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殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

羽子板

2012年01月05日 10時53分48秒 | みりこん昭和話
明けましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願い致します。




子供の頃、正月には毎年、羽根つきをした。

普段はしないのに、なぜか正月には、しなければ気がすまなかった。

三が日が過ぎると、なぜか途端にやる気が失せる

期間限定の不思議な遊びであった。


元日、晴れ着を来て写真館へ行き、妹と二人で記念写真を撮ったら

心はすぐに羽根つきへと向かう。

羽根つきは、まず近所にある駄菓子屋で

プレー用の羽子板と羽を買うことから始まる。

元日から営業しているのは、商売気というより

コマや羽子板を買いに来る子供に、いちいち店を開けさせられるのが

面倒だからと思われる。


羽子板は、小ぶりな木の板に

花や人形の絵が描いてあるシンプルなものと

板の下方の持ち手に近い部分に、直径2センチほどの穴が空いており

そこに小さな鈴がぶら下がっている豪華版とがあった。

羽を打つたびに、チリン、チリンと鳴る仕掛けである。


小さい頃は、鈴に惹かれて豪華版を求めていたが

勝負にこだわる年齢になると、鈴の穴が

羽の行方に差し支えることを発見する。

シンプルイズベスト。


私は無敵であった。

なにしろ対戦相手は、一つ下の妹のみ。

周辺の子供は皆、母親の実家へ出かけていたからだ。

我が家の場合、家がそのまま母親の実家なので

帰省する必要が無いのだった。


3年生の時だったか、妹は着物を早く脱いだ。

洋服に着替え「羽根つきで姉ちゃんに勝ちたい…」

などと、母に耳打ちしている。

なにをこしゃくな…こっちは着物のまま勝ってやるわい。


が、洋服の妹は、身軽で強かった。

私はジリジリと追い上げられ、負けそうになる。

これはいけない…ということで、私はタイムをかけ、家にとって返した。

家には“羽根つきをしてはいけない羽子板”

というものがあるのを思い出したのだ。


いつもガラスケースに入っているそれは、子供の私にとって

かなり大きいものであった。

片面には、ごついアップリケが貼り付けてある。

着物を着て日本髪を結った女性の上半身。

肩や髪が羽子板の幅に収まりきらず、はみ出しているさまが横柄そうに見え

つり上がった細い目に、以前から軽い恐怖を感じていた。

しかし、勝つにはこれしか無い!と思った。

“羽根つきをしてはいけない羽子板”には、隠れた魔力があるに違いないのじゃ!


問題の羽子板をこっそり持ち出す。

お…重たい。

この重さは、秘めたる力の重量…私にはそう思えた。


羽子板を抱え、意気揚々と勝負の場に戻った私を見て

妹は「いけないんじゃないの…?」とは言ったが

姉に逆らう勇気は持たなかった。


   「さあ、来い!」

得意げに振り上げようとするが、羽を追うどころか

持ち上げるのがやっとこさ。

勝負は逆転というより、自滅。


その時、私はひらめいた。

そうだ…使用法を間違っていた…

表のアップリケの部分で打てば、つり目のオネエさんが

キャッチしてくれるのではないか。


私は峰打ちをする武士のように、羽子板の向きをくるりと反転させ

アップリケの面を妹に向けた。

しかし、羽はアップリケの凸凹に当たって

イレギュラーな方角への落下を繰り返すだけであった。

オネエさん、キャッチして投げ返してくれそうな気配は無い。

ふがいない女だ。


振り回しているうちに、アップリケの上半分が

板からバラリとはがれた。

羽を打とうと羽子板を動かすたびに、半分はがれたアップリケが

バッタンバッタンと遅れて羽子板に跳ね返る。

ろくに打ち返せないまま、点差はさらに開いた。


「姉ちゃん…もうやめようよ…」

妹は心配そうに、何度も言う。

    「いいや!まだまだじゃ!」

しつこく食い下がる私。


やがてアップリケの全身が、土台から完全に分離して地面に落ち

羽子板はグンと軽量化された。

勝負はこれからじゃ。

やっと羽子板に慣れてきて、いよいよ魔力が発揮されるのじゃ。

アラジンの魔法のじゅうたんだって、最初はうまく乗れなかったじゃないか。


「私、帰る…」

妹は、家の中に入ってしまった。

   「ダメじゃ!まだやるんじゃ!」

その背中に向かって叫ぶ。

家の前で臨戦態勢のまま待つが、妹は戻ってこなかった。


しかたがないので、私も帰ることにする。

落ちたアップリケを拾ったが、顔の部分は泥で汚れてしまった。

羽子板と一緒に、父の事務机にそっと放置。


始末に困ったものは、こうしておけばたいていどうにかなる。

行き詰まった工作の宿題も、壊れたおもちゃも、どうにかなっていた。

空の財布を置いておけば、小銭が入れられていた。

露店で買ってつつきまわしたあげく、ぐったりしたヒヨコだって

新築の小屋に入れられて、元気にピヨピヨ鳴いていた。

私にとっては魔法の机であった。


後で見たら、羽子板は予想通り、ガラスケースに戻っていた。

ただし羽子板の女性は、色白ではなくなり

褐色の日焼け美人になっていた。
コメント (26)
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