蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

世界音痴

2009年10月26日 | 本の感想
世界音痴(穂村弘 小学館文庫)

穂村さんのエッセイもかなり(本書を含めると多分出版されているものは全部)読んだので、本書に収録されたエッセイの内容も「どこかで読んだような」というものがいくつかあったが、それでも読み終えるのが惜しい面白さだった。

そこまで著者との共鳴性(?)が高いのは、著者と同い年であることが大きい(昔話が多いので)と思う。しかし、本書では「これ、オレも同じ」というエピソードが特に多かった。

宴会に自然体で臨むことができない、子供のころ嫌いだったネギが好きになって立ち食いそばにはいると「ネギ多め」と願うが口に出しては言えない、自分の貯金額を思い浮かべて孤独に耐える、レジで小銭を財布から出す間に耐えられない、等々。

本書で最も印象的だったのは「切り替えスイッチ」。
健康診断で胃の再検査になり不安になるが、結果は異常なし。異常がないことがわかった後、(以下、引用。P48~49)

「病院を出て歩き出すと、辺りの様子が何かおかしい。街路樹の葉っぱの一枚一枚が炭酸の泡に包まれたようにきらきらしてみえる。駅前まで歩いて、ドーナツ屋に入ると、店内に流れる音楽がひどく甘美なものに聞こえる。それから、トレイに敷かれた紙を熱心に読み耽っている自分に気づく。ドーナツの誕生物語や新製品の説明が、とても興味深く思えるのだった。(中略)
このきらきらした透明な気分のまま、生きてゆけたらどんなに素晴らしいだろう。だが、そういう感覚は長続きしない。心配ごとのない日々が再び始まって、私はたちまち元のどんよりした感覚に包まれてしまう。ドーナツ豆知識をあんなに面白く読んだ私が、優れた作家の本を読んでも何も感じない。すべてが退屈だ。
ベッドに寝転んで菓子パンを食べながら私は思う。このどんよりした気分の裏側に、あのきらきらした世界が確かに貼り付いているのだ。「問題ありません」の一言で簡単にスイッチが切り替わるほどの至近距離にそれはある。だが、手が届かない。世界の切り替スイッチが見つからないのだ」(引用終り)

あ~この感じとても良くわかる。闇が光の輝きをさらに増す働きをするように、不安や不幸や心配や憂鬱こそが実は幸福の大元なんだよなあ。

なお、この後に紹介されている、“切り替えスイッチ”を簡単にいれる方法がとても面白く、かつ、納得性が高い。未読の方、是非一度お試しを。

あと、どうでもいいことですが、穂村さんの本って装丁というかブックデザインが今ひとつで損してるような気がします(本書も)。ファンとしてはちょっと残念。

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