笹野屋のお嬢様のお話は、止まらない。
世が世なら、私のような平民が
気やすく口をきけるご身分のおかたではないらしいので
こうしてお声を拝聴できるだけで、ありがたいと思わなければなるまい。
中元歳暮を送るたびに、旦那の所にお礼の電話があるという。
「文句は私に言って、お礼は主人なんですよ!
考えて、選んで、送るのは私ですよ?」
「いいじゃないですか~、嫌な電話が1本でも減って…」
「それだけじゃないんですよ!
必ず、おいしくなかったと、主人に言います!」
「ズケズケおっしゃる姑さんですね」
「そうでしょ?ひどいでしょ?
私はね、いいお店で、いいものを、吟味して吟味して送ってるのに!
ただでさえ体調が悪いのに、今からお歳暮が気になって、もう憂鬱で憂鬱で…」
「今から…
1年の半分は盆暮れの心配となると、つらいですね。
送らなければいいんでは…」
黙って聞いてりゃいいものを、ついイジりたくなるのは
私の悪い癖である。
「そんなわけにはいきませんよ!私の気がすみません!」
「なるほど…じゃ、毎回同じものを
もう勘弁してくださいと言われるまで送るとか…」
「そんなこと、できませんよ!
これ以上言われたら、ますます体の具合が悪くなります!」
※さらに延々と続くので、早送り
誰が聞いても、わかると思う…悩みの根源は、贈り物ではない。
姑の言葉をダイレクトに伝えてしまう、アホな旦那だ。
黙って心に収めておくなり
「次はこういうものにしたらどうか」とさりげなくアドバイスするなり
中元歳暮は自分が担当するなり
もっと気を使えば、妻の悩みはひとつ減るのである。
あてにならない旦那への不満を、姑憎しにすり替えているとも言えよう。
しかし、今の彼女にそれを言っても、混乱するだけなので言わない。
話は、生い立ちに移っていく。
母親の死で大学進学をあきらめ、女将として旅館を切り盛りしたこと…
結婚で女将を退き、ふがいない弟に任せた途端、旅館が倒産したこと…
旦那の転勤で遠方に暮らしている時、父親を一人で死なせたこと…
悩みを多く、深くしている人は、人生の要所要所に、後悔という布石がある。
「私がこんなに体調が悪くて苦しいのは、父が成仏してないからだと思うんです。
父の霊をなぐさめるために、毎晩、お風呂に入って
1時間お経を唱えるのを日課にしています」
「風呂で1時間!」
「はい。供養は大事でしょ?
一人ぼっちで亡くなった父は、無念だったと思うんです」
「死ぬときゃ、みんな一人ですからね~。
私、死んだことがないので、よくわかりませんけど
かわいい娘に、成仏してないと決めつけられて
体調が悪いのも、そのせいにされたら
そっちのほうが無念だと思いますよ」
「いけないんですか?」
「供養や成仏なんて小難しいことより
毎晩1時間も蒸されてちゃ、疲れます。
疲れて、体調が悪いんですよ。
やめなさい、やめなさい…ふろふき大根じゃあるまいし」
「ふろふき大根!」
「ちょっとお休みして、体調をみたらどうですか?」
※また長くなるので、早送り
「そうですね…ちょっと、お風呂のお経はやめてみます。
今受講している、スピリチュアル講座のほうを頑張ります」
「そっちかい!」
「自分探しです」
「よしなさい、よしなさい。
自分探してるうちに、年寄りになって死んじゃいますよ」
「月に2回、車で3時間かけて通っているんです。
大変ですけど、自分の経験を生かして、人の役に立てればと思って…」
「は~あ、やめやめ!
そりゃ疲れるわ。
人の役に立つ前にヨボヨボになって、使い物になりゃしませんよ」
「アハハハ!」
お嬢様は、やっと明るくなり、世間話をする余裕も出始める。
話が今度の市議選のことになり
私がうぐいすをしている市議の、熱烈な支持者だと言う。
今回鞍替えして、別の選挙に立つ話で、盛り上がる。
「じゃあ、その時に、お会いできますね!
先のことが楽しみになるなんて、久しぶりだわ!」
ここで、よせばいいのに余計なことを言う私。
「もしよかったら、選挙カーに、ご一緒にどうですか?
気晴らしになるかもしれませんよ」
「まっ!私が選挙カーに?
この私が?
