試着に行くよう催促した私を無視してYさん一行が帰った翌日
彼女の車の乗組員4人のうち2人が、自転車を連ねてうちへやって来た。
その来意は、私への抗議である。
「あなた、何てことをしてくれたの」
開口一番、乗組員その1は言った。
「Yさん、すごく怒ってるのよ」
その2も続く。
電話でなく、わざわざ来たところを見ると、よっぽど腹を立てているのだろう。
いきなり来て文句を言われたこっちもムッとしたが
前夜、他の人から事情を聞いたのは口止めされているので
先に彼女らの言い分を聞くしかない。
その内容は、こうだ。
「ユニフォームを作ることは確かにみんなで決めたけど
スポーツ店に注文するのは、みんなで決めたことじゃないでしょう。
Yさんは、ずっと反対だったのよ。
だから私らはデザインを決める時も試着に行く前も
“みんながいいと言うなら”って何回も言ったはずよ。
みんなというのはYさんを含めた全員のことだったのに
あなたはそれを無視して勝手に話を進めたのよ」
後出しジャンケンもはなはだしい。
こいつらは真っ先にカタログを開いて、はしゃぎながらデザインを決めた。
そして誰よりも先に試着に行きおったのは、スポーツ店が付けた日付けの記録に残っている。
Yさんの機嫌を損ねたことがわかると、慌てて私に責任を押し付けようとしているのだ。
「あ〜…みんながいいなら、みんながいいなら、と言ってらしたのは覚えてますよ」
私は言った。
「ほらね、私は何回も言ったんだから」
「ただの口癖かと思いました」
「違うわよ!Yさんのことを言ってたのよ!」
「はっきり言ってくれないと、わかりませんよ。
だけどユニフォームをスポーツ店で買うのはバレーボール協会の推奨だから
Yさんの意見は関係無いと思います」
「そりゃ、表向きはね。
だけどYさんは、自分の店でTシャツを注文してもらいたかったのよ」
「まさか、無理でしょ。
今の時代、背番号の大きさなんかの規定が厳しくなってるから
専門業者に任せるのは当たり前じゃないですか」
「それならそれで、あなたはYさんを説得しないといけなかったのよ」
「これぐらいのことでゴネて、人に迷惑をかける方が悪いと思います。
気に入らないなら、その場で言えばいいでしょ」
「あなたがどんどん話を進めるから、言えなかったのよ!」
オバさん、特に愚かなオバさんというのは身勝手なものである。
そして私も25才、若さを言い訳にしたくはないが
母親ぐらいの年齢のオバさんたちを相手にする根気をまだ持ち合わせていなかった。
不毛な議論に飽き飽きした私は、彼女らにたずねた。
「それで、私にどうしろとおっしゃるんですか?」
2人は顔を見合わせてから、言った。
「あなたがYさんに謝るのが、一番いいと思うの」
根気の無かった私はかなりカッとしたが、努めて平静を装う。
「嫌です」
「Yさんの機嫌を直してもらわないと、辞めるかもしれないのよ」
「かまいませんよ」
「Yさんが辞めたら私たちも続けられないし…」
今度は泣き落とし。
「かまいませんよ」
「あなた、それでいいの?
