蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

介護民俗学という希望

2019年01月26日 | 本の感想
介護民俗学という希望(六車由実 新潮文庫)

著者は民俗学の博士で、介護施設で老人から聞く昔話の意外な豊かさに感心し、それを記録することで民俗学に貢献できると考えている。自ら管理者となった沼津のデイケア施設「すまいるほーむ」での聞き書きや思い出の味の再現活動などを綴った本。

老人からの聞き書きの内容はそれほど興味をひかれなかったが、「すまいるほーむ」の運営会社の社長の村松さんへのインタビューは面白かった。いわゆる老人病院の事務長から始まって初期の介護保険関係の活動や民家を改造してすまいるほーむを創設するに至る経緯が、そのまま日本の介護の歴史を語っているように思えた。
また、認知症によると思われる幻視に苦しむおばあさんに、村松さんがお札をあげて苦しい時にはお札を拝むといい、というアドバイスをしたら、症状が軽減された、というエピソードが宗教の原型を見るようで興味深かった。

これは私の偏見なのだが、どうも介護ビジネスというのは、(老人や家族から)カネをまきあげるだけみたいな胡散くささを感じていた。しかし、本書を読んで、情熱をもって介護活動に取り組む人もいるのだということがやっと少しだけ理解できたような気がした。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ホケツ!

2019年01月26日 | 本の感想
ホケツ!(小野寺史宜 祥伝社文庫)

みつば高校サッカー部3年の宮島大地は、3年間ずっと公式戦に出たことがない。さほどの強豪でもない同校ではレギュラーでない3年(になっても部活を続けている)は珍しい。大地の両親は離婚し、同居していた母親は病死し、今は母の姉と住んでいる。高校最後の試合が近づいているが、元キーパーだった(があまりに点を取られるのでレギュラーから外されて部活に来なくなっていた)和元が喫煙で補導され・・・という話。

冒頭にみつば高校サッカー部のポジション図が掲げられているので、サッカーの話だとばかり思って読み始めたけど、サッカーの場面は(練習を含めても)あまりなくて、進学先、別れた父や同居する伯母さん(独身だが結婚を考えている)との関係、マネージャとの仲など、高校生なら普通の課題?に悩む姿を描写しているシーンがほとんどだった。

そうかといってタイトルから想定される補欠としての葛藤が描かれるわけでもない(主人公はさほど悩むことなく補欠という立場を受け入れてしまっている)。

「本の雑誌」の文庫ランキング上位だった(解説も本の雑誌社の社員が書いていて絶賛している)ので読んでみたのだが、ちょっと薄味だったかなあ、と思えた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ホンダジェット

2019年01月19日 | 本の感想
ホンダジェット(前間孝則 新潮社)

自動車メーカー:ホンダは、創業者がやがては飛行機の生産販売をしたいという野望を持っていたこともあって、早く(バブル期のころ)からアメリカを拠点として小型機の開発を進めていた。2000年代には翼の上にエンジンを搭載するという革新的なデザインの試作機を完成させ高い評価を得ていたが、量産や販売には踏み込めないでいた。初期のころから開発の中心人物であった藤野道格(みちまさ)は、社長に直訴してそれを認めさせる。そして苦難の末、アメリカでの型式証明を獲得し世界中での販売にこぎつける・・・という話。

本書によると、エンジンの搭載位置以外にも、翼の形状などホンダジェットには、イノベーティブな要素が多数あり、世界中ですぐれた飛行機設計に与えられる賞を多数受けているそうだ。
藤野さんはじめとした開発者たちは、在来の技術の組み合わせで無難な成果を目指す気はなく、未だ誰も利用していないような新技術を取り入れることに拘ったそうである。

藤野さんは1983年入社で、一度だけ創業者の本田宗一郎と(研究所のトイレですれちがっただけだそうだが)会ったことがあるそうだ。
飛行機の研究開発を認めてきた歴代社長(川本、吉野、福井)はいずれも直接に創業者の薫陶を受けてきた人たち。
ホンダジェットは、創業者のスピリッツを理解する人たちによって成功に導かれてきたわけで、営利企業にあっても理念とか風土というものの継承や伝播が大切であることを感じさせられた。

また、本書の章題にもなっている「ハードウエアで世界を変える」という藤野さんの言葉が、ソフトウエア全盛、電子制御全盛の今の世にあっては、かえってなんともカッコいい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

スウィングしなけりゃ意味がない

2019年01月13日 | 本の感想
スウィングしなけりゃ意味がない(佐藤亜紀 角川書店)

第二次世界大戦下のドイツ:ハンブルク。大工場を経営するフォス家の御曹司:エディは、ゲシュタポやユーゲントの監視に怯えながらも、友人でピアノが堪能なマックスや、高名な軍人の息子ながら父に反抗するデューク、クラリネット奏者のアディらとジャズの演奏や不法な私製レコード(BBCなどを録音したもの)の闇販売をしたりしていた。しかし、あるパーティに当局が踏み込み、主催していたエディは逮捕され処罰(強制労働)を受ける。やがてドイツ有数の産業都市であるハンブルクは大規模な爆撃を受けるが・・・という話。

300ページ強の本なのだが、読み終わった際1500ページくらいの大長編を読み終えたような気分になった。簡潔な表現ながらも物語の奥行き(想像の余地)が広いせいだろう。

エディはわがままな一人息子で、裕福な暮らしをし、学校の悪い仲間とつるんでは禁制のジャズを楽しみ、不法な闇販売で小銭をかせぎ、父親の影響力で徴兵を逃れ・・・と表面だけみるととんでもない放蕩息子にすぎないのだが、そんな彼が一人称で語るハンブルクの青年たちの物語は、とても純粋で合理的で人間的なのだった。

貧乏くさい話が好きな私としては、とっつきにくい筋のはずなのに、読書の醍醐味を十分に味わえる傑作であった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

世にも奇妙な君物語

2019年01月07日 | 本の感想
世にも奇妙な君物語(朝井リョウ 講談社文庫)

著者は、TV番組の「世にも奇妙な物語」のファンだそうで、番組と同様なテイストの“奇妙な”5つの短編で構成された短編集。

どれも落し話なのだが、むしろ序盤から中盤の盛り上げ方がうまくて、オチの部分は、盛り上げた割には・・・とちょっと物足りなかったような気がした。
ただし、幼稚園の保父さん(なんて今は言わないのかな?)を主人公にした「立て!金次郎」のオチは「これはうまくダマされた」と思える意外感があった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする