おまえの旦那は、近頃どうなんだ…
気のせいかもしれないが、そんな声が聞こえるような気がするので
したためておこうと思う。
《12月31日》
夜、宅配業者から電話。
「昨日うけたまわりました冷凍便ですが
お届け先へ何回うかがってもお留守で…」
依頼主は夫、送り先は市内のとある女性。
年内配送の指定になっているが
送り状に相手の電話番号が記入されていないので
携帯番号を教えるか、年を越してもいいか、または送り返すか
指示してほしいという内容であった。
夫はサウナに出かけて留守だったので、すぐには聞けない。
私はその名前に心当たりがあった。
町内にある小さな居酒屋の女将だ。
若く見えるが、60もつれの既婚女性である。
結婚前は看護師で、バブル全盛期には主婦業のかたわら
市内の建設業者の愛人だった。
基礎知識としてあるのは、そこまでだ。
2ヶ月ほど前、肉屋の店先で彼女にバッタリ会ったことがあった。
一緒に行った友人が、彼女の古い知り合いだったらしく
二人は久しぶりの再会に大はしゃぎしていた。
大人の作法としては、落ち着いた頃をみはからって
友人が私を紹介する流れとなる。
「主人がお店にお邪魔しているそうで、お世話になります」
名字を名乗ってそう言った途端、彼女からくしゃくしゃの笑顔が消えた。
「どうも…」とつぶやきながら、そそくさと立ち去ったのを見て
友人は首をかしげ、私はピンときた。
離婚のゴタゴタで傷ついたと言って近付く、夫のいつもの手だ。
いないはずの女房が肉買ってりゃ、とりあえずびっくりする。
何週間か前、車で30分ほどの町にある釜飯屋から
たまたま夫と彼女が一緒に出てきたのを目撃した。
こっちはたまたま友人と、釜飯屋のすぐ先にある
ホームセンターへ行く途中だった。
間の悪いことである。
フグ屋の前なら、あるいは文句を言っていたかもしれないが
釜飯はどうでもいい。
彼女は釜飯食ったのがよっぽど嬉しかったのか、ぴょんぴょん跳ねていた。
そこで“かまめしどん”と命名した次第である。
夫は昨年から急に、同級生との旧交を温め始めた。
幹事が常連という理由で、会合はいつもかまめしどんの店で行われていた。
元看護師、さらに知人のお古とくれば、夫の大好物。
“複数の偶然は黒”という私の定義によれば
何回か通ううちに、懇意になったと言えよう。
資金繰りに忙しい夫と、閑古鳥鳴く店の経営者…
爺と婆が肩でも頬でも寄せ合って、現実から目をそらしていれば、日は経とう。
夫は昨日の夕方、未歳暮(みりこん語…まだお返しをしてない歳暮のこと)
が何軒か残っているのを突然思い出した母親に泣きつかれ
親しい水産会社に駆け込んで手配した。
ついでにかまめしどんにも、大晦日のサプライズプレゼントを
届けるつもりだったと思われる。
送り状に自分の携帯でなく、我が家の電話番号を書いたばっかりに
私が知る羽目になったのは、残念なことであった。
宅配業者にたずねてみる。
「中味は何ですか?」
「カニです」
よその旦那に釜飯をたかる身の上で、生意気な。
きさまは腐ったイモか、クズみかんでも食べておればいいのじゃ。
「お手数ですが、こちらへ送り返してください」
そう言うと、宅配業者はホッとしていた。
ほどなく帰宅した夫には、何も言わない。
そして我が家に、タラバガニが訪れた。
着服。
《1月1日》
元旦の食卓にカニを横たえる。
雑煮とおせちの嫌いな夫は、歓迎した。
「どうしたんだ?これ」
いつになくたずねる夫であった。
「頂き物よ」
「誰から?」
珍しく食い下がる夫であった。
「人」
「…」
およそのことを察した夫であった。
《1月2日》
3年に一度の同窓会。
ここ何回か、仕事で行けなかったので、久しぶりの出席である。
私は今年から3年間、同窓会の会計係に任命された。
その特権で、出席者の名前は把握しており