私らが辞めたら人数が足りなくなって試合に出られないし、チームは解散するかもしれないのよ?」
次は脅しだ。
「かまいませんよ…いっそ解散した方がサッパリするんじゃないかしら」
これ以上、何を言っても無駄だと思ったのだろう、2人は諦めて帰った。
私はそのままスポーツ店へ行って謝り、ユニフォームをキャンセル。
店主の夫婦は「大丈夫」と言い、「大変だったねぇ」と同情してくれた。
そして次の練習日。
Yさん一行は、何ごとも無かったかのようにやって来て
私もまた、何ごとも無かったかのように練習した。
しかし2人がうちへ来たことは、すでに皆が知っているようで、しきりに私の顔色をうかがっている。
気の小さい人たちなので、その胸の内は嵐の中の小舟のように揺れているだろう。
ユニフォームがどうなったかをたずねる勇気のある者は、いなかった。
そのまま何ヶ月かが経って、私は二人目の子供の妊娠がわかり、チームを抜けた。
せいせいしたと思ったら、またあの2人がうちへ来た。
「みりこんさん、あの時はごめんなさいね」
「お産が終わったら、また戻って来てちょうだいね」
今さら何を言うか…と思いつつ、甘い言葉を聞き流す。
こいつらがしおらしいのは、反省したからではない。
その証拠にアレらは言った。
「あなたが戻らなかったら、私らのせいになるかもしれないのよ」
私に直接文句を言ったことをチームから責められ、「戻る」という確約を取りに来たのだ。
封建村のオバさんたちは、やっと気づいたらしい。
チームで唯一のアタッカーであり、唯一のブロッカーであり
唯一、サービスエースの取れる私に辞められたら困ることに、である。
相手のミスでしか点が取れず、抽選で当たった相手には
戦う前から一勝できると喜ばれてしまう、市内一弱いチームに逆戻りだ。
ゲームでも賭け事でも、勝つ喜びを一度でも味わったら、また負けっぱなしに戻るのは嫌なものよ。
私が「戻る」とはっきり言わないので
「みんな待ってるからね」
彼女らはそう言って帰ろうとした。
「…みんなって、Yさんも含めた全員ですか?」
意地悪く、“みんな”という言葉の定義を問い直す私。
アレらはその問いに答えなかった。
私は、二度と封建村のチームに戻らなかった。
この妊娠中に夫の浮気が始まり、バレーボールどころではなくなったのもあるが
チームカラーが自分に合わなかったと気づいたことが大きい。
いつも誰かの顔色を見てコソコソしているのに
何か不都合があったら急に強気になって筋違いをまくし立てる…
自分とあまりにも違いすぎる人たちの中に居続けるのは、面白くないと知った。
数年後、生まれた次男が幼稚園に行き始めたので
私は以前から熱心に誘われていた別のチームに入った。
このような移籍は掟破りとされ、やる人はほとんどいなかったが
新しいチームメイトの中にバレーボール協会の重鎮がいたのと
封建村チームの特異性は昔から知れ渡っていたため、騒ぎにはならなかった。
そうまでしてバレーをやりたかったわけではない。
器用貧乏の私はやればたいていのことはできるが、汗をかくのはむしろ嫌いだ。
が、次男の出産と同時に義理親との同居が始まり、我慢の多い日常を過ごしていた。
嫁の外出を嫌がる両親だったが、新しいチームには義父のゴルフ仲間の奥さんがいたので
彼らは私に行くなとか辞めろと言いたくても言えない。
だから反抗心で続けていたようなものだ。
バレーを続けるからには、相変わらずボロいユニフォームを着続ける封建村チームの面々とも
試合で顔を合わせる。
向こうは気まずそうでも、私は平気だ。
一人の私利私欲のために若手を逃した恥ずかしいチームとして、笑い者になればええんじゃ。
ともあれ高齢化いちじるしい封建村チームは、そのうち人数が足りなくなって消滅した。
《続く》
彼女の車の乗組員4人のうち2人が、自転車を連ねてうちへやって来た。
その来意は、私への抗議である。
「あなた、何てことをしてくれたの」
開口一番、乗組員その1は言った。
「Yさん、すごく怒ってるのよ」
その2も続く。
電話でなく、わざわざ来たところを見ると、よっぽど腹を立てているのだろう。
いきなり来て文句を言われたこっちもムッとしたが
