行徳生活日記

「行徳雑学館」作者の日記。

2011年7月31日(日)の日記

2011年07月31日 | 日記

今日は渋谷へ映画を見に行く。上映の初回が午後1時からなので、正午ちょっとすぎに渋谷へ着くように行くが、地下鉄を降りて地上に出ると土砂降りの雨だった。昨日と同じく、いつどこでこんな雨になるか分からないから、折り畳み傘を持ってきていたが、やっぱり正解だった。

シアターN渋谷というミニシアターへ行く。このミニシアターに来たのは初めて。

チケットを買って、開場までの間に昼飯。渋谷駅から国道246号を渡る歩道橋を降りたところに、カウンター席で食べるカレー屋があった。麹町カレーという店。こういう感じの店はすぐに出てきそうだし、カレーだとそんなに水気はないから映画を見る前にはちょうどいい。

店の看板だと「カレー」の部分は漢字だが、かな漢字変換では出てこない。食べログの記事には写真の看板に出ている漢字が表記されていたが、それをコピペしてWindowsのメモ帳に貼り付けたら、うしろのほうの時(口偏に厘)はちゃんと表示されなかった。また、画像ファイルのファイル名に入れたら、画像処理ソフトで開くことができなかった。

食べたのは、店名の「麹町」を入れた麹町カレー(490円)。ビーフカレーをそのように名付けている。

味は値段相応だと思えた。別にもう食べたくないというようなものでもないが、食べるためにわざわざ渋谷にくるようなものでもない。手軽に早く食べたかったからそれで十分で、映画を見る前の時間に余裕がないようなときには、また食べることもあるだろう。

カレーを食べて店を出たら、雨は上がっていた。やっぱり一時的な強雨だったようだ。

 

見た映画はモンスターズ/地球外生命体

朝の番組のエンターテイメントコーナーで取り上げられていて、興味を持った。非常に低予算で作られた怪獣映画だということ。プロの俳優は主役の男女役の2人だけで、あとは、撮影時にそのあたりにいた人をスカウトして撮影したとか、怪獣に破壊されたビルは、取り壊し中のビルがある場所で撮影したとか、VFX場面は監督が自宅のパソコンで作ったとかいうことだ。だけど、噂に違わずよくできている。怪獣(地球外から来た生命体)は巨大なタコのような生物だが、目や口がはっきりしないから観客は怪獣に感情移入することができず、また、はっきりと全身が見える場面もない。全身が映るのはモニターカメラを通した映像だったり、夜の場面だったりする。だから、全編通して不思議な緊迫感が漂い続ける。特撮の技術で見せる映画ではなく、モンスターがいたらどうなるかをリアリティを持たせて描いた映画だ。

この映画の監督が、US版の新しい「GODZILLA」の監督に決まったということ。1990年代後半に作られたUS版「GODZILLA」は、「何、これ?」としか思えなかったが、今回の「モンスターズ/地球外生命体」を見たら、新しい「GODZILLA」がどんなふうに描かれるか関心が湧いてきた。

 

トップページレポートは午前中にひと通り作っておいて、映画から帰ってきたあとに、文面を推敲して夕方にUPする。

夜は映画のDVDを見ながら家飲み。笹かまの海苔手巻きなどをつまみにして、会津ほまれのカップ酒(180ml)を2本飲む。

早いもので明日から8月。


2011年7月30日(土)の日記

2011年07月30日 | 日記

明け方に雨が降ったようで、朝は道路も濡れていた。天気がどうなるか分からないし、湿度が高いから洗濯物をベランダに干しても乾きにくいだろうと思い、今日は半分だけやって、脱衣場の突っ張り棒に干して除湿機の速乾モードで乾かす。残り半分は明日になる。

南行徳駅前のマクドナルドで昼飯を食べて、葛西のいつもの床屋へ散髪に行く。日は差していたが、とにかく用心してビニール傘を1本持って行く。結局、夕方まで雨は降らなかった。でも、予報サイトの雨雲レーダー画像を見たら、午後の時間に千葉市と周辺を強い雨のエリアが通過していた。やっぱり、油断はできない。

