皇居2周ぐらいと思って出たが、途中で新宿歴史博物館なるものにつかまり、入館料まで払い1時間ぐらい見学していた。
それで時間がなくなって、ローマ法王庁、イギリス大使館を脇に見て皇居から戻ることに。
都内見物ランニングはいろいろ発見があります。
江戸時代の内藤新宿のジオラマ。精巧にできていて、見ていると想像力が刺激されます。拡大して見てください。
追分のあたりですが、手前が新宿駅の方向で、先が大木戸で右に家並みが続いているのが甲州街道。右手の桜並木が玉川上水で、その外側が内藤様のお屋敷、今の新宿御苑。
大木戸には石垣の門があって、朝6時に開門して夕方の6時に閉門した。
手前に真っ直ぐ伸びるのが青梅街道。
この辻で馬車や牛車を甲州街道と青梅街道に分かつので追分と言われるようになった。
江戸時代に新宿に宿でき、繁盛し風紀が悪くなったので、何かきつい規制がかかったようです。
たぶん遊女達が大勢いたのだろう。ただ高級な遊女は吉原で、新宿や神楽坂、十二社界隈は安い遊女だった。
吉原>新橋>神楽坂>品川>十二社ですか?なのんことやら?
当時の江戸の町は、ものすごくキレイでゴミひとつ落ちていなかったと言います。資源回収、リサイクルができていたのでしょう。黒船が来ても日本を侵略して植民地にしなかったのは、そんなところを見て感心したからでしょう。
蔵前に大きな江戸博物館があるが、新宿歴史博物館はそのコンパクト版です。外人さんには蔵前のほうが無論いい。
江戸時代から明治にかけて、江戸は火事が多かったから、蔵造建築がはやりました。木の柱や壁に土と漆喰を塗りこめて防火対策をした。
私の子供の頃には新宿界隈に路面電車が縦横に走っていました。そう言えばトロリーバスっていうのもあった。トレーラーバスにも乗ったことがある。運転席と後部の乗客が乗るところが離れていてゴッツかった。
画期的な文化住宅と書いてあった。
見たところインドネシアかミャンマーかバリ島かわからないぐらいですね。
十二社は池があり温泉が湧き出ていました。高床の池に張り出した小屋は、まさにアジアらしい風情。
ここに遊郭があって栄えたといいっても、どう見てもジャングルの中。吉原に比べて格がずっと低かったのはしかたないかも。
新宿の外側は、首刈り族でも出てきそうなくらい野蛮な土地。今の新宿中央公園の脇です。
すぐ隣の熊野神社には滝があって、そのすぐ近くが小西六写真工業の発祥の地、物心ついた私らの遊び場でした。
懐かしい写真がありました、、、。
新宿歴史博物館ですが地味なところにあって、もったいないですねー。
新宿は新しい宿場町。
大久保はその伝で言うと、くぼ地があって池でもあったか、、、。
落合は妙正寺川と神田川が合流するところ。
地名はいわれがあるんですね。
博物館に1時間以上いたので、皇居まで走っていくのがやっと、時間切れで戻った。それから会社へ出勤です。街を走っていると、面白いものを見つけます!
タウン・ランニング13km以上かな、、、。
新宿歴史博物館
東京都新宿区三栄町22番地
03-3359-2131
入館料金は300円