前夜、他の人から事情を聞いたのは口止めされているので
先に彼女らの言い分を聞くしかない。
その内容は、こうだ。
「ユニフォームを作ることは確かにみんなで決めたけど
スポーツ店に注文するのは、みんなで決めたことじゃないでしょう。
Yさんは、ずっと反対だったのよ。
だから私らはデザインを決める時も試着に行く前も
“みんながいいと言うなら”って何回も言ったはずよ。
みんなというのはYさんを含めた全員のことだったのに
あなたはそれを無視して勝手に話を進めたのよ」
後出しジャンケンもはなはだしい。
こいつらは真っ先にカタログを開いて、はしゃぎながらデザインを決めた。
そして誰よりも先に試着に行きおったのは、スポーツ店が付けた日付けの記録に残っている。
Yさんの機嫌を損ねたことがわかると、慌てて私に責任を押し付けようとしているのだ。
「あ〜…みんながいいなら、みんながいいなら、と言ってらしたのは覚えてますよ」
私は言った。
「ほらね、私は何回も言ったんだから」
「ただの口癖かと思いました」
「違うわよ!Yさんのことを言ってたのよ!」
「はっきり言ってくれないと、わかりませんよ。
だけどユニフォームをスポーツ店で買うのはバレーボール協会の推奨だから
Yさんの意見は関係無いと思います」
「そりゃ、表向きはね。
だけどYさんは、自分の店でTシャツを注文してもらいたかったのよ」
「まさか、無理でしょ。
今の時代、背番号の大きさなんかの規定が厳しくなってるから
専門業者に任せるのは当たり前じゃないですか」
「それならそれで、あなたはYさんを説得しないといけなかったのよ」
「これぐらいのことでゴネて、人に迷惑をかける方が悪いと思います。
気に入らないなら、その場で言えばいいでしょ」
「あなたがどんどん話を進めるから、言えなかったのよ!」
オバさん、特に愚かなオバさんというのは身勝手なものである。
そして私も25才、若さを言い訳にしたくはないが
母親ぐらいの年齢のオバさんたちを相手にする根気をまだ持ち合わせていなかった。
不毛な議論に飽き飽きした私は、彼女らにたずねた。
「それで、私にどうしろとおっしゃるんですか?」
2人は顔を見合わせてから、言った。
「あなたがYさんに謝るのが、一番いいと思うの」
根気の無かった私はかなりカッとしたが、努めて平静を装う。
「嫌です」
「Yさんの機嫌を直してもらわないと、辞めるかもしれないのよ」
「かまいませんよ」
「Yさんが辞めたら私たちも続けられないし…」
今度は泣き落とし。
「かまいませんよ」
「あなた、それでいいの?
私らが辞めたら人数が足りなくなって試合に出られないし、チームは解散するかもしれないのよ?」
次は脅しだ。
「かまいませんよ…いっそ解散した方がサッパリするんじゃないかしら」
これ以上、何を言っても無駄だと思ったのだろう、2人は諦めて帰った。
私はそのままスポーツ店へ行って謝り、ユニフォームをキャンセル。
店主の夫婦は「大丈夫」と言い、「大変だったねぇ」と同情してくれた。
そして次の練習日。
Yさん一行は、何ごとも無かったかのようにやって来て
私もまた、何ごとも無かったかのように練習した。
しかし2人がうちへ来たことは、すでに皆が知っているようで、しきりに私の顔色をうかがっている。
気の小さい人たちなので、その胸の内は嵐の中の小舟のように揺れているだろう。
ユニフォームがどうなったかをたずねる勇気のある者は、いなかった。
そのまま何ヶ月かが経って、私は二人目の子供の妊娠がわかり、チームを抜けた。
せいせいしたと思ったら、またあの2人がうちへ来た。
「みりこんさん、あの時はごめんなさいね」
「お産が終わったら、また戻って来てちょうだいね」
今さら何を言うか…と思いつつ、甘い言葉を聞き流す。
こいつらがしおらしいのは、反省したからではない。
その証拠にアレらは言った。
「あなたが戻らなかったら、私らのせいになるかもしれないのよ」
私に直接文句を言ったことをチームから責められ、「戻る」という確約を取りに来たのだ。
封建村のオバさんたちは、やっと気づいたらしい。
チームで唯一のアタッカーであり、唯一のブロッカーであり
