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みりこん流・美しい歩き方‥‥?

2018年09月18日 10時22分43秒 | みりこん流

前回の記事『体操夫婦』のコメント欄で

「女の子の歩き方は、躾の盲点」

そんなことをえらそうに述べた。

そしたら、いかどんぶりさんから

「美しい歩き方を教えてください」とコメントが。


もちろん、ぜひお教えしたい。

けれども私が教えられるのは美しい歩き方というより

生まれた家で施された、独自の訓練。

ああ、我ながらおこがましい。

そしてこの方法が正しいかどうかも

訓練の甲斐があったのか無かったのかも疑問ではあるが

お話しさせていただきたいと思う。



私の母親はバレエと体操をかじっていたため、姿勢や歩き方にうるさかった。

もの心ついた時分から私たち姉妹は‥

というより特に私は、彼女の熱心な指導を受けて育った。

妹よりも、バレエや体操に関心があったからだ。


幼児の頃、母親が始めた訓練は

長さ3メートルほどの細い布を使う。

それを床に敷いて、その上を歩くのだ。

布の幅は10センチほど。

平均台の幅と同じという理由からである。

細長い布は、絶対に落ちないミニ平均台というわけ。


「平均台だったら、落ちるよ」

「足元は見ずに、進む先を見て」

「外を歩く時も、ずっと平均台が続いていると思いなさい」

母に言われながら、布の上を歩く。

布が終わったら、ターン。

これを何回か繰り返すだけの短い訓練だ。

ワン・ツー、ワン・ツー‥

母の掛け声と手拍子に合わせ、私は嬉々としてこれをやった。

「細い一本道、外れると落下」を意識して歩いていると

両膝が少しこすれ合い、猫のような柔らかい歩き方になる。

足元を見ないで進む先を見るとなると、自然に姿勢も良くなるわけ。


平均台歩きはじきにマスターし、体操の技を教えてもらうようになったが

お楽しみはここまでだった。

小学校に上がると、母の関心は勉強の方へ向く。

彼女は歩き方の訓練と同じく、熱心に私の勉強を見たが

そのうち癌で寝つき、私が6年生の時に他界した。


さて中学生になると、意地悪なクラスメイトから

私の歩き方が変だと指摘されるようになった。

みんなと違うだの、生意気そうだの、胸を張って歩くのがおかしいだの

言われ放題。

そいつらは私が歩くたびに、数人でクスクス笑い

こちらを見ながらヒソヒソ話をする。


打たれ強い私だが、これにはちょっと悩んだ。

ビデオなんて無い時代、自分の歩き方なんて自分じゃ見えないじゃん。

外見が気になり始める思春期ではあるし

いじめには耐えられても、これはこたえる。

母の教えが否定されたようで、情けなかった。

とはいえ母親という守護神を失ったからこそ

嫁いびりのような意地悪が解禁されたとも言える。

母親が死んで以来、ずっとこんなもんだ。


親に死なれてナーバスになり、何もかも悪く受け止めるからだろう‥

そう思う人もいるかもしれない。

しかし違う。

母という防波堤が決壊した子供は、世間の荒波を丸腰で受ける。

人口の少ない田舎町で、子育て中の母親が死ぬことは滅多に無い。

何十年に一度も出ない子供は確かに同情されるが

そのわずかな同情が、かえって他者の嫉妬を呼び

仕打ちに残虐性が増すことを私は身をもって知っている。


じきに飽きたのか、私の歩き方についてとやかく言う者はいなくなった。

だが、執念深い私はそのことを忘れなかった。

なぜ笑われたのかを考え続けたが、いくら考えてもわからなかった。


しかし中3の秋、突如として原因が判明。

運動会で学校名物の仮装行列をやった時

クラスの女子全員で撮った記念写真を見てわかった。


ブルーマ姿の女子がズラリと並んで立っている写真だから

むき出しの足もズラリと並んでいる。

先生のサービスで、大きいサイズに引き伸ばしてあったため

各自の足が鮮明に写っていた。

それを見て初めて知ったのだ。

私ともう一人以外は、全員O脚。

昔の田舎はO脚率が高かったらしい。


私の歩き方がおかしいと言うヤツは皆、O脚だ。

この共通点に気づいた私は

受験勉強そっちのけで彼女たちの観察を始めた。


O脚さんの写真は両足のつま先がコンニチハをしていて

なんとなく女らしい感じ‥

歩く時は内股でヒョコヒョコ‥

ヒョコヒョコ見えるのは、O脚に猫背率が高いのと

膝を使わずに足の付け根で歩くため、頭が上下に動くから‥

以上、たいした発見ではなかった。


しかし圧倒的多数というのは、時に正義とすり替えられる。

羊の群れに、違う動物を発見したようなものだ。

田舎の中学生あたりの正義は、その程度のものである。

その正義によれば私は異端であり、異端は悪なのだ。

私は彼女たちにとって悪なのだから

あれこれ言われるのは仕方がないと結論付けた。


人間を観察する癖は、この時に付いたように思う。

それまでは、相手の顔しか見えていなかった。

顔だけでなく全身を見て、そこから相手の心や生い立ちをつかみ

瞬時に対応しなければ、すぐ悪人にされてしまう。

とてもじゃないけど、これから世間を渡っていけないと思ったからだ。


美しい歩き方というテーマから、ずいぶんと離れてしまったが

このコンセプトで今まで来た。

私は今でも平均台歩きだ。

歩き方で悩んだ少女時代よりも、かなり太った。

それでも膝から下だけは、猫のように軽やかだ‥多分。


年を取ると自然の摂理で

背骨は縦に丸くなりたがり、骨盤は横に広がろうとする。

平均台歩きを続けてきたせいか、私の頭がおかしいのか知らないけど

骨たちの意思がわかる。

より意識して平均台歩きをすると

彼ら?が改心するような気がするから、おめでたいものだ。


美しい歩き方を心がける‥

これはおそらく美容と健康にいいのではないかと思う。

美容と健康のためにとウォーキングを始め

膝を傷めて整形外科通いになる人は本当に多い。

やたら歩けばいいというものではないのだ。

美しく、柔らかく歩かなければ膝がもたない。


今からでも遅くはない。

美の盲点、歩き方に目を向けて生活していただけたら

日本の医療費が少しは減るのではないかと思っている。

コメント (16)
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