殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

老人対策・2

2022年10月31日 10時39分58秒 | みりこんぐらし
ナミさんからデイサービスの道を消去すると、諦めがついたのか

幾分落ち着いたようだった。

それでも彼女の心配は尽きない。

ガスの火を消し忘れる…

いつも探し物をしている…

さっきやっていたことを忘れて別のことをする…

機嫌がコロコロ変わる…

などと母親の症状を訴える。


「そんなこと、うちの義母は毎日よ」

「え?本当ですか?」

「それが普通の老人よ」

「そうなんですか?」

「トイレの失敗とかは無いんでしょ?」

「それはありません…そんなことになったら私、耐えられないです」

「あら、うちはしょっちゅうよ」

「ええっ?」

「手術で腸が15センチ短くなってて

脳からの命令と腸のやる気が一致せんけん、仕方がないんよ。

あんたのママなんて優秀じゃん」

「もしかして、うちの母より姐さんのお姑さんの方が重症…なんでしょうか…」

「まだ自分で後始末ができるけん、助かるけどね。

ママは風呂とトイレが自分でできるんなら、たいしたもんよ。

褒めてあげんさい」

「褒める…」

「怒るばっかりで、褒めたこと、あんまり無いじゃろ」

「無いです…」

「ガミガミ言ようたら、認知症はますますひどくなるんよ」

「そうなんですか…」


ナミさんの不安は、わかるつもり。

良くも悪くも家族を牽引する男手が無い心細さに加え

彼女の生活は母親の年金に頼っている部分がある。

普段はアルバイト、たまにウグイスをするだけでは

アパートの家賃を捻出して自活するのは厳しいだろう。

そんな彼女にとって、母親の衰えは最大の危機だ。

大切な母親が変わって行くことも恐ろしいが、施設入所や入院となれば現金が必要になってくる。

しかも、いずれ亡くなったら年金はパー。

物心両面において、簡単に受け入れられないのは当然である。


広島のアパートを引き払い、母親の世話をしながら

こっちで働く方がいいのではないかとも思うが、彼女にその選択肢は無い。

田舎に引っ込んでウグイスの師匠と離れたら、仕事が回って来なくなるからだ。

そのため、どうしても広島市内に住む必要があるという。

そんなに好きなのね、ウグイス。

だったらもっとしゃべってもらいたいぞ。


ともあれフワフワした子だから、一度にあれこれ言っても長時間は持たない。

電話やメールで数日に渡り、彼女の疑問に答える形で接触を続けた。

その話によると、デイサービスの次に問題なのは食事のことらしい。

「食べるのだけが楽しみみたいで、ものすごい食欲なんです。

母の食欲を満たすのが、すごく大変で…」


認知症の症状が、異常な食欲として現れるタイプがあるのは知っている。

義母ヨシコの祖母も、それだったと聞いた。

近所や親戚を回っては「ヨシコがごはんをくれん…」と訴え

行く先々で食事をご馳走になるが、何軒もハシゴをするので容量オーバーは必至だ。

あげくは、お腹を壊して大惨事。

祖母の訴えを真に受けた親戚から、ヨシコは「親不孝者!」とののしられ

殴られたこともあると言っていた。

あの人も苦労してんのよ。


で、その話をしたら、「そこまでひどくはないです」とキッパリ。

それからおもむろに、衝撃の告白めいておっしゃる。

「実は…私も妹も料理が得意じゃなくて…」

そんなこと、前からわかってますよ。

選挙事務所で弁当を食べた後、さらに自分と家族の分を持ち帰りたがるあたり

料理嫌いが如実に表れている。

帰っても何も無いからで、家族の方も土産をあてにしているからだ。

割り当て以上の食べ物を欲しがる人は、たいてい料理が得意じゃない。


「何か作っても、母はすぐ食べてしまって…

買った物ばかりじゃ家計に響くし、いつも料理に追われてる感じなんです」

どうやら彼女の悩みの根源は、ここにあるようだ。

母親の認知症を嘆くというより

やりたくない料理に取り組む羽目になったことを嘆いている。


困ったぞ…私の得意分野に接近しつつあるじゃないか。

聞かれたことは無いし言ったことも無いので、彼女は私が病院の調理師だったとは知らない。

彼女が注目するのは、今まで誰の選挙を手伝ったか…それのみだ。

料理が仕事だったなんて知られたら、甘えて寄りかかるのは目に見えている。

セーブ、セーブ。


「認知症って、便秘してる時に不思議ちゃんになることが多いんよ。

脳と大腸は連動しとるけん、人間は便秘したら不安になるようにできとるけんね。

好きじゃない料理でも作らんといけんのなら、食物繊維の多い食材を使うたらええよ」

「そういえば母がおかしくなるのは、便秘の時が多いです」

「不安がそうさせるんよ。

認知症の人が徘徊したり暴力的になるのも、便秘の時が多いんよ」

「そうなんですか…知りませんでした」

「便秘させんように気をつけることで、ある程度はコントロールできるけん」

「なるほど…」

ホッ…話題は料理から遠のきつつある。


が、そこへ鋭い質問。

「食物繊維の多い食材って、どんなのですか?」

「小松菜とか、コーンとか、ニンジンとか、ワカメとか、サツマイモとかよ」

「そんな普通の、安い物でいいんですか?」

「モロヘイヤだのキクイモだの、変わったモンを言うたって

あんたは買わんし作らんし、ママも食べんじゃろ?

ママは歯が悪いけん、固い物もいけんし、とりあえず親しみのある物で様子を見るんよ」


「わかりました!それなら私にもできそうです!」

喜ぶナミさんに、私もバカだから興に乗り

簡単に野菜が摂れるナムルのレシピを教えたり、具沢山の味噌汁や豚汁を提案。

「かったるいと思ったら、ドラッグストアで食物繊維の顆粒を買って

味噌汁やスープに仕込んだらええよ」

などと話す。

こんなことで母娘3人が楽になるなら、お安い御用じゃないか。


「姐さん、すごいです!

何でもよく知っておられるから頼りになるし、ありがたいです!

これからも色々聞いていいですか?」

危ない…いつものおだて作戦だ…と思った時には遅かった。

「姐さん、どんな物を食べさせたらいいのか

一回、見本を作ってくださったら嬉しいんですけど。

母のためにも、お願いしますぅ」


来た…

過去2回の選挙では、この手で過剰労働に陥った。

わたしゃ、おだてに弱いタイプじゃないけど

この子はタイミングを計るのが天才的にうまくて、いつも気がついたら働かされている。

候補もそれには気づいていて、ギャラには密かに差をつけているが

選挙だけかと思ったら日常生活でもそうなのね。


しかし、その手には乗るか。

隣のおばさんが引っ越し、そのまた隣の夫婦もいなくなった今

おかずの差し入れをする対象が減って手持ち無沙汰なので

ナミママに一度や二度の差し入れをするのは、まんざらやぶさかではない。

しかしこの子らの家は遠く、ナミさんはペーパードライバーだから

こっちが届けることになる。

そこまでしてやる義理は無い。

こっちは一生懸命でも、あっちは「一食もうかった」としか思わず

欲を出して次を期待する。

利用されて砂を噛むのは、お寺料理で学んだのじゃ。


「じゃあ選挙が始まってLINEが繋がったら、見本の写真を送るね」

だから、そう言った。

「え〜…写真だけですかぁ?」

最近、スマホに変えたナミさんとは、まだLINEの交換をしてないのだ。

よくやった…私。

《完》
コメント (4)
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