大嫌いないじめっ子、Kは来ないとわかっているので、足取りは軽い。
何年も前、国を守る某組織の制服を着込んで同窓会にやって来た、あのKである。
詳しくはカテゴリー『異星人』を見てちょ。
これも会計の引き継ぎで知ったのだが
ヤツは年間5千円の会費を5年分払っていない。
同窓会に出席するには、未払いの会費に加え
今年の会費と、同窓会の参加費8千円
計3万8千円を受付けで支払わなければ、参加できないのだ。
ヤツのケチな性格上、同窓会には二度と来ないと踏んでいる。
国を守る前に、決まり守れや。
くっくっく。
数名の友達と誘い合わせ、会場のホテルがある町へ早めに出かけた。
お茶よ、買物よと遊び回り、同窓会に遅刻。
受付けで、席順のくじ引きがあった。
遅刻したので、くじはもう数枚しか残っていない。
人をつかまえてはくどくどと出世自慢をし、あげくはバカにするので
誰も近寄らないM君の隣りだけは嫌…
先生達と一緒のテーブルも、騒ぎにくくて嫌…と思っていたら
よりによってM君と先生に挟まれた席を引き当ててしまった。
確率37分の1のプラチナシートである。
が、今年はM君、Kの話をするではないか。
「転勤してくれてホッとしたよ」
それまでは住所が近かったので、たかられたり
遊びに来た家族を泊めろと言われたり、色々あったらしい。
「地元の子にも迷惑かけてるのか…彼の勘違いは病的だから、気をつけなよ」
忠告はあとの祭だったものの
途端にM君がいい人に見えるゲンキンな私であった。
《1月3日》
家事を夫に任せ、帰省中の友と遊ぶ。
もちろん送迎もしてもらう。
今のうちだ…今なら何でもしてくれる。
実家の倉庫の片付けも、近いうちにやらせる手はずになっている。
母は遠慮して、暖かくなってからでいいと言ったが
バレ始めの今が、一番使い出があるのだ。
こうして私の年末年始は終わった。
ありふれた日々であった。
気のせいかもしれないが、そんな声が聞こえるような気がするので
したためておこうと思う。
《12月31日》
夜、宅配業者から電話。
「昨日うけたまわりました冷凍便ですが
お届け先へ何回うかがってもお留守で…」
依頼主は夫、送り先は市内のとある女性。
年内配送の指定になっているが
送り状に相手の電話番号が記入されていないので
携帯番号を教えるか、年を越してもいいか、または送り返すか
指示してほしいという内容であった。
夫はサウナに出かけて留守だったので、すぐには聞けない。
私はその名前に心当たりがあった。
町内にある小さな居酒屋の女将だ。
若く見えるが、60もつれの既婚女性である。
結婚前は看護師で、バブル全盛期には主婦業のかたわら
市内の建設業者の愛人だった。
基礎知識としてあるのは、そこまでだ。
2ヶ月ほど前、肉屋の店先で彼女にバッタリ会ったことがあった。
一緒に行った友人が、彼女の古い知り合いだったらしく
二人は久しぶりの再会に大はしゃぎしていた。
大人の作法としては、落ち着いた頃をみはからって
友人が私を紹介する流れとなる。
「主人がお店にお邪魔しているそうで、お世話になります」
名字を名乗ってそう言った途端、彼女からくしゃくしゃの笑顔が消えた。
「どうも…」とつぶやきながら、そそくさと立ち去ったのを見て
友人は首をかしげ、私はピンときた。
離婚のゴタゴタで傷ついたと言って近付く、夫のいつもの手だ。
いないはずの女房が肉買ってりゃ、とりあえずびっくりする。
何週間か前、車で30分ほどの町にある釜飯屋から
たまたま夫と彼女が一緒に出てきたのを目撃した。
こっちはたまたま友人と、釜飯屋のすぐ先にある
ホームセンターへ行く途中だった。
間の悪いことである。
フグ屋の前なら、あるいは文句を言っていたかもしれないが
釜飯はどうでもいい。