とにもかくにも夕方まで雨は大丈夫そうだったので、今週末も自治会の夏祭りを訪ねに行く。今回は新浜一丁目の西浜公園でやっている新浜盆踊り大会。

こちらは盆踊りの櫓。

自治会のイベント運営もいろいろなやり方があるようだけど、新浜自治会の盆踊り大会は、自治会の模擬店だけでなく、屋台は業者を入れていた。この盆踊り大会は雨天決行ということだが、それは業者を入れているので契約などの事情がいろいろとあるからだと思われる。

午後7時前後の20数分、西浜公園にいて盆踊り大会のようすを写す。そのあと、香取二丁目にある房州料理きふねに行く。ところが歩いている最中に、雨が降り出した。最初は傘がいらないぐらいの細かい雨。での、途中から傘が必要な降りかたになってきた。今回は、カメラ用の小さなバッグではなく、デイパックにカメラと折り畳み傘を入れてきたので助かった。

そして、店に着いたあと、午後7時30分頃から20分か30分程度、シャワーのような雨となった。新浜やそのほかの盆踊りや夏祭りをやっている地域ではどうしただろうか。

まずは生ビールとお通し。

インドまぐろ中トロ刺。ビールの次はチューハイにする。

そしてアジたたき

これはにしぼっけという貝で、ボイルしたもの。行徳・浦安をはじめ東京湾の砂地のところで採れる貝だということ。

締めは砂肝おろしポン酢。チューハイは2杯とあとはレモンハイ1杯を飲む。

盆踊り大会のトップページレポートは明日。


2011年7月29日(金)の日記

2011年07月29日 | 日記

気温は夏としては低めだが、相変わらず蒸し暑い。この週末もこの調子のようだ。

晩飯は、この3月初めに22年ぶりに入った、南行徳公園から少し駅側に行ったところにある中華の龍公亭へまた行ってみる。

何にしようかとテーブル上のメニューや壁のお品書きを見て、目に付いたピーマン豚定食にする。

一品料理にもピーマン豚というのがあって、どんなものだろうと思っていたら、出てきたのを見ると青椒肉絲(チンジャオロース)だ。青椒肉絲はピーマンと肉の細切り炒めで、肉は牛かまたは豚が多いということ。ピーマン豚という名前でも外れではない。

ピーマン豚という名前は、昔からの街の中華屋っぽいと思えた。中華料理の名前は、自分が小学生の頃(昭和40年代)に家庭でも作ったり、街の中華屋のメニューにあるものでは、チャーハン、シューマイ、ギョウザ、八宝菜、酢豚、かに玉などはふつうに使われていた。麻婆豆腐もあったと思う(龍公亭では「マーボ豆腐」と表記されていた)。第二次大戦後、国交が絶えていた日本と中国が、国交を回復したのが1972年(昭和47年)。それから約40年で、中国人が経営する中華料理店が横浜の中華街などへ行かなくても、街にふつうにあるようになった。かつては見かけなかった中華の料理名も、いろいろと使われるようになった。青椒肉絲のような、パッと見ただけでは読み方も分からない料理名が一般に広がったのも、ここ30年ぐらいの間だろう。

だから、そうした料理名が一般化する以前からやっている店(あるいは、現在の店ができるより前に、店主がそうした料理を覚えたのかもしれないが)では、客が戸惑わないように分かりやすい名前を付けたのではないかと思う。

さて、中華でちょっとパワーを付けて、今日はダンベル。下半身メニューをやる。


2011年7月28日(木)の日記

2011年07月28日 | 日記

今日は最高気温が30度に行くか行かないかだったらしいけど、湿った空気のせいで天気が不安定でとにかく蒸し暑い。会社へ着いたときも、家に帰りついたときも、汗でぐっしょりだった。週末にかけて不安定なのは続くらしいけど、今週末もどこかの盆踊り大会を訪ねてみたいと思っているが、どうなるか。

