足の痛みに耐えながら片付けを続けたが、キリが無いので見切った。
流し台、ガス台、調理台、配膳台…
それぞれ台と名のつく物の上からガラクタを取り除き
表面が現れて元が何だったかわかり、本来の目的を実行できれば良しとするしかない。
こんなに散らかしながら、ユリちゃんお得意の生け花だけは
ただでさえ狭い配膳台の上にドカンと置いてあるのもいまいましい。
今回は大量の菊じゃ。
料理をする者にとって、台所の生け花は迷惑以外のなにものでもない。
スペースの問題だけでなく、花粉、花びら、匂い。
不注意で花瓶が倒れることもある。
しかも小柄なユリちゃんが生けた花の先端は、長身の私の目の位置だ。
花に注意しながら作業をすること自体が厄介。
春先に梅の枝なんて生けられた日にゃあ、目ぇ突かれそうだったぞ。
けれどもユリちゃんには、他に良い所がたくさんある。
細やかな気配りも、その一つだ。
数年前に私がお腹を壊して寝込んだ時
檀家の店に頼んで作らせた大量の巻き寿司や惣菜をダンボール箱に入れて、うちに運び込んだ。
「これで2日は寝ていられるでしょ」
つまり彼女は、私が起きられるようになるまで食事の支度をしなくていいように
家族全員分の食事を持ち込んでくれたのだ。
そしてそれは、この辺りでは食べられない珍しい物でなければならない。
年寄りが、その手の食品を尊び喜ぶことを知っているのだった。
一食だけのサポートなら、誰でもできる。
が、全快するまでを引き受けるなんて、なかなかできることではない。
料理が苦手だからこそ思いつくのかもしれないが、その時の感動は忘れられない。
それ以来、巻き寿司が好きになり、作るようになった。
選民意識の高い彼女には腹の立つこともあるが、そんな時は当時の気持ちを思い出し
友だちとして役に立つべく決意を新たにするのだ。
ともあれ菊を束ねてゴミ箱に捨てたい衝動を抑えつつ、いよいよ調理に入った。
今回は、すでに出来上がった物を持ち込む形が多かったので
料理らしいことといえばクリームコロッケを揚げるのと、いなり寿司の米を炊いて詰めるだけだ。
この日は総勢15人の会食。
人数はいつも会食の直前にならないとわからないが、私は気にもしてない。
多くてせいぜいこれぐらい、少なくて7〜8人。
それがユリ寺の集客力さ。
『マミちゃん作・シイタケの肉詰めエスニック風』

マミちゃん作のこの料理、お寺では3回目か4回目。
私が好きなので作ってくれるそうだが、豚ミンチのハンバーグをシイタケに詰めただけなのに
確かに美味しい。
形がコロンとして可愛らしく、大皿に盛ると映えて客受けが良いので、ほぼ定番化している。
この人、シイタケとミンチを合体させる時に小麦粉や片栗粉など
糊の役割をする粉を使わないと言う。
シイタケとミンチをギューギュー丸めたら、いらないそうだ。
だから硬めでコロコロ丸いのね、と納得。
シイタケの裏に粉を振るのはけっこう手間なので、今後は私もこの方式にしようと思った。
『みりこん作・海老クリームコロッケとうどん』

クリームコロッケは昔の得意料理。
今は高カロリーの物や乳臭い物があんまり好きでなくなり、滅多に作らなくなったが
マミちゃんが食べたいと言い、ユリちゃんも好物と言うので久しぶりに作った。
中には冷凍小海老、タマネギ、生のマッシュルームが入っている。
ギンギンに冷やしたタネを手早く丸めて揚げるのが、破裂しないコツ。
クリームコロッケには、タルタルソースとケチャップを添える。
理由…派手に見えるから。
タルタルソースにはタマネギ、茹でた赤パプリカ、茹で卵、パセリ、ラッキョウの
それぞれみじん切りが入っている。
あとはマヨネーズとコショウ、あればレモン汁少々。
うどんは、吸い物代わりに作った。
トッピングのカマボコと天かす、茹でた水菜がけっこう良い仕事をする。
豚バラと白ネギを、ヒガシマルうどんスープの素で煮る簡単なものだけど
これはどこで出しても好評だ。
いつも誰かに出汁の内容を聞かれるので、昆布とカツオだと言い張っている。
『マミちゃん作・さつま芋のレモン煮』
『マミちゃんの妹作・貧乏袋煮』