彼女は釜飯食ったのがよっぽど嬉しかったのか、ぴょんぴょん跳ねていた。
そこで“かまめしどん”と命名した次第である。
夫は昨年から急に、同級生との旧交を温め始めた。
幹事が常連という理由で、会合はいつもかまめしどんの店で行われていた。
元看護師、さらに知人のお古とくれば、夫の大好物。
“複数の偶然は黒”という私の定義によれば
何回か通ううちに、懇意になったと言えよう。
資金繰りに忙しい夫と、閑古鳥鳴く店の経営者…
爺と婆が肩でも頬でも寄せ合って、現実から目をそらしていれば、日は経とう。
夫は昨日の夕方、未歳暮(みりこん語…まだお返しをしてない歳暮のこと)
が何軒か残っているのを突然思い出した母親に泣きつかれ
親しい水産会社に駆け込んで手配した。
ついでにかまめしどんにも、大晦日のサプライズプレゼントを
届けるつもりだったと思われる。
送り状に自分の携帯でなく、我が家の電話番号を書いたばっかりに
私が知る羽目になったのは、残念なことであった。
宅配業者にたずねてみる。
「中味は何ですか?」
「カニです」
よその旦那に釜飯をたかる身の上で、生意気な。
きさまは腐ったイモか、クズみかんでも食べておればいいのじゃ。
「お手数ですが、こちらへ送り返してください」
そう言うと、宅配業者はホッとしていた。
ほどなく帰宅した夫には、何も言わない。
そして我が家に、タラバガニが訪れた。
着服。
《1月1日》
元旦の食卓にカニを横たえる。
雑煮とおせちの嫌いな夫は、歓迎した。
「どうしたんだ?これ」
いつになくたずねる夫であった。
「頂き物よ」
「誰から?」
珍しく食い下がる夫であった。
「人」
「…」
およそのことを察した夫であった。
《1月2日》
3年に一度の同窓会。
ここ何回か、仕事で行けなかったので、久しぶりの出席である。
私は今年から3年間、同窓会の会計係に任命された。
その特権で、出席者の名前は把握しており
大嫌いないじめっ子、Kは来ないとわかっているので、足取りは軽い。
何年も前、国を守る某組織の制服を着込んで同窓会にやって来た、あのKである。
詳しくはカテゴリー『異星人』を見てちょ。
これも会計の引き継ぎで知ったのだが
ヤツは年間5千円の会費を5年分払っていない。
同窓会に出席するには、未払いの会費に加え
今年の会費と、同窓会の参加費8千円
計3万8千円を受付けで支払わなければ、参加できないのだ。
ヤツのケチな性格上、同窓会には二度と来ないと踏んでいる。
国を守る前に、決まり守れや。
くっくっく。
数名の友達と誘い合わせ、会場のホテルがある町へ早めに出かけた。
お茶よ、買物よと遊び回り、同窓会に遅刻。
受付けで、席順のくじ引きがあった。
遅刻したので、くじはもう数枚しか残っていない。
人をつかまえてはくどくどと出世自慢をし、あげくはバカにするので
誰も近寄らないM君の隣りだけは嫌…
先生達と一緒のテーブルも、騒ぎにくくて嫌…と思っていたら
よりによってM君と先生に挟まれた席を引き当ててしまった。
確率37分の1のプラチナシートである。
が、今年はM君、Kの話をするではないか。
「転勤してくれてホッとしたよ」
それまでは住所が近かったので、たかられたり
遊びに来た家族を泊めろと言われたり、色々あったらしい。
「地元の子にも迷惑かけてるのか…彼の勘違いは病的だから、気をつけなよ」
忠告はあとの祭だったものの
途端にM君がいい人に見えるゲンキンな私であった。
《1月3日》
家事を夫に任せ、帰省中の友と遊ぶ。
もちろん送迎もしてもらう。
今のうちだ…今なら何でもしてくれる。
実家の倉庫の片付けも、近いうちにやらせる手はずになっている。
母は遠慮して、暖かくなってからでいいと言ったが
バレ始めの今が、一番使い出があるのだ。
こうして私の年末年始は終わった。
ありふれた日々であった。