殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

大柄組合

2012年01月20日 13時24分34秒 | みりこんぐらし
               “アツシの見立て”



知人のラン子は、このところ仕事が暇だそうで、よく電話をしてくる。

この日、長い世間話の後で、思い出したように彼女は言った。

「そうそ、3月は、孫の卒園式なのよ」

   「あら、おめでとう」

「娘に着せるものがねえ…

 そこら辺のものじゃ気に入らないのよ」


ラン子の一人娘は、30代前半。

人間がもう一枚、人間の着ぐるみを着たような

縦も横も巨大な女の子であった。

そこら辺のものじゃ入らないのは“気”じゃなくて“体”だと思う。


「着物にしようかしらん」

   「そうしなさいよ…わざわざ買うことないじゃん」

「ねえ、みりこんさんの着物って、やっぱり長めに作ってあるんでしょ?」

   「うん…普通のサイズだと、袖が短いからね」

「じゃ、みりこんさんのだったら、合うかもしれない」

電話の本題は、これであった。


ラン子はどうも、着物を所望しているようだ。

「着物は私、うるさいほうだから、娘にもかなりの支度をしたのよ」

前にそう言っていたが、どうやら口ほどでもないらしい。


ラン子の遠回しな要望を受けて、娘に洋服をあげたことは

これまでにも何回かあった。

いつも、世間話でのさりげない情報収集と打診を経て

孫の行事が…友達の結婚式が…そろりそろりと本題に入る。

おしゃべりしているうちに、成り行きで希望が叶ったという

ストーリーが必要なのだ。

いきなり言って拒絶されると、立ち直れないからだと思われる。


孫ができれば、なんやかやと行事が多くなる。

独り身で、持病を抱えながらのパート勤めでは

嫁いだ娘の衣装まで面倒見きれないのは、他人でもわかる。

娘のほうも察してやればいいようなものの

「無い」だの「欲しい」だの、つい口に出してしまうのが

娘という生き物だ。


ラン子は親心と現状の板挟みで、ひそかに苦しんでいたが

やがて新調でなく、娘と同じ大柄組合員の私から調達する道を切り拓いた。

娘のほうが私より格段に大きいので

着られたのか、小さかったのかは知らない。

よそのオバサンの古着なんていい迷惑だと思うが

娘の選択肢を一つ増やせたことに、ラン子は満足そうだった。


若い頃別れた旦那、離婚の原因となった浮気相手の女

旦那の両親、冷たかったあの人この人、ついでに娘の姑…

憎む相手がたくさんいて、忙しいラン子だった。

その姿は、別の道を選んだもう一人の私のような気がしてならない。


私は着物を貸すことを快諾した。

今の流行ではないし、たいした品でも無いが

役に立てれば嬉しいではないか。


若いお母さんらしいもの…という理由で選んだ訪問着は

その昔、夫の両親があつらえてくれた。

出入りの呉服屋の口車に乗って、御所車の訪問着ができあがったわけだ。

柄の見立ては、なんと義父アツシ。

我ら義理の親子にも、短かったが、こんな蜜月時代があったのだ。


夫の度重なる浮気で、それは終わったとも言える。

しかし現実に手を下して終わらせたのは、負の感情に支配され

愛することをやめた私自身だったと、今は思う。


こんなありがたさの一つ一つに気づけなかったから

氷河期がやってきたのだ。

氷河期を経て、再び蜜月となったのは、私にとって幸運であった。

着物を手に、しばし感慨にふける私よ。


ラン子に、この着物を近いうちに届けると約束する。

「ついでに帯と、長襦袢もね」

「草履とバッグも貸して」

結局、何も無いんじゃんか。

最後に「あ、足袋も、足袋も」と言われ、承諾した私を

人はバカと言うだろうか。


翌日、またラン子から電話。

「ねえ、借りる予定の着物だけど、もらうわけにはいかない…よね?」

うっ、そうきたか。

    「やらんで」

「下の子もいるし、活用すると思うのよ。

 あなた、娘もいないんだし…」

    「ダメじゃ」

思い出深い着物である。

いずれ両親亡き後、たまには眺めて偲ぶ予定だ。


さらに翌日、電話。

「卒園式は何とかなるとして、入学式はどうしよう。

 みりこんさん、黒の絵羽織があるって、言ってたわよね」

言った、言いました。

   「いまどき黒絵羽織なんて、化石よね~!ギャハハ」

と笑いました。

「決めた、それにしよう。

 誰も着ないから、かえって新鮮かも」

   「ラン子君、それは、君が決めることかな?」

「フフッ」


ここで初めて気づく。

今年の卒園式と入学式が終わったら、2年後には下の子が控えている。

また何年かしたら、上の子が中学、次に下の子が…

そのたびに、これかよ。

わ~!めんどくさ!


大柄組合・衣装部は、当分閉店できないじゃないか。

いったい何年後まで営業するんだろう。

それを知りたい欲望は、軽い後悔を越えた。
コメント (34)
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