を計画するが、その内容は中学生が考える程度の杜撰なもので・・・という話。

タイトルを見るといかにも叙述トリックのミステリっぽい。確かにそれに近い筋立てもあるのだが、それは軽い味付け程度で、ユンとアガン、ジュイの友情が物語の中心。中学生にしてはマセすぎだろ、と思うものの、台湾の熱帯性の暑さが想起されるような濃密な絆を感じさせてくれる。

著者の著作を読むのは3作目で、いずれも台湾を舞台とするもの。モチーフもよく似ている。「流」もとてもよかったが、ノーマル?な恋愛ものだった。本作は(多分)濃厚なBL系恋愛がテーマであったが負けず劣らずの出来だ。
「流」は直木賞をとったことでとても有名になったが、本作の3つの文学賞を受賞しているとのこと。そのわりに評判になってなかったなあ(私が知らなかっただけか?)。内容からしてももっと評価が高まるべきだと思うのだけれど。
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ブロックチェーン革命

2020年07月18日 | 本の感想
ブロックチェーン革命(野口悠紀雄 日本経済新聞出版社)

インターネットが一般人にも普及しはじめたころ、電話回線でパソコン通信を楽しんでいた私は(世間の多くの人と同じく)「そんな信頼性の低いものが普及するわけないよな」と思っていた。
実は信頼性の低さとそれを補う様々な工夫こそがインターネットのキモだったわけだが、インターネットの発展を予言していた著者(これは、そのころ確かにエッセイで読んだ記憶がある)は、そうしたインターネット懐疑論と同じことが現在のパブリックブロックチェーンにも発生しているとする。
そういわれると、ブロックチェーンへの批判の中心はセキュリティの低さ、あるいは得体の知れなさにあるわけで、著者の主張がもっともらしく思えてくるのだった。

ブロックチェーンは管理者がいないのに改竄が非常に難しい。
従来は信頼性が高い組織(例えば政府や銀行)が管理していないと信頼できず、そのために運営コストが高くなっていたのだが、パブリックブロックチェーンならほぼコストなしで(資産などの)移転記録と保管ができる。これは、インターネットでは難しかった経済的価値の移転ができることを意味し、通貨や金融に「革命」を起こす、というのが本書の主張。
ここまでは、納得できるのだけど、さらにDAO(経営者がいない企業組織)にまで発展していくと言われると首をかしげざるをえないのだが、本書によるとそれはすでに実現しているのだという。
うーん、インターネットの時と同じことが起きるのか?

ただ、著者も懸念しているが、ブロックチェーンでも既存の組織が運営する(プライベートブロックチェーン)のでは意味が薄くなってしまう(社会的コストが低下しない、人が介在しない自律的な運営でなくなる→社会をフラット化させるといわれたインターネットが、かえってGAFAMに代表される少数者に支配される社会を導いてしまったようになる)ということで、こちらもすでに現実化しているのも事実だ。
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進化のからくり

2020年07月18日 | 本の感想
進化のからくり(千葉聡 講談社ブルーバックス)

著者は遺伝に関する研究者で、本書でも進化に関する解説は登場するが、研究者としての日常や研究チームのこぼれ話が中心。

投稿論文の査読過程(掲載されない場合の慰め?のコメント、同分野のライバルの論文が先に掲載された時の焦り、10年の精進?の末に掲載決定、とかが興味深い)、
マイマイ(カタツムリ)の楽園:小笠原がフィールドワークの達人のアンガス(研究者とは思えないタフガイ)との冒険行などが面白かった。

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