唯一、サービスエースの取れる私に辞められたら困ることに、である。
相手のミスでしか点が取れず、抽選で当たった相手には
戦う前から一勝できると喜ばれてしまう、市内一弱いチームに逆戻りだ。
ゲームでも賭け事でも、勝つ喜びを一度でも味わったら、また負けっぱなしに戻るのは嫌なものよ。
私が「戻る」とはっきり言わないので
「みんな待ってるからね」
彼女らはそう言って帰ろうとした。
「…みんなって、Yさんも含めた全員ですか?」
意地悪く、“みんな”という言葉の定義を問い直す私。
アレらはその問いに答えなかった。
私は、二度と封建村のチームに戻らなかった。
この妊娠中に夫の浮気が始まり、バレーボールどころではなくなったのもあるが
チームカラーが自分に合わなかったと気づいたことが大きい。
いつも誰かの顔色を見てコソコソしているのに
何か不都合があったら急に強気になって筋違いをまくし立てる…
自分とあまりにも違いすぎる人たちの中に居続けるのは、面白くないと知った。
数年後、生まれた次男が幼稚園に行き始めたので
私は以前から熱心に誘われていた別のチームに入った。
このような移籍は掟破りとされ、やる人はほとんどいなかったが
新しいチームメイトの中にバレーボール協会の重鎮がいたのと
封建村チームの特異性は昔から知れ渡っていたため、騒ぎにはならなかった。
そうまでしてバレーをやりたかったわけではない。
器用貧乏の私はやればたいていのことはできるが、汗をかくのはむしろ嫌いだ。
が、次男の出産と同時に義理親との同居が始まり、我慢の多い日常を過ごしていた。
嫁の外出を嫌がる両親だったが、新しいチームには義父のゴルフ仲間の奥さんがいたので
彼らは私に行くなとか辞めろと言いたくても言えない。
だから反抗心で続けていたようなものだ。
バレーを続けるからには、相変わらずボロいユニフォームを着続ける封建村チームの面々とも
試合で顔を合わせる。
向こうは気まずそうでも、私は平気だ。
一人の私利私欲のために若手を逃した恥ずかしいチームとして、笑い者になればええんじゃ。
ともあれ高齢化いちじるしい封建村チームは、そのうち人数が足りなくなって消滅した。
《続く》
そう‼やっぱりそうきたか。です。
例えば女が12人おったら、やばい自分中心のやつが二三人必ずいます。
そして義侠心というか、それじゃおかしいやろというのは、ひとりか二人。そして、義侠心組はおかしなやつより必ず人数が足りんのです。で、弾かれる。
今になって一番腹たつのは、残りの7、8人じゃ‼
思っていても絶対に言わない、誰かが矢面に立つのを待っとる。何かあったらやばいほうになびく。自転車組の人たちも何も言ってくれんかったでしょ?
25才みりこんさんがはっきり辞めてくれてとてもスカッとしました。
昨日 何かで読んだ文章の中に書いてあったのですが
自分の為だけ…は、いつか破滅する…だったかな?
自分の経験値と照らし合わせて 成程と思った次第でした。
それと みりこんさんらしい 最後のピリッとした言葉
「みんなって、…」
そして 敵陣アタッカーとしての登場。
スカッとジャパンみたいですね(^。^)
ありがとうございます。
一つの集団があると、しおやさんがおっしゃる通りの割合になりますね。
色々経験されたんですね。
両極の残りの7、8人笑
考え方によって両極が生まれるのは必然であり仕方がないんです。
一番罪深いのは、損得によって流され、自分を持たない多数派だと思います。
口では穏便を望みながら炎上を待ち焦がれ
時々、油を注ぎながらも被害者ヅラする。
だから自転車組がいっち嫌いです。
しかしそのお陰で、あんなお母さんには絶対になるまいと
逆の目標ができました。
その決意に沿って生きて来られたのは幸いだと思っています。
確かに自分のことしか考えられないと、行き詰まって破滅ですよね。
いかどんさんも大変な思いをされたんですね。
「みんな」で陥れられたんですから、「みんな」で返しますばい。
子供っぽいけど、当時も今もそれしか思いつきませんわ。
敵として試合で何度も当たりたかったけど
抽選があるので、1回しか試合しないまま消滅しました。
ちょっと残念でした。