殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

原因と結果・3

2023年03月06日 08時45分43秒 | みりこん流
Uが初めて同窓会に顔を見せて以来、彼のわかりやすい出世は

うだつの上がらない同級生男子にとって羨望の的となり

同窓会の集まりではよく話に出た。

しかし同級生で唯一のセレブ、ユータローは

「ヤツの名前を聞きたくないな」

私にこっそり言ったものである。


ユータローとUは、家が近かった。

そして学校区ギリギリ、つまり小学校から遠かった。

ユータローの親は企業の社長で、広い工場は町外れにある。

彼の住む豪邸はその敷地内にあり、Uの家はその付近の長屋だ。

ユータローは学校の行き帰りにUから毎日、暴力を振るわれていたという。

男子には何もしないと思っていたが、彼にだけはやっていたそうだ。

それを聞いたら誰でも、やられたらやり返せばいいと思うだろうが

上品な家庭で御曹司として育てられたユータローが

無限の体力と発達した運動能力を持つ仁王みたいなUと戦っても、報復がひどくなるだけである。


「学校から遠い分、暴力も長いわけよ」

彼は苦笑いをしながらサラッと言うが、そのことを大人になってから初めて知った私は

ずっと黙って耐えたユータローを尊敬した。

Uは異性への歪んだ興味も強かったが、金持ちへの嫉妬も強かったらしい。


時は10年ほど流れ、単身赴任地の横須賀で定年の55才を迎えたUは、めでたく退官。

長崎の妻子の元へ帰って、再就職すると聞いていた。

最後の数年は、護衛艦だかの事故などトラブル続きが元で第一線から退き

早い話が左遷状態だったそうだが、それを聞いてほんの少し溜飲は下がったものの

「いよいよヤツにも天罰が?」

とまでは思わなかった。

退職金も年金も御の字、本人は花道を歩いた時だけ思い出していればいいのだ。

小中学校時代の悪行三昧を皆の前で「楽しかった思い出」と言ってのけたUなら

それができるだろう。


一方で55才の同じ頃、ユリちゃん、マミちゃん、けいちゃん、モンちゃん、私の

仲良し同級生5人は、“5人会”を結成した。

以下の話も『宇宙人』でお話ししたことがあるが

5人会のメンバー、ユリちゃんと頻繁に会うようになった私はある日

彼女から悲しい思い出を聞かされたのだった。


ユリちゃんのパパは、我々の中学で国語の教師をしていた。

中2の終わり、どのような経路を辿ったかは不明だが

職員室に居たユリパパに、他の先生から宛名の無い手紙が渡された。

花柄の便箋と封筒が使われ、差出人は彼の娘、ユリちゃん。

定規を使ったカクカクした文字で、筆跡を隠していたという。


手紙の内容は

「あなたが好きでたまりません。

私の全てをあげたいので、◯月◯日の日曜日、△時に町のどこそこで待っています」

というものだ。


ユリちゃんは、パパからひどく叱られた。

昔はこんなことがあると、ターゲットになった方に隙があるということになったものだ。

今じゃドラム缶と化したユリちゃんだが、当時は細くて可愛く、学年男子のマドンナだった。

美少女の居る家庭は、何かと大変なのである。


特にユリちゃんの家はお寺、つまり古風な業界である。

そして父親は、教師兼住職。

教師はプライドが高い。

僧侶はさらに高い。

変な手紙によって、職場で恥をかかされたユリパパの怒りは強かっただろう。

町の人々の目に留まったり噂にならないよう

家族で一度も外食に出かけなかったほどの厳格な家に、この手紙は甚大な衝撃をもたらした。


家族会議の結論は、手紙に書かれた日時にユリちゃんと母親が遠出するというものだ。

地元にいなければ、手紙の相手と会ったことにならないからである。

その後、家はますます厳戒態勢になり、ユリちゃんは何年にも渡って

両親からこの件を蒸し返されては小言を言われたという。

「あの時の悲しさは、今も忘れられない。

どこの誰だか知らないけど、心底憎たらしいわ」

ユリちゃんは、そう結んだ。


しかし話を聞くうち、私にはそれがどこの誰だかわかった。

中2の終わり、転校を前にしたUが花柄の便箋をヒラヒラさせながら

「これで誰を泣かせてやろうかな〜」

私の目の前でニヤニヤしながら言ったのを思い出したからだ。


当時はその便箋で何をたくらんでいるのか、全くわからなかった。

自分がやられるかもしれないという悪い予感はあったが

結局、Uがターゲットに選んだのはユリちゃんだった。

そして私は変質的な手紙の代わりに、音楽室の忘れ物ノートへと差し替えられたのだ。


ユリちゃんに、そのことは言わなかった。

他のメンバーを交えて、たまたまUの話になったからだ。

Uの仕打ちは、今だ頻繁に女子の話題にのぼっていた。


その時、ユリちゃんは我々の悪口をたしなめたものである。

「私、U君とはずっと文通してるけど、あの子、本当はいい子なのよ」

Uを信じ切ってかばう彼女に、「手紙の犯人は、そのUじゃ」とは言いにくい。

自分だけでなくユリちゃんまでが

人生に影響するほどの目に遭わされていたのにも驚いたが

何食わぬ顔で何十年もの間、文通していたUの性根にも改めて驚いた。


それにしても、あんなヤツがイッチョマエに出世して、家族を持って

国防だの国家機密だのと日本単位で物を言い、偉そうにできるなんて。

やっぱり天の優待券は、あるんだろうか。

それとも大人になってものすごく頑張れば、過去は帳消しになるんだろうか。

55才の時点で、私はまだ結論には至っていなかった。


しばらくしてUが退官と同時に離婚した話が、同級生の男子から伝わってきた。

長崎のマンションと退職金の半分は奥さんのものとなり

帰る家を失った彼は岡山の民間企業へ再就職したそうだ。

離婚を強く希望したのは奥さんの方で、Uは何が何だかわからないまま

応じるしかしなかったとこぼしていたという。

Uと結婚した奥さんはかなりの勇者だと思っていたが、普通の女性だったようだ。


とはいえ住まいを得、子供が成長し、さらに退職金が入ったタイミングでの離婚は

よくあるケース。

周りにも何人かいるので、それ以上の何かを感じることはなかった。


次にUの消息を知ったのは、それから3年後。

同窓会で行く還暦旅行に向けての準備が始まった頃で

私は会計係だったので、役員同士は密に連絡を取り合っていた。

そんなある日、同窓会長がUからのメールを私に転送してきた。

「去る◯月◯日、最愛の娘が亡くなりました」

メールは、この一文で始まっていた。

《続く》
コメント (6)
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