館林ロストシティーランブラーズ・フォークソングシングアウト

フォークを歌って43年の坂を今登坂中。世間に一言あってこそフォーク。軟弱アコースティックミュージックにシングアウトだ!

反原発映画の館林ロスト。

2024-04-09 04:46:02 | ロスト シングアウト


前座でお声がかかった。うれしいことである。使ってもらって、なんぼ、のロストだ。

コンサートでは、最近は必ず全員が集まる。練習も集まりは良い。ロストという小さな集まりの、人間関係は良い。
もはや結成43年目・・・・・メンバーの出入りはあったが、このメンバーになって、25年ぐらいかもしれない。

当たらず触らずの関係でなく、1歩も2歩も、時には深入りする関係は喜ばしい・・・・



しかしまぁ・・・本番てな、練習以上にパフォーマンスできるのは、数えるほどしかない。

練習は及第点の我であったが・・・本番では数か所、弦にピックがあたらないのであった。

全体のパフォーマンスは、今回も本番に強いロストベーベー達が拍手をさらっていったのだった。



時には、うつむく俺の写真など・・・・

原発の話なので以下の選曲

1・春なんだなぁ(せいごう・岡田)
2・一つの灯(橋口・川崎)
3・までいな村(せいごう・鈴木)
4・君よ5月の風になれ(笠木・増田)

であった。皆、いい曲だなぁ・・・・



ギャラは、豪華な弁当であった。



「原発をとめた裁判長そして原発をとめる農家たち」!長い題名の映画だった。

この樋口という裁判長の裁判が核になって、被災地福島で、ソーラシェアリングで、耕作放棄地などで、作物を作りながら、東京ドームを超える広さで、営農型太陽光発電農場を始動させた、農業者たちのドキュメントであった。

この映画が、お近くであったら、必ず見て欲しい映画だった。

ちょいと、印象深い場面を思い出せば・・・

1・原発が頻発する地震に耐えられない構造であること。
2・クリーンの名のもとに展開される原発、その環境問題を原発の運転継続の根拠とすることは甚だしい筋違い。

という、生活者・庶民の肌感覚に依拠する「樋口理論」が、反原発の裁判上の武器になることが、鮮明にわかった。

余談ながら、電力会社とその取り巻きの学者たちは、物理の難しければ難しいほど良い、一見専門的論理(まさに、規制委員会のやつ)で押そうとするが、裁判官は、文系だから、そこで惑わされるって話は面白く、なるほど!だった。

太陽光・・・・いいことばかりじゃないのは見て取れる。

無残な山肌も、見えるし、寿命を終えたパネルはどうする?など、問題もあるだろう。だが、少なくとも1基で沢山の住民の命や、生まれ育った土地は奪わない。

地球に無かった、捨て場も、無毒化もできない放射性物質より、太陽光の弊害は、人間の英知で解決が出来るだろう。

この映画、見て欲しいな。(館林は、ロストの演奏付きだから、なお良かったんではないか?と、記しておく)
コメント
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