館林ロストシティーランブラーズ・フォークソングシングアウト

フォークを歌って43年の坂を今登坂中。世間に一言あってこそフォーク。軟弱アコースティックミュージックにシングアウトだ!

息子と行く沖縄・2010秋の旅その1。

2010-11-15 06:39:47 | 旅は続く


沖縄通いもかなりになった・・・いつもはF本観光なのだが、ある程度ガイドも可能になった我・・・「まったく1人で遊んで~(1人遊びは大事だでぇ・・)」の声もかまびすしく、ついに息子が一緒になった。

来年3月は女房・娘のツアーガイドが予定されているので、今回はその予行演習も兼ねている。
持ち物など、要綱を渡し・・「なるべく、服は~~」などと、訓示をたれると「着る物は自分で考える!若者はおしゃれもな・・・」などとのたもう・・

で、なんか、若者に人気のジーパンを履いてきたが、ところどころに穴が開いているやつだった・・・1万5千円もするそうな・・・



那覇に着いたのは7時過ぎ。
初日は、「呑み」がテーマ。宿で少し休んで、例の竜宮通りに繰り出した。
坊主は極弱い、「何とか割り」しか呑めないらしい・・ビールさえダメらしい・・

こうした、赤提灯や小料理の店は体験希少で、普段は、学生御用達の安いチェーン店なので、こういう店はうれしいらしいのだが、哀れ、コーラで乾杯だった。
沖縄は泡盛!!!よ!!!!



「小桜」

突き出しの「モズク」もラッキョウも最高!



坊主は食べる!
この店自慢の「ソウメンチャンプル」!あまりの旨さに、驚いていた。



その場で揚げる、厚揚げ。

「旨い!」「旨い~」の坊主の声を聞きながら、2軒目は「悦ちゃん」でおでんを食べて、宿に帰り寝た。
明日から始まる、沖縄漫遊が楽しみだ!!



市場を見せたかった。で、朝飯はここで仕入れた弁当と決めていた。



これで200円なのである!
油が軽く、朝から食べられるから不思議・・・この200円に坊主は卒倒しそうだった。
宿に持ち帰り食べた。坊主は、ホテルのカウンターで「カップ沖縄そば」を買っていた。
若い!




1日タクシーをチャーター。9時から5時で17000円ほどだ。
本日はお勉強の日。坊主の希望も聞いて、コースは選定。

まず、沖縄戦の16日戦争の舞台「嘉数高台」・そこから臨む「普天間基地」を見た。



東回りに、嘉手納基地を回り、「道の駅嘉手納」から、嘉手納基地を眺める。
ここは、修学旅行でバスで通過したようで、バスガイドの話など聞いていたらしく、「あそこは、弾薬庫だよな?」などと言っていた。



本土なら中世、1400年代が舞台の「勝連城跡」を見る(1400年代に滅ぶのだが、築城は12~13世紀だ)。
時代を考えれば、この築城技術がすごい!

写真・タクシーの運転手砂川氏と坊主。



最高位・一の曲輪から眼下の眺め。ここは世界遺産なのだが、遺産になっていないこうした「グスク」が沢山有って、しかも、発掘や整備されていないものが数多ある。
見事な観光資源なのだが、予算が少ない。沖縄での国や行政のお金の使い方に、いつも疑問符なのだ。




昼は、観光客御用達の「海の見える食堂・くるくま」。
自然食品会社が経営だが、アジアンエスニック料理が自慢。
経営者の趣味か?化石や遺物の博物館も併設。



昼はビールだ。



海老のガーリック炒め・シーフードカレー・・・量が多い・・・それほどでもないおあじ。



テラスの眺めはバッチリ。しばしまったり・反省など行った。



博物館・・・「隕石(たぶん隕鉄)」がね、ご自由に触れるのがステキ。
ラグビーボールくらいなのだが、10センチ持ち上げるのがやっとの重さ。




いよいよ旅は核心部。
「ひめゆり平和祈念資料館」だ、
修学旅行の高校生たちが多かった。

坊主は、心揺さぶられるものがあったらしい・・「沖縄ではひめゆりがすごかった!」と後日。



ひめゆりは、第三外科壕の跡だ。近くには、観光客がほとんど訪れない「壕」は多い。
こうした場所は、その姿が、想像力み源になったりする・・



沖縄南部戦線の司令官は牛島中将である。この陸軍は、琉球方言の現地人をスパイと疑ったり、ガマから追い出したりである。本人は「最後まで戦え!」と軍命を出し自決する。
自決は6月22日・その少し前18日には、ひめゆりに、「解散命令」が出される・・
解散たって、すぐそばから米軍の馬乗り攻撃の火炎放射、南の海からは艦砲射撃だ。

逃げるひめゆりと、住民は、南に行くしかないが程なく、絶壁の海だ。

その荒崎海岸を目指した。車で行くに、車体を何度も擦るような狭いコーラルの道だ。

写真、坊主の立つ真下は、5mほどの絶壁なのだ。



艦砲の弾で体を貫かれ、或いは「集団自決」・・そんな場所だ。
自決の場所には、碑が建つ。



3人とも言葉を失う・・・グンバイヒルガオがところどころに花をさかせている。




「ここは太平洋か?」の質問に、太平洋と東シナ海が混じる場所「喜屋武岬」に来た。
ここは、10mを越える絶壁。何人もの人が身を投げた場所だ。



写真・真ん中辺りが、太平洋と東シナ海の分かれ目なのだが・・・



いよいよ、お勉強は終盤。最後は僕も行った事がない太田実司令官率いる「海軍指令部壕」を訪ねた。

先の陸軍との「最後」をよしとせず、ここで玉砕を選んだ場所だ。

太田の海軍は、沖縄住民を陸軍とはまったく違う捕らえ方で、「沖縄県民かく戦えり、県民に対し後世特別のご高配をたまわらんことを」で結んだ最後の打電は有名だ。



資料展示はわずか・・他の壕は、いわゆる石灰岩の自然洞穴に利用なのだが、ここは、数百メートルの長さを掘ったのだ。入ると、なるほど!砂岩なので、掘れたのが分かる!



そんなこんなで、6時にはホテル。8時にロビーで待ち合わせして各々まったりした。
僕は、風呂を浴び、マッサージなど頼んだ。

8時にはまたまた繰り出した。

まず「居酒屋野朗りょう次」に行った。地元の人が多い居酒屋・・・

ここは、坊主の呑めるブツ(何とか割り・・・)があった。
やつは正直者であった・・ほとんど一杯で、顔が赤くなるのな・・誰に似たんだ??



ラッキョウ・もずく・・・旨いのだが、店はメチャ混み・・・接客など良いのだが、料理が中々出てこない・・



レンコ鯛の刺身・ラフテー・・・OK!



やはし、ハシゴ・・・・
タクシーで、栄町の「おとん」に向かった。



関西出身の経営者。

息子と、1日を語りながら呑むのも、悪くは無いな。

かなり満足の様子にホッとした。

写真・石垣島のペンギンラー油で食べる水餃子・赤いウインナと目玉焼き(坊主所望)。

ほろ酔いで、歩いてホテルに戻る・・・・

TVは戦争中アメリカでの「日系人の収容所」のドラマをやっていた。
ついつい最後まで見て、寝た・・・・

心地よい疲労で、2日目が終わった・・・・

長い!長い記事・・・読んでくれたら感謝だ!!
コメント (18)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする