行徳生活日記

「行徳雑学館」作者の日記。

2011年12月31日(土)の日記

2011年12月31日 | 日記

午前中の新幹線で大阪へ向かう。朝飯は、東京駅から乗るときに一番多いパターンで駅弁の深川めし


数日前、関ヶ原付近から名古屋にかけてが雪で、東海道新幹線はダイヤが乱れたというニュースがあったが、今日の名古屋では雪は見られなかった。さすがに関ヶ原付近は晴れてはいたが、地面は雪に覆われていた。

米原を過ぎてしばらくは雪が残っていたが、米原と京都の中間よりは手前でもう雪は見られなくなった。
新大阪から在来線で大阪へ。大阪も晴れ。風もほとんどなく、穏やかな天気。

夏休みに旅行した会津喜多方の大和川酒造の酒を、この前は自宅で買ったが、今回は年末年始に親の家で飲むのを買う。親の家に着くとすでに届いていた。限定品で純米の木桶仕込みというもの。

母親はパソコンのファイルシステムが相変わらず分からないようで、最近、出かけた先で写したデジカメ画像をパソコンに入れるのを手伝ったりする。

親の家に来ても、多少、話をしたり、母親のパソコンの面倒を見たら、あとはヒマ。もって行った映画のDVDを見たりする。新幹線の中では朝飯のあと、すっとiPodで音楽を聴いていたから、今日はもう音楽はいい。

晩飯がすんだらやることもないので、あとは風呂に入って寝るだけ。大晦日の夜にテレビを見ないようになってからもう長い。だから、この日記のUPの時間もいつもよりだいぶん、早くなる。


2011年12月30日(金)の日記

2011年12月30日 | 日記

今日が年内の仕事最終日で、恒例だが夕方には酒とつまみが振舞われる。事業部によってやり方が違って、今、自分がいる事業部は会社の食堂で宴会用のオードブルを並べる立食パーティ形式だった。なので、今日の晩飯はこの立食パーティで済ませる。

南行徳を降りてメトロセンターを歩くと、業種によってはもう年内の営業を終えて、新年の挨拶のポスターを貼っていた。これは、不動産屋で。

こちらはスーパーナカムラヤ。スーパーなどは今日と明日がかきいれどきだ。

明日からは年末年始の休みだが、今年も曜日の並びの関係で、ゴールデンウィークや9月の連休にあるのと同じような4連休。来年は12月29日が土曜日なので1月3日まで6連休。そして1月4日に1日仕事をすれば、すぐ週末。でも、こんな話をするのはちょっと早すぎる。


2011年12月29日(木)の日記

2011年12月29日 | 日記

昨日が仕事納めというところが多かったそうで、今朝の電車は座れるほど空いているわけではないが、人と直接、身体が触れない程度にぎっしりなので楽だった。

晩飯はえじそんへ行く。
厳選にぼしらぁめんを食べてみる。

最初にスープを一口飲んだら鰹節の味がした。この7月で閉店したバイパス相之川のめん組の鰹だしスープの感覚が蘇った。えじそんは基本がこってりした完熟スープだが、こういうあっさりスープもあるから入りやすい。

さて、今年の仕事もあと1日。


2011年12月28日(水)の日記

2011年12月28日 | 日記

帰りはなか卯牛丼ミニはいからうどんを食べてから、ジャズライブのHot Houseへ行く。

Hot Houseはひさしが新しくなっていた。

晩飯を食べてから行ったので、柿ピーナツなどをつまみつつビールやウィスキーの水割りを飲む。

今日はジャムセッションの日であると同時に、Hot Houseの年内最終営業日。
ジャムセッションのホストバンドはピアノの松井節子さんと、

ベースの佐々木悌二さんだが、

スケジュールが空いていた等で、何人かのミュージシャンが遊びに来ていた。”遊びに来ている”人の分はミュージックチャージはかからない。

松岡俊輔君。

澤田一範さん。

そして、この方が遊びに来たスペシャルゲストなのだが、橋本静雄さん。

橋本静雄さんは松井節子さんや郷間和緒さんと、若い頃から付き合いがある人だということ。仕事での演奏は体調が万全でないためやっていないということだけど、Hot Houseにはときどき遊びに来ておられるということだ。