晩飯はなか卯牛丼ミニはいからうどん。最高気温が低いからまたも温うどんを食べる。

前に買っておいたデアゴスティーニの「ジェリー・アンダーソンSF特撮DVDコレクション」の第1号をまだ見ていなかった。とりあえず第1号は買っておけと思って買ったのだが、ここのところスタートレックのほうの最後の5冊を見るのを優先して、ほとんど忘れていた。買ったのはいつかと日記の過去分を検索したら、6月17日。1ヶ月以上も経っていた。

まず、「サンダーバード」の第1話を見る。

そして、「謎の円盤UFO」の第1話も見る。

メカ類はやっぱり男の本能というか、男の子の部分を刺激する。

6月17日の日記にも書いたけど、しばらくはこのシリーズで買う予定のものはなし。


2011年7月27日(水)の日記

2011年07月27日 | 日記

南行徳駅の改装工事で、ホーム外側に工事用の足場と覆いが唯一、着いていなかった、西船橋方面ホーム下の改札階へのエスカレーターのところにも、ここ2、3日でようやく設置が行われた。他の箇所はメトロセンターの"軒"の上に設置されたが、エスカレーターのところは斜め、つまり水平でないから設置が難しい。それで、エスカレーター手前側の地面から直接、足場を設置するようにしていた。

 

帰りは、南行徳を降りてから戸上家へ行く。2003年に開店してから最初の1~2年ぐらいは、かなり頻繁に足を運んだが、この3年ぐらいは1年に1回のペースになっていた。今回も、去年の9月以来。

最初は生ビール。

つまみは最初に3品まとめて注文する。まず、活ゆで地だこのお造りが来た。

次いで、鰯の甘露煮

そして、北海道アスパラの天プラ

ビールの後は焼酎のロックで、まずは国分 芋

次は、座ったカウンター席の斜め前にあったのが目に付いた、丸西(これも芋焼酎)。

3杯目は麦焼酎で泰明。この店での締めはやはりうどん。今回は関西味肉うどん

たことアスパラが本日のおすすめメニューで、鰯の甘露煮はレギュラーメニューから。それにしても、相変わらずどちらのメニューも豊富だ。平日だが店は賑わっていた。


2011年7月26日(火)の日記

2011年07月26日 | 日記

先週前半のような猛暑からは楽になったが、やはり30度越えの真夏日だから、ワイシャツは1日着ると汗臭くなる。この前、半袖の形状記憶タイプを1枚買っておいたが、クリーニング代を節約するためにそういうワイシャツは必要だ。

先週休んだダンベルエクササイズを、昨日、久しぶりにやった(上半身メニューのほう)から、今日の午後は胸とか腕が筋肉痛。

晩飯は南行徳メトロセンターの一心亭白味噌ラーメンを食べる。

猛暑日でない、並の真夏日なら熱いスープの麺類も食べたくなる。


2011年7月25日(月)の日記

2011年07月25日 | 日記

昨日はアルコールが入ったところに、さらにヒートアップして長文の日記を書いて、遅くまでかかった。UPは日付が変わる前になんとかできたが、そのあとシャワーを浴びて床に着く時間が遅くなった。それで、今日は昼飯のあとの仕事で、一時、強い睡魔に襲われる。

そして今日は日記も通常モードに戻る。この前の3連休のときの猛烈な暑さが堪えて、先週はダンベルを休んだが、その疲れも取れたし、今日から再開。上半身メニューをやる。

昨日の晩飯で辛い麻婆豆腐を食べたが、今日は松屋豚キムチ定食と、これも辛めのものにする。ダンベルをやるには多少はパワーをつけておいたほうがいい。

ダンベルはちょっと早めの時間にやる。就寝も前倒しにして、睡眠不足状態をリセットしよう。


2011年7月24日(日)の日記

2011年07月24日 | 日記

昨夜はシャワーも浴びずに、とにかく布団だけ敷いて寝てしまったので、今朝、起きてからシャワーを浴びる。朝飯をコンビニに買いに行くのも、いつもの休日よりやや遅めだった。朝飯を食べたら、昨日、書けなかったこの日記をあらためて書く。

昼飯は買い物がてら南行徳駅前へ行って、なか卯すだちおろしうどん

そして、帰ってきてから昨日、行徳南部公園で写してきた幸二夏まつりの画像でトップページレポートの作成を行なう。それ以外の更新もやって、夕方にUP。

今日の正午で、東北の被災3県を除いて地上波アナログが終了し、今日の24時まではブルーバックのお知らせになると聞いていた。夕方のニュースを見たあとで、テレビをアナログチャンネルに切り替えてみたら、ブルーバックでなくてちゃんと映っている。

これは一体、どういうことかと思ったが、すぐに思い出した。うちはケーブルテレビ経由で見ているが、2015年3月末までは、ケーブルテレビ局がデジタル-アナログ変換サービスをやってアナログの放送波を流しているということだ。

晩はバイパス沿いにある中華料理の晨怡へ行く。もうすぐ開店1周年になる。確か去年の8月中旬に初めて行ったのだった。この場所は中華の店になってから晨怡で3店目だが、中華料理店がいろいろとあるこの地区で、よく1年続いたものだと思う。

まず、生ビール。きゅうりのスライスはお通し。

ビールが来てから気が付いた。生ビールと鉄板餃子とおつまみ1品で980円のお得セット

じゃあ、最初はこれにする。おつまみは300円メニューから選べる(これをメニューなり、どこかにはっきりと書いておいてほしい)。中華くらげにする。

そして鉄板餃子が来た。噛むと肉汁が湧き出すおいしい餃子だった。

生ビールは1杯380円と安い代わりに、ジョッキは小さめ。2杯飲んだあと、紹興酒のグラスにする。今の季節はやはりロックで。紹興酒も2杯飲んだ。

締めに麻婆豆腐の定食セットを食べる。これは去年の10月に来たときにも食べた。(定食セットにできるかは、聞いたらできるということだった。これも、メニューかあるいは店内の貼り紙などに書いてあれば、注文しやすいし、入りやすいのに。)

この麻婆豆腐は行徳地区の中華料理店で自分が食べた中で、一番の辛さだった。2番目が上海飯店の麻婆豆腐になる。辛いと言っても、まだ辛さを楽しめるレベル。だから、今回も頼んだ。

今回、食べたうちでライスはパサパサだったが、それ以外の料理はおいしかった。でも、自分が帰るまぎわに2人ぐらい来るまでは、他にお客さんはいなかった。この界隈は日本人がやっている昔からの町の中華屋や、ちょっと本格風の中華、それに中国人がやっている中華料理店と競争相手が多い。特に、500メートルも離れていない上海飯店は味も店の作りも接客も完成度が最も高い店になっている。こうした競争相手がいるなかで、1年よく持ったとも思えるが、さて、今後も大丈夫だろうか。特にこの店の場所は何度か店が変わっているから、後発組みには厳しい環境だ。

 

さて、今日は行徳雑学館をオープンして以来、一度も変わっていなかったコンテンツ-注意事項のページを12年ぶりに変更する。(考えてみれば、明日で丸12年だ。) タイトルも「当サイトについて」にして、いろいろと詳しく書く。

この前、居酒屋オンドリの閉店に際してトップページのレポートにまとめたが、そのときに行徳雑学館につながった最初のアイディアを思いついてから、行徳雑学館を作って公開するまでの、諸々のことをあらためて思い出した。その中で、オンドリはじめ、自分が気に入っている店を応援しようとしたのが、最初のアイディアだが、地域の個人ホームページのグルメ情報コーナーなどに投稿するだけでは、
「他人のふんどしで相撲を取る」(=他人の努力にタダ乗りする)
ようなのが嫌で、自分のサイトを立ち上げるという考えに至ったことを思い出した。

そうすると、12年前とは違い、今はブログもツイッターもあって、Webページを作る難しさが障壁になることもなく、個人が地域の店情報でも何でも情報発信できるように、ネットの世界が変わったこともあらためて意識した。だから、店やイベントその他を取り上げてほしいといったリクエストは一切、受付けないというスタンスをはっきりさせておこうと思った。他人の努力にタダ乗りしないと思って、自分のサイトを作ったのだから、当然だが、他人が自分のサイトにタダ乗りしようなどということも認めない。

12年前に注意事項として書いたものは、当時の個人サイトとしては標準的だと思ったものだが、その後、いろんな状況も変わったし、あらためて行徳雑学館(このブログも含めて)のスタンスをはっきりさせておくことにした。

自分に理科系人間の生真面目さがあるからだろうと思うが、原則から外れた行動には怒りを覚える。自分のサイトで言えば、ブログのコメント欄にコメントでないものを投稿されたりすることだ。記事に書かれていることなどお構いなしに、掲示板代わりにして、関係のないことを平気で書いていく奴はバカだとしか思わない。作者への好意的なメッセージであったとしても、それを書くべきでないコメント欄に書かれていると腹が立つだけ。インターネット普及期に多くの人間が目にした、テキストボックスと送信や投稿と書かれたボタンがある仕組みは、掲示板だっただろう。だから、見た目が、テキストボックスと送信や投稿と書かれたボタンがあるのはみんな掲示板と思っている奴は、生まれて最初に見た動くものを親だと思って着いて歩くアヒルやガチョウなどの動物と同じ(つまり、刷り込みで行動しているバカなやつ)だとしか思えない。

それでも、日記をブログで書くようにした最初のころは、「コメント」という言葉の定義にあったもの以外をすべて排除するのは堅苦しすぎると思ったから、多少の逸脱ではあっても、地域の情報に関するものなどは大目に見ようかと思っていた。ところが、実際はコメントの定義などまったく意識しない投稿が増えて行くだけ。まさに、エントロピーは増大していくという熱力学の第二法則と同じだ。だから、一昨年の暮れ、ノートパソコンも荷物になるから持っていけない旅行に行く前に、ブログのコメント欄は投稿内容をチェックしてから公開するように設定を変えた。でも、そうしてもコメントといえない投稿は減らない。逆に、まともなコメントは減って行く。うんざりも重なって行ってついに閾値を越えたのだろう、コメント欄など無用だという結論に達し、去年の11月の終わりだったがコメント投稿は禁止にした。

思い出したけど、毎年、今頃の時期に、入船か日之出、宝あたり(昨日、足を運んだ幸に近いあたり)の大規模マンションの自治会が開催する夏祭りがあるという情報を、ブログのコメント欄に投稿する奴がいた。これも、1年に一度のことだし、地域の情報を発信したいからだろうと思って大目に見ていたが、去年、こんなことを書いてきた。
「連絡遅れてすみません」
すでに、チェックしてから公開という設定していたときだが、これには頭に血が上って、即、削除した。キレるというのはこういう感覚だろう。
「まったく、何が『連絡遅れてすみません』だ。ふざけるな!」
だ。
「毎年、コメント欄を掲示板代わりに使うマナー違反をやってすみません。」
と書くならともかく、こちらは連絡など頼んでいないし、連絡されて喜んでもいない。単に大目に見ていただけだ。コメント欄を掲示板代わりに使うというマナー違反をやって、それをなんとも思っていない態度にはこちらもキレる。こんな奴の書いたものは、今後、どんなものでも二度と公開しないと思ったのだった。まったく、こういうのが続くと、徐々にうんざりも積み重なって行く。

このブログのサービス元であるgooブログには作者へのメッセージ送信機能があって、ブログ画面の左か右のどちらかのフレームに設置することができる。それを一時期設置して、コメント欄でなく、そちらを使って誰かメッセージを送ってはこないかと思っていたら、去年の8月、初めてメッセージが来た。

ところが、そのメッセージが最悪。最初は「初めまして」から始まる、ふつうのメッセージだったが、最後に書いてあったのが、バイパス欠真間の交差点近くにある中華料理店のこと。その店は、まさに今日も行った晨怡。そのころ、それまでの百味亭という店だったが、晨怡に変わったばかりの頃だった。メッセージの最後が、その店についての話だったのだが、
「看板が変わっていました」
とついでのことのように書いてあった。変わって何という名前になったのか、それも書いていない。似たようなものは、このメッセージの送り主とは別人だろうが、コメント欄にも書いた奴がいた。ブログや行徳雑学館でも取り上げていたが閉店してしまった店についてのことで(それも、その日の日記内容とはまったく関係がない)、新しい店ができそうだということと、そしてこれも最後についでのことのように、
「あ、それから近くのどこそこに居酒屋ができていました。」
これもすでに削除したから、細かいところまでこの通りではないが、とにかく新しい店の店名も書かずに、あいまいな情報をついでのことのように書いているだけ。

何十年も生きていると、こういう手合いには何度も出くわす。ちょっと目に付いたことや、小耳に挟んだことを、「ちょっと教えておいてあげよう」とあいまいなまま人に伝えて、自分が(道徳的に)いいことをしたと思っている連中だ。そのくせして、自分は責任を負いたくないからあいまいなまま、ついでのことのように人に言うだけ。店の名前が何か確かめるのは伝えられた相手だが、「地域の情報のサイトとかブログやっているから、自分が調べればいいじゃない。」と自分は何の負担も背負おうとしないのもこういう連中がやりそうなことだ。企業や団体などの組織では、こうした自分が責任を負わない行為は叱責の対象になる。組織の中だからではなく、それは大人として取るべき行動から外れているからだ。ネット上で面識のない相手でも、大人ならそうした行動はしない。あいまいなことを、ついでのことのように相手に伝えて、人に親切にしたとでも思っている奴は、大人になりきれないバカな甘ちゃんだ。

百味亭→晨怡の看板が変わったのは、そのメッセージが来る前から自分も気が付いて、行ってみようと思っていた。別にそんなカスメッセージを見て、行こうと思ったのではない。まったく、迷惑なものを送ってきやがってとしか思わなかった。gooブログのメッセージ送信画面には送り主のメールアドレスを入れる欄があるが、必須項目ではない。もし、送り主のメールアドレスが入っていたら、そんなあいまいな情報は要らないと返答するが、入っていなかったからそれもできない。このブログは日記として書いていて、コミュニケーションの手段にはしていないので、日記で回答すれば、原則が崩れ、またまたエントロピーが増大して行くだけになる。晨怡へ行って、日記に書けば、送ってきた奴は自分のメッセージに反応したと勘違いするだろうと、うんざりした気持ちになった。

そして結局、晨怡に行って、日記に書いたら、メッセージを送ってきた奴は図に乗って、おすすめの店などを書いて送ってきたり、新しい店ができたから調査してほしいなどと厚かましいこと書いて送ってきたりしたが、みんなすぐに削除した。やがて、そうしたメッセージは来なくなったが、結局、gooブログのメッセージ送付機能を設置しておいて、送られてきたのはそうした下らぬメッセージだけだった。

メッセージ送付機能についてもうんざりしたので、コメント欄閉鎖のときに一緒に外して、連絡はインターネットメールだけにして、連絡先を記したページをブログのブックマークに載せることにした。コメント欄で投稿されるものに、まともなコメントもないわけではないが、一握りだけ。そうしたものが来るまで、愚にもつかぬものばかり見るのもうんざりするだけだ。

今回、行徳雑学館の「当サイトについて」を大幅に改定して、リクエストやいろんなことの紹介も無用だと明記した。こういうことは、はっきりとさせておいたほうがいいだろう。この日記にも、あまり、感情的になりすぎることや愚痴は書きたくないが、この機会に一度だけ書いておくことにした。

このサイトやブログの作者はそんなに若くなく、今年はもう50歳で、マナーだとか、原則に従うことにうるさい頑固親父の年齢になっているから、メールを送るときも、そう思って送ってくださいということも言っておいたほうがよかろう。


2011年7月23日(土)の日記

2011年07月23日 | 日記

思ったより晴れなかったが、昨日、一昨日よりは少し気温が高め。洗濯をやってベランダに干したら、なかなか日が当たらないので乾くかどうか心配したが、さすがに夏だから午後4時ごろまでには乾いた。

昼飯は南行徳マルエツ近くにあるイタリアンのポポラーレへ行く。5月14日に初めて行った店。そのとき、近々改装のため休むという旨の貼り紙があった。しばらくして前を通ると改装は終わったようで、ビルの奥側の区画だけだった店が、道路側までの倍のスペースになっていた。そして、出入り口も道路側になっている。

厨房の位置は変わらず、その脇の壁をぶち抜いて道路側の区画も加えていた。道路側が禁煙席、奥側が喫煙席ということで、境界ぎりぎりの厨房脇に座る。
道路側を見るとこんな感じ。ガラス張りにして自然光を多く取り込んでいるし、今は節電ということもあるのだろう、昼間はあまり照明を付けていない。今日は曇りなのでやや暗めだった。

こちらがこの前、入った奥側・・かつてはタイ料理のチャオプラヤが入っていた側。

前はパスタ+ミニサラダのパスタランチ(680円)を食べたが、今回はセットランチ(1,000円)にする。プラス150円でドリンクも付くのでオレンジジュースも注文。
まず、ドリンク、それとセットランチの一部のフォカッチャサンドが来る。

パスタはトマトソースとモッツァレラの冷製パスタを選んだ。

セットランチはデザート付き。今日はかぼちゃのケーキ

セットランチは、なかなかの満足感があった。

 

帰って、昨日買った「スタートレック・ベストエピソードコレクション」最終号のDVDで、「スタートレック・ザ・ネクストジェネレーション」のファイナルエピソードを見る。

スタートレックのテレビシリーズのファイナルエピソード、映画作品を含め、このラストシーンは自分が一番好きなもの。一つの大きな宇宙艦を預かるという重大な責務を負っているピカード艦長は、部下との馴れ合いを生まないため、仕事以外ではあまり親しく付き合うことをしない人物として描かれている。だが、最終回の大きな事件のあと、部下たち(=主要クルー=レギュラー登場人物)が集まってポーカーをやっている部屋へ現れ、仲間に加わる姿が描かれた。

父親的な立場にある人物だが、部下たちの顔をぐるっと見つめ、

そして、ポーカーに入って行く。テーブルを上から写した映像が、

エンタープライズの円盤部のその部屋がある部分を上から写した映像となり(ラストでこういう角度から船が映るのも最終回が初めて)、

映る範囲が広がって、やがて船全体になる。


エンタープライズとクルーたちの旅はこれからも続く。
というラストシーンになる。ちょっと寂しくなってほろりとした気分になるラストだった。

過剰に情感を持たせた演出であれば、逆に興醒めしてしまうだろうが、これぐらいがちょうどいい程度のものだ。次に好きなのは映画の「スタートレック・ネメシス」のラストで、戦いで大きな損傷を受けたエンタープライズEがスペースドックで修理中の姿。テレビシリーズ以来のクルーたちも散り散りになっていくが、でもエンタープライズの旅は再び始まることを感じさせて、これもほろりとした気分になるもの。その次だと、「スタートレック・エンタープライズ」最終回のラストで、3艘のエンタープライズと3人の艦長(船長)のナレーションだろう。(→6月19日の日記

 

あちこちの自治会で夏祭りをやる時期になったが、できるだけこれまで足を運んでいないところに行こうと思っているので、今回はちょっと遠いが行徳南部公園で行なわれた幸二夏まつりを訪ねる。行徳と妙典のちょうど中間を海側へ進み、運河に突き当たる手前に位置するから、南行徳のバイパス側に住んでいる人間にとっては、一番、行きにくい場所になる。家から歩いて約40分だった。

午後7時から盆踊りが始まった。これは公園の広場の周りに設けられた模擬店の後ろ側から写したもの。祭りを主催する自治会のスタッフは「幸二 祭」のロゴをプリントしたお揃いのTシャツを着用していた。

この祭りについては明日のトップページレポートに載せる予定。

行徳南部公園には20分程度いて、それからまた30分ぐらい歩いて福栄一丁目のジャズライブのHot Houseへ。今日はこの店に来る予定だった。つまりアルコールが入るので自転車ではなく歩きにした。

店の前まで来たら、本日出演のドラムの渡辺文男さんが外の空気を吸いつつ、一杯やっていた。

ママさんのブログはけっこう読んでいるが、ついこの間、床の張替えをやったとのこと。床だけでなくテーブルも天板が木目の新しいものになっていた。

今日はベースが佐々木悌二さん。ピアノが松井節子さん。

そしてドラムが渡辺文男さん。さらに当初の出演予定になかったアルトサックスの澤田一範さんも登場。

ママさんのブログによると、最近は「遊びに来る」ミュージシャンが多いといこと。「遊びに来る」というのは出演予定はないが、時間が空いているからやって来て出演するわけので、つまりノーギャラ。お客さんのほうも追加のミュージックチャージは発生しない。最近、そういう人が多いというのは、不景気もあるかも知れないし、それにも増して、東日本大震災のあと、特にエンターテイメント関係が、まず切られてしまっているからだろうと思う。 

そういうときにミュージシャンが出演予定でない店に遊びに行ってノーギャラで演奏するというのだけど、そうしたいというのは分かる気がする。身に付けた技能で仕事をしている人たちは、その技能を使わないでいると、どんどん勘が鈍って、戻りにくくなってしまうのだ。

コンピュータープログラムを作るのも、最近は直接自分がやることはあまりないが、若い頃は別の仕事でプログラミングからしばらく離れると、再びやるときに、
「最初はまず、どうやって、次は何をやって...」
とかいちいち考えないとスムースにできなくなる。技術や技能というのはそういうものなのだろう。

行徳南部公園まで40分、そこからHot Houseまでの30分歩いたのは、いい運動にはなったが、Hot Houseでのいつもと同じ量のアルコールが家に帰りついたあたりからどんどん回ってきた。画像をパソコンにコピーしたところでダウン。この日記は翌日回し。


2011年7月22日(金)の日記

2011年07月22日 | 日記

5月のような快適な陽気は昨日1日限定だろうと思っていたら、引き続き今日も快適だった。そうなると暑さが戻らず、ずっとこの気候が続くことを期待してしまうが、そうは問屋が卸さないだろう。 

デアゴスティーニのDVDマガジン「スタートレック・ベストエピソードコレクション」最終号は今週の火曜日発売だったが、1冊しか入荷しない南行徳駅前の本屋では売り切れで買えなかった。なので、今日の帰りに神保町へ行く。マニアックな本を買うならやはり書泉ということで、書泉グランデで買う。

最終号(第135号)は「スタートレック・ザ・ネクストジェネレーション」のファーストエピソードとファイナルエピソードを収録。

今日はまず、ファーストエピソードのほうを見る。

その前に晩飯。南行徳を降りてから洋風食堂壱番亭へ行き、揚げチキンと茄子の鉄板焼を食べる。

昨夜の涼しさで明け方には風邪を引くかと思った。今夜も気をつけないと、せっかくの週末をふいにする。