蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

ただマイヨ・ジョーヌのためでなく

2008年09月28日 | 本の感想
ただマイヨ・ジョーヌのためでなく(ランス・アームストロング 講談社文庫)

著者は、アメリカではあまり人気がなく、それゆえ同国出身の世界的な選手も少ない自転車のロードレースで頭角をあらわすが、睾丸のガンに冒されてしまう。
睾丸と脳からガンを摘出し、さらに強烈な化学療法を経て、ロードレースに返り咲く。
そればかりか世界で最も人気あるレース、ツールドフランスの7連覇という空前の記録をうちたてる。

本書は、タイトル通り、ロードレースの輝かしい勝利の記録というよりは、苦しみぬいたガンとの闘いを主題とする。
しかし、湿気くさいところはほとんどなく、闘病を描いたところさえもどこかユーモラスで、スピード感に満ち、ページをめくる手を止めさせない。(原文のライター、翻訳とも良いせいだと思う)

著者は何でも徹底してやらないと気がすまない性質のようで、ロードレースの練習と同様、ガン治療にも過剰なまでにのめり込む。
あらゆる文献を読み漁り、何人もの医者の意見を聞き、治療が始まっても毎日の施策の意味について医師や看護師に徹底的に問いただす。こうした悲観が入り込むスキがないほどの、病気への対抗心が、彼をして極めて分が悪い戦いに勝たせたのだろう。

退院間近のとき、信頼を寄せる看護師が彼に言った言葉が泣かせる。
「「ランス」。彼女は静かにこう言った。「いつかここでのことは、あなたの想像の産物だったと思える日が来るよう祈っているわ。もう私は、あなたの残りの人生には存在しないの。あなたがここを去ったら、二度と会うことがないよう願っているわ。あなたが回復したら、あなたのことは新聞やテレビで見るわ。ここではなくてね。あなたが私を必要なときにはあなたの助けになりたいけど、それが終わったら消えてしまいたいの。そしてこう思ってほしいのよ。『インディアナの看護婦ってだれだっけ?あれは夢だったのかな?』」

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