そして、ママさんのブログを読んでいると、「ベースの神様」と呼ばれる人だと書いてある。
いろんな世界に「××の神様」と呼ばれる人はいるようだ。特撮の神様の円谷英二、マンガの神様の手塚治虫とか。

橋本静雄さんの演奏は、郷間和緒さんのお葬式のときの香典返しで貰ったDVD(1988年の演奏)でも聴くことができるが、生ではこれまで機会がなく初めて。そのベースの神様の演奏がどんなものかと思っていたが、この楽器自体が他の楽器やボーカルをサポートする地味な役割にあるためか、最初はなかなか分からなかった。何曲か聴いて耳が慣れてくるに従って、味のある演奏だと思えるようになってきた。手で弦を弾いていたのが、弓を使った演奏に切り替えたときに「おぉ、これは!」と思えた。もっと聴きたいと思ったが、それは別の機会に。

ジャムセッションの日に来たのは初めてだが、プロの演奏と、ジャムセッションに参加するアマチュアプレイヤーの演奏とが、ほとんどノンストップで続く。自分は明日と明後日がまだ仕事だから、午後9時ごろにでも帰ろうかと思っていたが、気が付くと午後9時半を過ぎていた。それで、最後までいることにする。

毎年、年内最後の営業日にはお客さんとミュージシャン全員にシャンパンが振舞われ、みんなで乾杯。

では、良いお年をということで店をあとにする。


2011年12月27日(火)の日記

2011年12月27日 | 日記

朝はそれほど寒くなさそうだったので、綿のコートで出勤したら、帰りの時間は風が出てきたために、けっこう寒かった。やっぱり、ウールのコートにしたほうがよさそうだ。 

南行徳駅の中野方面行きホーム外側は、工事用の覆いが取り外されていた。ほぼ完成時の姿を現した。

帰りの時間の南行徳メトロセンター。花屋さんが通路の反対側で正月飾り類を売っていた。

今夜はIZAKAYAあびぃろぅどへ行く。

まずは中生。

マスターは特撮関係のフィギュアが家にいろいろとあるようで、店に持ってきたり、持って帰ったりしているらしい。今日は特撮もの好きな自分のような客が来たので、最初のほうの空いている時間だたが、カウンターの上に出してくれた。
ちょっと大きいサイズのウルトラマン。

ウルトラマンはキットを買ってきて組み立てて、色を塗ったそうだが、右にあるフランケンシュタインはマスターが一から粘土をこねた手づくりのものだということ。

洋画のフランケンシュタインではなく、東宝の「フランケンシュタイン対地底怪獣」に登場するフランケンシュタイン。
マスターが演奏したりする居酒屋だから、特撮関係だけでなく音楽関係のものも増えていた。このギターとギターケースのミニチュアがそう。

さて、つまみはまず、牛もつ煮込み。寒いときには身体が温まる。

ビールが終わったらグラスワインの白。次のつまみはかきフライ

グラスワイン白はもう一杯。つまみはお気に入りのやみつきキャベツ

そしてのりピザ

グラスワイン2杯のあとはチューハイ。

今日のあびぃろぅどには、2008年の夏で閉店した居酒屋源さんでときどき会った人がいた。場所が近いのであびぃろぅどへ来るようになったということだ。


2011年12月26日(月)の日記

2011年12月26日 | 日記

気温的には2,3日前とそれほど変わらないと思うが、地面や建物から徐々に熱が失われていくためか、寒さが増したと感じる。コートも綿コート+ライナーではなく、そろそろウールのコートの出番かもしれない。

晩飯は天善かつ壱番屋。今、サービス価格になっているヒレカツチーズメンチ定食(980円)を食べる。

しっかりと食べて、今日はダンベルで下半身メニューをやる。

だけど、今日はこのことも書いておこう。実は先週の23日の新聞で、自分も16年前に買った「ダンベル・ダイエット」シリーズの著者で、ダンベル体操の提唱者・鈴木正成氏の訃報を知った。

享年71歳。今月の10日に亡くなっていたそうだ。

16年前の1995年、自分も30代半ばになって筋肉が落ち、そして代謝も落ちてきた。そんな頃に地元にタイ料理店が出来てスパイシーな料理にはまり、その勢いでちょっとグルメをしたらたちまちウエストの肉が急増した。昼飯のあとなど苦しくてしょうがなくなり、なんとかしないといけないと思っていた頃に、新聞の朝刊1面の下のほうにあるコラム欄で、ダンベルでダイエットを実践した大学教授として鈴木正成氏が紹介されていた。それで、この先生のダンベル体操の本を買って読み、自分もダンベルを買ってきてエクササイズを始めた。

ダンベルダイエットは1セットだけやるのが基本。自分のエクササイズのメニューは、他のダンベルエクササイズの本も読んで、上半身と下半身のメニューをそれぞれ組んだ。だけど、1回にやるのは1セットだけというダンベルダイエットのやり方でやっている。スポーツトレーニングの本は基本、アスリート向けだからサーキットトレーニングの形で2セット、3セットとやるようなことが書いてあるが、一般の人が健康な身体作りのためにやるエクササイズでは現実的とはいえない。スポーツジムなどでも、2セット、3セットやるようなメニューになっていると聞いた覚えがある。実際にすべてそういうものでもないとは思うが。「ダンベル・ダイエット」は一般の人向けに書かれているから、実際上、続けられるメニューとして1セットだけとしているのだ。自分がこれまで16年間、続けてこられたのも、やはり1セットだけにして、ウォームアップとクールダウンのストレッチを合わせても全体で約30分に押さえるようにしたからだと思っている。

ダイエットというと、ジョギングを急に始めて心臓に負担がかかってしまったり、膝を痛めてしまうことが多いというから、自分がダンベルダイエットに出会えたのは幸運だった。おかげで、それから16年、さすがに同じエクササイズをやっても30代の頃よりは効果が落ちてはいるが、でも、何もしなかったとしたら、どうなっているか想像すると、鈴木先生には大いに感謝しなくてはいけない。

だから、今日はエクササイズを始める前に黙祷。直接、お目にかかったこともない方だが、そうしたい気持ちになった。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。


2011年12月25日(日)の日記

2011年12月25日 | 日記

起きたのは午前8時半頃。洗濯の残り半分をやってから、カメラを持って自転車で出かける。トップページレポート用の写真を写すため。

トップページレポートに使わなかった分から。
南行徳四丁目の桜土手から丸浜川とハイタウン塩浜。

今井橋通りの塩浜橋上から野鳥の楽園方面。

今井橋通り側から野鳥の楽園の遊歩道を進むが、途中で見たシロサギと鴨。

野鳥観察舎前から干潟。

同じく野鳥観察舎前から遠くを眺める。

欠真間三角。樹木の向こうが鴨場。

これも欠真間三角。福栄公園側から。

朝が遅かったので、昼飯はコンビニのパスタで軽く済ませる。

午後は年賀状書き。情報システム関係の仕事に従事し、家でパソコンを使い始めてからも長いのに、宛名を住所録ソフトで印刷するようになったのはほんの2年前。わずか数枚だから、宛名ぐらい手で書けばいいと思っていて、毎年そうしてきた。でも、宛名を間違えないように書くのはわずか数枚でもけっこう緊張するわけで、印刷すると本当に楽。年賀はがきはコンビニで売っている模様が印刷済みのだから、あとは一人一人に手書きで短いメッセージを入れるだけ。

そのあと、写してきた写真でトップページレポートを作って更新。次の週末はもう大晦日と元日で帰省中になるから、今年のトップページレポートは今回ので終わり。次回は年が明けてからの更新となる。

晩飯はバイパス相之川の吉野家へ行く。豚丼に焼味豚丼というのが登場したとしばらく前に朝の番組で聞いた。それを食べてみるつもり。メニューを見ると、従来の豚丼は消えていた。つまり、豚丼のバリエーションが増えたのではなくリニューアルしたわけだ。

注文を受けてから調理するということなので、果たしてどれぐらい時間がかかるのかが気になっていた。この前、南行徳メトロセンターに東京チカラめしという牛丼屋が出来て、オープンして3日目に行ったら、焼牛丼が出てくるまで20分以上かかったから。でも、今日の吉野家は空いていた。そして、焼味豚丼が出て来るまで、牛丼と比べてもそんなに長くはなかった。

一緒にけんちん汁も注文。

自分の勤務先は今週も金曜日までフルに仕事日。もうちょっとで仕事納めという気分にはまだなれない。


2011年12月24日(土)の日記

2011年12月24日 | 日記

いつもの土曜日と同じように、洗濯と掃除はやる。

朝飯はコンビにではなく、相之川四丁目にわりと最近、新しく開店した屋山パン工房というホームベーカリーへ行く。

南行徳公園に近いが、南行徳駅から遠い側の近く。前の道は欠真間二丁目との境界で、ほぼ向かいが養老乃瀧南行徳店。斜め向かいが7月に閉店した居酒屋オンドリとなる。

3種類買ってきた。カタカナの名前は覚えるのが難しい。が、一つだけ覚えられたのが左上の味噌パン。単純な名前だからだ。また、人気No1だということ。

ジャムパンやアンパンからの連想で中に味噌が入っているのかと思ったが、そうではない。どちらかというと、メロンパンと似た感じで、全体に薄く味噌味が付いているパンだった。

昼飯は、バイパス相之川の元めん組の場所に12月初めに開店したすてぃーぼへ行く。11日に行って今回が2度目。

前回は醤油らあめんを食べたが、今回はもう一種類のほうの塩らあめんにする。トッピングはにらにした。

前回、載っている海苔は4枚だと思ったが、今回、よく見ると3枚だった。

今日は土曜の昼で営業していたが、貼り紙があって、年明けからは昼間の営業は日曜だけで、それ以外の曜日は夜のみに変わるということ。麺と酒の店だし、おそらく酒のほうに比重を移すのだろう。あっさりめのスープは自分は好みだが、広く受けるわけではなさそうだから、店が続くためにそうするのではないかと思える。

午後は録画しておいた映画を1本片付ける。

夜は昨夜、飲んだ酒の残りなどを飲んで、昼飯のあと相之川のスーパーヤマイチで買った弁当を食べつつ、ドラマ「帰郷」を録画したのをもう一度見る。どうも、マニアックに細かいところを見てしまう。

まずは市川市の行徳地区であることを示す小道具。
神尾家のダイニング&リビングで、大竹しのぶからかかってきた電話に冨司純子が出る場面。
壁の地図(四角い枠)は市川市の地図。右下の丸で囲んだのは「行徳カタログ」。

電話がかかる前に冨司純子が読んでいたのは行徳新聞っぽい。でも、テレビ画面で見ても小さくて確認できず。しかも、電話に立ったときに、テーブルに置いたら、そのまま床に落ちてしまっていた。

同じく神尾家のダイニング。冷蔵庫に貼られているの(赤い四角の中)は、市川市のゴミの分けだし方のルールのようだ。

こちらも同じく神尾家のリビング&ダイニング。赤い枠の中に見えるのは、市川市のコミュニティバスのルートマップと時刻表。

大竹しのぶの小料理屋の壁に貼られているもの。左のほうの赤い枠の中は、市川のコミュニティバスのルートマップ(あるいは名所マップ)と時刻表の白黒バージョンのように見えるが、はっきりと映った場面がなくて確かめられず。でも、右のほうの四角い枠はというと...

これは縮小したからはっきりとは見えないが、元の画像(それからテレビ画面)では分かる。これは市川市元日マラソン大会のポスター。

と、いろいろとある。まだ他にもあるかも知れない。

次にロケ地は、すべてが行徳地区あるいは市川市というわけではない。また、行徳地区にあっても、必ずしも実際のものと同じでもない。
神尾家先祖代々の墓があるお寺(セリフからは「ほんぎょうじ」(本行寺?)というお寺のようだ)。渡瀬恒彦が妻と娘が眠るお墓に参りに来る場面で、後ろの木に貼られた「犬のふんは飼い主が始末しましょう」。

拡大してよく見ると、「大田区」とあった。

つまり、ロケ地のお寺があるのは大田区。

大竹しのぶの実家の船宿池野屋がある場所は、旧江戸川沿い、浦安の東西線鉄橋近く。

右下に見える「小椋屋」という看板だが、実際にない船宿の名前。「小椋」というのは番組プロデューサーの名字から取られたものではないかと思う。つまりは楽屋おち。
正面近い角度からの池野屋だが、後ろに見えるのが浦安橋。

大竹しのぶの小料理屋「深谷」だが、実際の場所は浦安の東西線高架のすぐそばのようだ。

でも、建物に貼られた住居表示板は、「市川市富浜四丁目18」。

市川市富浜は妙典方面に実際にある町名だが、丁目は三丁目までしかなく、四丁目は架空のもの。つまりそういう劇中の設定。

歳末の持ちつき大会が行なわれている河川敷の場面。テントには市川市と印字されているが、

後ろのマンションと、それに総武線が走る鉄橋が映ることから、市川だが行徳地区から離れて江戸川の総武線鉄橋近く。でも、ここも行徳のどこかの場所という設定なのだろう。

急病になった内田有紀が入院したのは、東都大学(ドラマや映画でよく出てくる架空の大学名だ)の付属病院で浦安にある設定だが、手術の後の屋上での場面をよく見ると、これは行徳にある市川の第七中学の屋上。右の赤い枠の中が七中の体育館だ。

そして神輿の初詣場面が撮影された本塩の豊受神社だが、大竹しのぶの店での柄本明のセリフをよく聞いていると、この神社名は劇中では八幡神社。




でも、神輿の銘坂で「行徳」の名前は登場。

こういうのはみんな、↓これということになるのだろう(赤い枠の中)。

でも、ドラマが基本、フィクションだといっても、こんないい加減なのはやめてほしい。
患者が待つ国東半島の診療所に帰った渡瀬恒彦がおみやげを手渡すときのセリフは、
「行徳の落花生です。」

落花生というなら八街だろう。行徳みやげなら、やはり海苔にしてほしいものだ。このドラマの作者は15年ぐらい行徳在住というが、それでも知識不足か?

 

それから、もう一つ、マニアックな話。実はエンディングで出演者のところを見るまで気が付かなかったのだが、渡瀬恒彦の娘と妻の23回忌の場面に登場するお寺の住職。

宮内洋だった。

宮内洋はヒーロードラマにはいろいろと出演している俳優。渡・渡瀬兄弟とは同年代。渡・渡瀬兄弟がNHKのドラマ「あまくちからくち」に出ていたのと同時期にはTBSの土曜夜9時のドラマ「キイハンター」に出ていた。自分が「キイハンター」を初めて見たのは、もう終わり近い頃だから、あまり印象は強くない。自分にとっては1973年~1974年の「仮面ライダーV3」の主人公:風見志郎だ。その人がお坊様をやっているとは、見ただけでは分からなかった。


2011年12月23日(金)の日記

2011年12月23日 | 日記

祝日で洗濯も掃除もしないから、朝は少しゆっくりと起きる。今日は気温が低いだけでなく、北よりの風が強くなってきたので体感温度がぐっと下がった。

ネット予約してある年末年始の指定席券を受け取りに東京駅へ行って、それから神保町へ寄るためにJRで水道橋へ。
水道橋駅から神保町へ白山通りを歩く。通りのイチョウは今が黄色い状態。

水道橋駅近く、白山通り沿いの古書店。

白山通りのイチョウ。

神保町交差点のところから裏道へ。

セールをやっている神保町の古書店。

神保町はけっこう前から、いろんな店で出すカレーが名物になっている。今回はカフェテラス古瀬戸という喫茶店で食べる。

裏通りの小さな店かと思ったら案外、店内は広かった。ビルは大通りの靖国通りに面していて、靖国通り側からビル内の通路を通ってこの喫茶店に入る出入り口もあった。

店内の壁画は画家・タレントの城戸真亜子によるものとのこと。このことは、どこかで聞いた覚えがある。

食べたのはチキンカレー(980円)。甘口・中辛・辛口を選べる。辛口を選ぶ。

凝った感じの味。ボリュームは少なめだった。

本屋をのぞいたり、まだ買っていなかったシステム手帳の来年分のリフィルを買う。
東西線に乗るために靖国通りを九段下へ歩く。九段下交差点の少し手前、通り沿いのレトロなビルは解体工事が始まっていた。このビルはもう10年以上、ネットが掛けられた状態。老朽化していて外壁が歩道に落ちたりするのを防ぐためだろう。

「さよなら九段下ビル」の垂れ幕がかかっていたので、初めてビルの名前を知る。

神保町への行き来に東西線九段下駅を利用したことは何度もあり、このレトロなビルは目に付く。1階に2軒か3軒、飲食店があって、そのうち入ってみるのも面白いかと考えたこともあったが、結局、実現しないままとなった。

もう10年以上も外壁落下防止のネットが掛けられていたビルが、今の時期に店も撤退して解体となるのは、やはり東日本大震災があったからだろうと思う。老朽化した建物の危険性が強く認識されたのは、おそらく、すぐ近くの九段会館で震災のときに天井が落下し、死者が出たためだろう。

 

夜は行徳が舞台となるドラマ「帰郷」を見るが、夜9時からというので今日は見ながら家飲みとする。午後8時半を過ぎてから、飲む準備。笹かまやチーズの海苔手巻きをつまみにする。

酒は夏に旅行した会津喜多方の大和川酒造のオンラインショップで購入した酒。今年の全国新酒鑑評会で金賞を受賞したという大吟醸を奮発。

缶ビール350mlをまず飲んでからこの酒(720ml)1本では多すぎるから、今日は半分だけ飲んで残りは明日、飲むことにする。

さて、ドラマ「帰郷」が始まって、いきなりクリスマスで賑わう行徳駅が登場。

行徳駅の駅名看板も大きく映った。

クリスマスシーズンのショッピングビルかと思ったら、そのように演出された行徳文化ホール。

ところが、メインタイトルが出るとバックは浦安橋から見た旧江戸川上流。まあ、たしかに島尻方面は映るが...

次に、渡哲也と渡瀬恒彦の名前が出るときのバックは浦安の風景。

映っている川は境川。向こうが東西線の高架と旧江戸川の鉄橋。この付近の境川や、旧江戸川の東西線鉄橋は何度も登場した。

大竹しのぶがやっている小料理屋や、実家の船宿も浦安の東西線近くのようだ。後半で小料理屋のそばで住居表示板が登場。そこには「市川市富浜四丁目」と書かれていた。ちなみに実際の富浜は三丁目までしかない。

行徳が舞台と聞いてはいたが、やっぱりテレビドラマは絵になるロケ地で撮影を行なうのだ。なので、ドラマ内では浦安の元町も行徳のどこかの場所として描いているということなのだろう。でも、ドラマ的には正解としても、実際に舞台となった地域に住んでいる人間としては、どうしても違和感を感じるのだった。

実名で登場する中台神輿は、実際に本塩の中台製作所が登場。(ただし、実際の店にはない大きな看板も、ドラマでは神輿製作所と分かるようにするためだろうけど、建物に掲げられていた。) そして、仕事場も登場。

ちなみに、中台神輿の棟梁役の柄本明がガンの痛みで倒れるのは、河川敷で行なわれている歳末餅つき大会の場面でだったが、その場所は旧江戸川と江戸川放水路の分流点から遡り、総武線鉄橋手前のところだった。

本塩の豊受神社での神輿渡御が登場するのはラストの短い時間。これは、柄本明演じる中台神輿の棟梁が、神社の宮司に頼み込んで初詣の神輿渡御という実際にないものを実現させたというストーリーだった。

他には、渡哲也の娘役の内田有紀がらみの場面で常夜灯公園が何度か登場した。

それで、ドラマの中身はどうだったかというと、渡哲也も渡瀬恒彦も年を取ったと感じた。自分が2人を初めて見たのが、40年前の2人の共演作品「あまくちからくち」だったから、そう思うのも当然だろう。

そして、2人の20年余りの確執が解消され和解するという話だが、内田有紀が急病になって難しい手術が必要になり、他に医者もおらず2人が協力して行なったということからわだかまりが解けるという展開。でも、長いこと生きてきて、いろいろなドラマや映画、小説、マンガなんかを見てきていると、やはり既視感があった。今回のドラマ内でのそうした話に特別に感動するというのはなかった。

突然、病気になるというのは、いかにもドラマ的な偶然。京都伏見の造り酒屋が舞台の「あまくちからくち」で、洋酒メーカーの社長の娘と結婚式当日に破談になった渡瀬恒彦が、やけ酒をあおった店で日本酒業界の家の娘と知り合うというのを連想した。


2011年12月22日(木)の日記

2011年12月22日 | 日記

今日が冬至。昼間の時間が1年で一番短いというけど、会社のビルの中にいるとあまり実感が湧かない。

一昨日、昨日ほどヒマではなくて帰りは若干遅めになる。晩飯は南行徳メトロセンターのやよい軒肉野菜炒め定食

このメニュー、今年もけっこう食べた。

今日も帰ってから録画しておいた映画を見る。今日は2時間半ぐらいのを見たので、この日記を書く時間も遅くなった。