季節柄、さつま芋は大人気だった。
妹さんは、前回私が作った貧乏巻き寿司のネーミングをたいそう気に入り
おんみずから、鶏ミンチとモヤシを入れたこのきんちゃく煮を“貧乏袋煮”と命名したという。
数が足りなくて私は食べなかったので味はわからないが、美味しそうだった。
『マミちゃんの妹作・春雨の中華サラダ』

マミちゃんに負けず劣らず、妹さんも酒好きらしい。
ピリ辛の味付けが後を引く一品。
『マミちゃんの妹作・おから』
このおからを作るため、地元の豆腐店にわざわざ予約したそうだ。
そこの豆腐より、おからの方が美味しいと評判の店である。
味加減がちょうど良くて、ホッとする味。
『マミちゃんの妹作・甘栗と干し芋のカップケーキ』

本人は自信が無いと心配していたけど、干し芋の意外性が楽しい一品。
ベースはホットケーキの素、甘栗と干し芋は百均のお菓子売り場で買ったそうだ。
『みりこん作・いなり寿司』

いなり寿司は一口タイプの小さいもので、200個作成。
食べ切れない分は、炊き込みごはんと共にお土産にするつもりで作った。
私と梶田さん以外はいなり寿司を作った経験が無いため
クリームコロッケを揚げ終えた梶田さんが手早く詰めてくれて、何とか間に合った。
四角でなく、三角の油揚げを使う場合は
下の両端を折って寿司飯を包むのが美しい仕上がりのコツ。

写真がダブるが、カボチャのアズキ煮が写っているので載せた。

カボチャのアズキ煮は小さい小鉢に品良く盛り付けたかったが
人に任せたのでジャブジャブのシチューみたいになった。
他には例のごとく鮎の甘露煮を作って持ち込み、希望者にお土産として渡した。
マミちゃんの妹さんが参戦してくれたお陰で、品数が豊富になったお寺料理。
この日はたまたま政治の方面では地元じゃ有名な夫妻が、檀家として会食に参加していた。
彼らは品数の多さに目を見張り、「どれもすごく美味しい!」と喜んで
熱心に作り方を聞いたりするので、ユリちゃんのご主人モクネン君は大変な上機嫌。
彼には飯炊きAとしか見られてない私が、その政治家夫婦と古い知り合いと知った途端
うるさいぐらい私に話しかけていた。
別人のような旦那に驚いたユリちゃん。
「うちらの忘年会の会費はモクネンに出させよう」
後で我々にこっそり言った。
《完》
流し台、ガス台、調理台、配膳台…
それぞれ台と名のつく物の上からガラクタを取り除き
表面が現れて元が何だったかわかり、本来の目的を実行できれば良しとするしかない。
こんなに散らかしながら、ユリちゃんお得意の生け花だけは
ただでさえ狭い配膳台の上にドカンと置いてあるのもいまいましい。
今回は大量の菊じゃ。
料理をする者にとって、台所の生け花は迷惑以外のなにものでもない。
スペースの問題だけでなく、花粉、花びら、匂い。
不注意で花瓶が倒れることもある。
しかも小柄なユリちゃんが生けた花の先端は、長身の私の目の位置だ。
花に注意しながら作業をすること自体が厄介。
春先に梅の枝なんて生けられた日にゃあ、目ぇ突かれそうだったぞ。
けれどもユリちゃんには、他に良い所がたくさんある。
細やかな気配りも、その一つだ。
数年前に私がお腹を壊して寝込んだ時
檀家の店に頼んで作らせた大量の巻き寿司や惣菜をダンボール箱に入れて、うちに運び込んだ。
「これで2日は寝ていられるでしょ」
つまり彼女は、私が起きられるようになるまで食事の支度をしなくていいように
家族全員分の食事を持ち込んでくれたのだ。
そしてそれは、この辺りでは食べられない珍しい物でなければならない。
年寄りが、その手の食品を尊び喜ぶことを知っているのだった。
一食だけのサポートなら、誰でもできる。
が、全快するまでを引き受けるなんて、なかなかできることではない。
料理が苦手だからこそ思いつくのかもしれないが、その時の感動は忘れられない。
それ以来、巻き寿司が好きになり、作るようになった。
選民意識の高い彼女には腹の立つこともあるが、そんな時は当時の気持ちを思い出し
友だちとして役に立つべく決意を新たにするのだ。
ともあれ菊を束ねてゴミ箱に捨てたい衝動を抑えつつ、いよいよ調理に入った。
今回は、すでに出来上がった物を持ち込む形が多かったので
料理らしいことといえばクリームコロッケを揚げるのと、いなり寿司の米を炊いて詰めるだけだ。
この日は総勢15人の会食。
人数はいつも会食の直前にならないとわからないが、私は気にもしてない。
多くてせいぜいこれぐらい、少なくて7〜8人。
それがユリ寺の集客力さ。
『マミちゃん作・シイタケの肉詰めエスニック風』

マミちゃん作のこの料理、お寺では3回目か4回目。
私が好きなので作ってくれるそうだが、豚ミンチのハンバーグをシイタケに詰めただけなのに
確かに美味しい。
形がコロンとして可愛らしく、大皿に盛ると映えて客受けが良いので、ほぼ定番化している。
この人、シイタケとミンチを合体させる時に小麦粉や片栗粉など
糊の役割をする粉を使わないと言う。
シイタケとミンチをギューギュー丸めたら、いらないそうだ。
だから硬めでコロコロ丸いのね、と納得。
シイタケの裏に粉を振るのはけっこう手間なので、今後は私もこの方式にしようと思った。
『みりこん作・海老クリームコロッケとうどん』

クリームコロッケは昔の得意料理。
今は高カロリーの物や乳臭い物があんまり好きでなくなり、滅多に作らなくなったが
マミちゃんが食べたいと言い、ユリちゃんも好物と言うので久しぶりに作った。
中には冷凍小海老、タマネギ、生のマッシュルームが入っている。
ギンギンに冷やしたタネを手早く丸めて揚げるのが、破裂しないコツ。
クリームコロッケには、タルタルソースとケチャップを添える。
理由…派手に見えるから。
タルタルソースにはタマネギ、茹でた赤パプリカ、茹で卵、パセリ、ラッキョウの
それぞれみじん切りが入っている。
あとはマヨネーズとコショウ、あればレモン汁少々。
うどんは、吸い物代わりに作った。
トッピングのカマボコと天かす、茹でた水菜がけっこう良い仕事をする。
豚バラと白ネギを、ヒガシマルうどんスープの素で煮る簡単なものだけど
これはどこで出しても好評だ。
いつも誰かに出汁の内容を聞かれるので、昆布とカツオだと言い張っている。
『マミちゃん作・さつま芋のレモン煮』
『マミちゃんの妹作・貧乏袋煮』

季節柄、さつま芋は大人気だった。
妹さんは、前回私が作った貧乏巻き寿司のネーミングをたいそう気に入り
おんみずから、鶏ミンチとモヤシを入れたこのきんちゃく煮を“貧乏袋煮”と命名したという。
数が足りなくて私は食べなかったので味はわからないが、美味しそうだった。
『マミちゃんの妹作・春雨の中華サラダ』

マミちゃんに負けず劣らず、妹さんも酒好きらしい。
ピリ辛の味付けが後を引く一品。
『マミちゃんの妹作・おから』

このおからを作るため、地元の豆腐店にわざわざ予約したそうだ。
そこの豆腐より、おからの方が美味しいと評判の店である。
味加減がちょうど良くて、ホッとする味。
『マミちゃんの妹作・甘栗と干し芋のカップケーキ』

本人は自信が無いと心配していたけど、干し芋の意外性が楽しい一品。
ベースはホットケーキの素、甘栗と干し芋は百均のお菓子売り場で買ったそうだ。
『みりこん作・いなり寿司』

いなり寿司は一口タイプの小さいもので、200個作成。
食べ切れない分は、炊き込みごはんと共にお土産にするつもりで作った。
私と梶田さん以外はいなり寿司を作った経験が無いため
クリームコロッケを揚げ終えた梶田さんが手早く詰めてくれて、何とか間に合った。
四角でなく、三角の油揚げを使う場合は
下の両端を折って寿司飯を包むのが美しい仕上がりのコツ。

写真がダブるが、カボチャのアズキ煮が写っているので載せた。

カボチャのアズキ煮は小さい小鉢に品良く盛り付けたかったが
人に任せたのでジャブジャブのシチューみたいになった。
他には例のごとく鮎の甘露煮を作って持ち込み、希望者にお土産として渡した。
マミちゃんの妹さんが参戦してくれたお陰で、品数が豊富になったお寺料理。
この日はたまたま政治の方面では地元じゃ有名な夫妻が、檀家として会食に参加していた。
彼らは品数の多さに目を見張り、「どれもすごく美味しい!」と喜んで
熱心に作り方を聞いたりするので、ユリちゃんのご主人モクネン君は大変な上機嫌。
彼には飯炊きAとしか見られてない私が、その政治家夫婦と古い知り合いと知った途端
うるさいぐらい私に話しかけていた。
別人のような旦那に驚いたユリちゃん。
「うちらの忘年会の会費はモクネンに出させよう」
後で我々にこっそり言った。
《完》