殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

慰問の日

2018年09月22日 15時32分32秒 | みりこんぐらし
昨日、夕食の支度をしていたら、ガソリンスタンドから電話があった。

「ヨシキ君(次男のこと)が洗車中にダンプから落ちて

病院に搬送されました」

頭を打っているので、救急車を呼んだという。

夫の携帯にかけたが出ないので、家に電話をしたそうだ。

肝心な時に連絡がつかないのは、夫の常識である。


ここでまず何が最優先かというと、我が子の元へ駆けつけることではない。

ダンプの引き取りだ。

アクシデントというのは、たいてい都合の悪い場所で起きるもの。

早い話が、大きくてかさばる乗り物なので

いくら懇意なスタンドとはいえ、邪魔になる。

乗り手が病院送りになった以上、会社で早急に対処して

よそ様への迷惑を最小限にとどめなければならない。

私は大型免許を持っていないので

ちょうど帰って来た長男と共にダンプを引き取りに行った。


それから長男はダンプを、私は乗って来た長男の車を

それぞれ運転して会社まで行き、改めて病院へ行こうとした矢先

夫から電話があった。

「検査も診察も終わって、今ヨシキと一緒に会社へ向かっている」

夫はガソリンスタンドと連絡がついたので

そのまま病院へ行ったらしい。

入院するほどではなかったので、ホッとした。


家で一人、心配しているであろう義母ヨシコに、私は急いで連絡する。

「大丈夫だったみたいよ」

するとヨシコ

「どうしよう‥こすずがこっちに向かってる」

こすずというのは彼女の娘。

一卵性母子の片割れである。

「なんで?!」

「さっき電話したら、すぐ行くと言った‥」

こすずはその日も3時までうちに居て、帰ったばかりだったのにご苦労なことだが

昔から、何か起こると娘が必要になる母親であり

我々親子に何か起こると、見なければ気がすまない娘なので放置。


幸いなことに、次男はほぼ無傷だった。

でも打ち身が痛そう。

顔色はまだ良くないが、とりあえず安心した。

「猿も木から落ちるそうだが、ゴリラも落ちるらしい‥」

密かにそんなことを考えられるのも、無事だからこそ。


その後、息子たちはそれぞれ自分の車で帰宅したので

夫と私はお菓子屋へ行った。

ガソリンスタンドへお礼に行く手土産を調達するためだ。


礼を言って家に帰り、夕食を済ませると、恒例の家族会議。

「なぜ、このアクシデントが起きたか」

これについて、家族で話し合う。

天皇皇后両陛下の御名が、この会議に登場すると誰が予測していただろう。

はたしてそのお名前は、次男の口から出た。


次男はその日、呉市天応地区の復旧作業に参加することになっていた。

平素、この方角で仕事をすることはまず無い。

7月の豪雨災害以降、何度か行ったものの、それきりだった。


しかしこの日は、たまたま現場が天応。

朝はゆっくりでかまわないということだったので

次男のやつ、前日は夜遊びをして遅く帰ってきた。

ところが翌朝4時に連絡があって、飛び起きる。

「午前中で終わらせることになったから、すぐ出発して欲しい」

急いで詰めた弁当を持って、次男は家を出た。


時間が変更になった理由を知ったのは、現場に到着してから。

天皇皇后両陛下が午後から慰問に来られることになったので

昼以降は町に出入りできないということだった。

慰問は雨で何度か延期され、昨日やっと決行になったのだ。


次男の話では、朝からパトカーが30台ぐらい集まっていて

ものものしい雰囲気だったそう。

「もったいない!ひと目でも見て来りゃあえかったのに!」

「昼で封鎖されるんじゃけん、見られんが」

「それもそうじゃね」

ニアミスといえども、心浮き立つ私。


ともあれダンプから落下するという

ありそうで、あんまり無い出来事に

次男の寝不足が関与しているのは間違いない。

自己責任だ。


けれども身内の欲目で、我々はもう一つの原因をも話し合った。

昨年から我が社に配属されている本社雇いの昼あんどん

藤村営業課長である。


以前いた営業課長の松木氏と同じく

彼も近頃、妙な野心を持つようになった。

うちの息子たちの名前を呼び捨てにして部下扱い

あるいは弟扱いするようになり、仕事では夫を出し抜こうとする。

松木氏ほどスレてないので、騙して陥れる技術は無いものの

自分の言いなりにさせようと必死だ。


彼の引き起こす数々の迷惑の中で、最も困るのが

つまらぬ仕事を勝手に獲ってきて無理やり振ること。

仕事に上下を付けるのは、はばかられるが

ここで言うつまらぬ仕事とは、よそがやらない不利な仕事。

単発で利益が薄く、危険で車両が傷み

裏に暴力団が関与しているスペシャルワークである。


よそが避ける仕事をどこよりも安く請け負えば

誰だって契約してくれる。

落ちているものを拾っただけなのに

それを獲った、獲ったと喜んでいる。

豪雨災害以降、確かに仕事は増加しているが

藤村はそれを自分の実力と勘違いして強気になっているのだ。


「行け!」

彼はそう命令するようになり、我々は

「行かない!」と言い張る。

すると無理なスケジュールを勝手に組み

「穴を開けたら許さん!」と激昂するようになった。


彼は暴君と化したのだ。

この、裸の王様はなんぞや?

私と息子たちは首をかしげたが、夫はこの件について何ら気にしていない。

「糖尿でそのうち倒れる」と楽観的だ。

藤村は血糖値が上がって、おかしくなっているのだと言う。

感情の波が、夫の父親と同じペースだそう。

血糖値に由来するヒステリーは、止めるとひどくなるので

仕事の無茶ぶりを阻止せず、自滅を狙うと夫は豪語する。

それが夫のやり方なので、我々は従った。


そこで当面、我々にできることといったら、会社の信用を保つこと。

藤村が勝手に組んだ単発のスケジュールをこなしつつ

本来の我が社のペースに戻す努力をしていた。

そう言うと聞こえはいいが、要するに休み無しで働いて

今の山を越えるしかない。

その最中に、次男のアクシデントは起きた。

我々はこの原因にぜひ、“過労”を加えたい。


「あんたのせいで労災だ!」

夫は昨日、ここぞとばかりに藤村を責めた。

ついでに、次男が思いのほか重症だと大袈裟に言った。


今日の藤村は、おとなしい。

ちょっと胸がすいている。
コメント (12)
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