ホホホ!と~んでもない…そんな恥知らずな…ホホホ!」
すっかり元気になったお嬢様。
そのまま笑い転げながら「それじゃあ!」と電話を切った。
すいませ~ん…恥知らずで。
完
世が世なら、私のような平民が
気やすく口をきけるご身分のおかたではないらしいので
こうしてお声を拝聴できるだけで、ありがたいと思わなければなるまい。
中元歳暮を送るたびに、旦那の所にお礼の電話があるという。
「文句は私に言って、お礼は主人なんですよ!
考えて、選んで、送るのは私ですよ?」
「いいじゃないですか~、嫌な電話が1本でも減って…」
「それだけじゃないんですよ!
必ず、おいしくなかったと、主人に言います!」
「ズケズケおっしゃる姑さんですね」
「そうでしょ?ひどいでしょ?
私はね、いいお店で、いいものを、吟味して吟味して送ってるのに!
ただでさえ体調が悪いのに、今からお歳暮が気になって、もう憂鬱で憂鬱で…」
「今から…
1年の半分は盆暮れの心配となると、つらいですね。
送らなければいいんでは…」
黙って聞いてりゃいいものを、ついイジりたくなるのは
私の悪い癖である。
「そんなわけにはいきませんよ!私の気がすみません!」
「なるほど…じゃ、毎回同じものを
もう勘弁してくださいと言われるまで送るとか…」
「そんなこと、できませんよ!
これ以上言われたら、ますます体の具合が悪くなります!」
※さらに延々と続くので、早送り
誰が聞いても、わかると思う…悩みの根源は、贈り物ではない。
姑の言葉をダイレクトに伝えてしまう、アホな旦那だ。
黙って心に収めておくなり
「次はこういうものにしたらどうか」とさりげなくアドバイスするなり
中元歳暮は自分が担当するなり
もっと気を使えば、妻の悩みはひとつ減るのである。
あてにならない旦那への不満を、姑憎しにすり替えているとも言えよう。
しかし、今の彼女にそれを言っても、混乱するだけなので言わない。
話は、生い立ちに移っていく。
母親の死で大学進学をあきらめ、女将として旅館を切り盛りしたこと…
結婚で女将を退き、ふがいない弟に任せた途端、旅館が倒産したこと…
旦那の転勤で遠方に暮らしている時、父親を一人で死なせたこと…
悩みを多く、深くしている人は、人生の要所要所に、後悔という布石がある。
「私がこんなに体調が悪くて苦しいのは、父が成仏してないからだと思うんです。
父の霊をなぐさめるために、毎晩、お風呂に入って
1時間お経を唱えるのを日課にしています」
「風呂で1時間!」
「はい。供養は大事でしょ?
一人ぼっちで亡くなった父は、無念だったと思うんです」
「死ぬときゃ、みんな一人ですからね~。
私、死んだことがないので、よくわかりませんけど
かわいい娘に、成仏してないと決めつけられて
体調が悪いのも、そのせいにされたら
そっちのほうが無念だと思いますよ」
「いけないんですか?」
「供養や成仏なんて小難しいことより
毎晩1時間も蒸されてちゃ、疲れます。
疲れて、体調が悪いんですよ。
やめなさい、やめなさい…ふろふき大根じゃあるまいし」
「ふろふき大根!」
「ちょっとお休みして、体調をみたらどうですか?」
※また長くなるので、早送り
「そうですね…ちょっと、お風呂のお経はやめてみます。
今受講している、スピリチュアル講座のほうを頑張ります」
「そっちかい!」
「自分探しです」
「よしなさい、よしなさい。
自分探してるうちに、年寄りになって死んじゃいますよ」
「月に2回、車で3時間かけて通っているんです。
大変ですけど、自分の経験を生かして、人の役に立てればと思って…」
「は~あ、やめやめ!
そりゃ疲れるわ。
人の役に立つ前にヨボヨボになって、使い物になりゃしませんよ」
「アハハハ!」
お嬢様は、やっと明るくなり、世間話をする余裕も出始める。
話が今度の市議選のことになり
私がうぐいすをしている市議の、熱烈な支持者だと言う。
今回鞍替えして、別の選挙に立つ話で、盛り上がる。
「じゃあ、その時に、お会いできますね!
先のことが楽しみになるなんて、久しぶりだわ!」
ここで、よせばいいのに余計なことを言う私。
「もしよかったら、選挙カーに、ご一緒にどうですか?
気晴らしになるかもしれませんよ」
「まっ!私が選挙カーに?
この私が?
ホホホ!と~んでもない…そんな恥知らずな…ホホホ!」
すっかり元気になったお嬢様。
そのまま笑い転げながら「それじゃあ!」と電話を切った。
すいませ~ん…恥知らずで。
完