蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

怪物(映画・ノベライズ)

2023年06月27日 | 本の感想

怪物(ノベライズ→佐野晶 宝島文庫)

シングルマザーの麦野早織(安藤サクラ)は、息子の小学5年生の湊の成長を見守るのが生き甲斐。スニーカーの片方だけをなくすなど湊の不審な行動から、早織は学校でのいじめを疑う。校長(田中裕子)に直談判に行くが、校長は、心ここにあらず、で頼りにならず、学校の幹部たちは穏便にことを済まそうとしかしない。早織は担任の保利自身が湊を攻撃しているのでは?と疑い始め・・・という話。

 

ノベライズは、3つの章に分かれていて、最初の章は早織の視点、2章が保利の視点、最後の章が麦の視点から物語られる。映画ではそこまで明確でないので、ノベライズの方が登場人物たちのすれ違いやそこから生じる疑念がわかりやすく浮かび上がっていたように思えた。

 

何が「怪物」なのかは、ノベライズでも映画でも最後まで行けば誰でもわかるようになっている。この手のサスペンスものとしては珍しいほど明確にわかる。結末を曖昧にして「後はあなたの解釈のままに」などと、見る方に解決を委ねてしまわない、というのは(脚本家や監督としては)勇気がいると思うのだが、そこにあえて踏み込んだことでストーリー性に高い評価を得たのかもしれない。タイトルをテーマそのものにしたのも自信の現れなのだろうか。

 

映画を見ていると、早織、校長、保利は、役柄が各人の普段の演技イメージにどハマりしていた。あてがきなのだろうか??

 

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人生の結論

2023年06月18日 | 本の感想

人生の結論(小池一夫 朝日新書)

よく行く書店の平積みに本書があって、新刊かと思ったら5年くらい前の本だった。だから、けっこう継続的に売れているのだと思う。

平積みのカバーに「許そう。あなたも許されているのだから」とあって、この言葉に惹かれて読んでみたのだが、どうも著者自身が許していない感じ。本書は自身がツイッターに投稿したものを元にしているようだが、その投稿へのコメントに腹を立ててコメントした人を強く非難している。まあ、実際人格を否定するような言葉なのだろうが。

許す、ということはとても難しいこと、とかえって再認識させられた。

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オリーブの実るころ

2023年06月17日 | 本の感想

オリーブの実るころ(中島京子 講談社)

夫婦や家族の微妙な心もようを描いた短編集。

「家猫」は、身勝手な夫とその母は、自分たちの行動の自己中心性に全く気づいていない、という話。

「ローゼンブルクで恋をして」は、妻を亡くして1人暮らしを始めた父親が、「終活をする」といって出掛けていた先は、女性候補の選挙事務所だった、という話。息子夫婦と付かず離れずの距離感を保ち、小さなアパートで暮らす父親の風景がいい。

「川端康成が死んだ日」は、円満な家族だったはずなのに、ある日突然浮気相手の元に走って連絡が途絶えた母が(長い年月を経て)亡くなった、という連絡が入る、という話。

「ガリップ」は、夫に懐いて住み着いてしまった白鳥の話。白鳥が30年以上長生きするというのは本当だろうかと検索したら、この話にはモデルとなった実話があったことがわかった(実話の方の白鳥の名前と同じタイトルにしたのは、変に剽窃の疑いをかけられない用心?)。この話が一番面白かった。夫と仲良しの白鳥は明らかに妻に対抗心を抱いていて、でもまさかそのことで夫に文句を言うこともできず・・・という妻の心持ちが面白く描かれている。

表題作は、北海道の大きな漁師の後継だった男には心に決めた人がいたが、親掛かりで別の女性と結婚させられてしまう、という話。男は様々な策を巡らせるが、あまり上出来とは言えないものばかりで、結果も思わしくなかった。しかし男はひょんなきっかけから思い人の消息を知る。

「春成と冴子とファンさん」は、デキ婚を決意したハツが相手(宙生)の父(春成)と母(冴子)に会いに行く、という話。春成(透析患者なのに手を尽くして方々を旅している)と冴子(年取ってから知り合ったファンさん(女性)をパートナーにしてリゾート地で暮らす)のキャラがとてもいい。

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最高のコーチは、教えない

2023年06月10日 | 本の感想

最高のコーチは、教えない(吉井理人 ディスカヴァー携書)

日本のいくつかの球団で先発とリリーフの両方で活躍し、メジャーにも行った著者は、引退後、日本ハム、ソフトバンク、ロッテで投手コーチを担当。ダルビッシュ、佐々木(朗)など著名な選手の育成で評価を得ている。

大学でコーチ業を修めたこともあり、本書は野球のコーチに限定せず、普通の会社の管理職なども意識した内容になっている。

 

吉井さんというと、私のような年寄りには、とにかく荒っぽい性格で自己中心の投手、というイメージが強かった(それなのに雷がマジ苦手というのが笑わせるのだが)ので、まさかこんな名コーチになるとは思わなかった。

一昨年までコーチをしていたロッテの投手の多くが、「こんなに話を聞いてくれるコーチはいなかった」などとコミュニケーションの質と量に感心しているのを記事などで読んで、現役の時との差(現役の時はコーチや監督が意に染まないようなことをすれば、その場で暴れ出したりした)には驚くばかり。現役時代のイメージだと、時代錯誤の鉄拳指導・・・なんて感じなのだが。

私は、ロッテの試合をよく見ているが、吉井さんがコーチ時代の投手起用にはよく驚かされた。「こんな所(勝負の分かれ目のような場面)でこんな投手(経験が少ない投手や前回登板がイマイチだった投手)を投入するか?!度胸ありすぎ」というシーンがよくあったからだ。

そんな時、吉井さんが記者などに起用の理由を聞かれて答えていたのが、「使わんと良くならんでしょ」といった感じのセリフ。

本書でもバレンタイン(元ロッテ監督)の言葉として「プレッシャーのかかった場面、勝敗に直結するような厳しい場面を経験してしないと、選手は成長しない」という言葉を紹介している。

素人目から見ると(実績がなくて)危なっかしそうな選手であっても、コーチとして起用するからには、確固たる見通しがあるのだろう。しかし、それ以上に、選手への信頼や成長への期待が込められた起用だったのかもしれない。

 

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捜索者

2023年06月09日 | 本の感想

捜索者(タナ・フレンチ ハヤカワ文庫)

離婚してシカゴ警察を辞めたカルは、アイルランドの山間の村に移住する。ボロ家を改修して暮らしていたが、近所の子供トレイから、失踪したトレイの兄の行方を探すよう頼まれる。兄はどうやらダブリンの麻薬組織と関係があったようだが・・・という話。

あとがきで訳者が指摘するようにロバート・パーカーの「初秋」に似たテイストの筋立てで、トレイの成長物語としても読める。ただし、一つ単純だが面白い仕掛けがあって、けっこう驚かされる。

各種ランキングの上位を占めた評判の作品だが、本筋とあまり関係ないエピソードもたくさん挿入されていて少々冗長な感じがした。人によっては、そういう寄り道的な描写がいいのかもしれないが。

トレイの兄の失踪の謎解きが行われる部分の後に数十ページも残っていたので、「これはドンデン返しがあるに違いない(だって傑作という割には真相があっさりしすぎだし)」なんて思ったのだが、そういうことはなかった。

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