行徳生活日記

「行徳雑学館」作者の日記。

2019年3月30日(土)の日記

2019年03月30日 | 日記

天気が周期変化するので、どうも週末になると寒の戻りで寒い。昨日の通勤は今シーズンはもういらないのではと思っていたコートを着ていった。そして、今日はダウンジャケットがいる寒さ。

今日はどんよりした曇りで雨の心配も大きいが、明日は晴れそう。50周年の行徳駅や火曜日に開通した妙典橋を写しに行くのは明日にする。

そして今日は午後に本行徳の浄閑寺で行われる予定の講談 南総里見八犬伝(下総行徳の段)へ行くことにする。

その前に行徳駅付近で昼飯。カレーとハンバーグのメイプルへ。

1,000円(税込)セットからポークスタミナカレー+サラダ

 

浄閑寺へ向かう途中、行徳ふれあい伝承館へちょっと行ってみると、海苔すき体験が行われていた。

権現みちを歩いて浄閑寺へ。

浄閑寺が近づくとお囃子が聞こえる。そして開演の45分ぐらい前(開場の15分前)だが、もう人がけっこう集まっていた。

門の脇、お寺の駐車場を舞台にしてお囃子の演奏。

湊の囃子会が長らく途絶えていたのを60年ぶりに復活し、昨年の湊・水神宮の祭礼でお披露目されたが、その湊囃子会による葛西囃子の演奏。

湊囃子会が指導を仰いでいるのが浦安丸音會ということだが、その丸音會も参加していて、寿獅子が披露された。

最初は獅子舞だけが登場。

途中からひょっとこも登場した。

最後に獅子とひょっとこの掛け合い。

あとは獅子がひょっとこと一緒に最前列の見物人を周り、頭に噛みつくわけではないが、そんな感じの「ガブッ」をやっていた。自分の前にも来た。

さて、肝心の講談のほう。

地域イベントではお寺の本堂が開場になることも多いが、今回は脇にある建物の広間で行われた。講談師は宝井琴柑さん。

今回のような地域のイベントでは、講談を聞くこと自体が初めてという人が多いだろう(自分もそう)ということで、最初は講談とはどんなものかというトーク。そして、例として短い作品(那須与一だった)をやって、それから今回の演目「南総里見八犬伝(下総行徳の段)」となった。

南総里見八犬伝は講談だけでなく、いろんな演劇や映画、テレビドラマetc.にされているが、自分がかつて見ていたのは人形劇。昭和の30年代から50年代ぐらいにかけて、NHKで平日午後6時台に15分の帯番組として連続人形劇が放映されていた。その中に南総里見八犬伝を原作とする「新八犬伝」(1973年(昭和48年)4月~1975年(昭和50年)3月)があって、自分がちょうど中学の1年と2年のときに見ていた。

なので、今回のような講談を聞いても、「新八犬伝」に登場した人形作家辻村ジュサブローの手による人形の姿が頭に浮かぶ。

下総行徳の段の前段の、古河の芳流閣の話は「新八犬伝」でもあったように思える(高い屋根の上の場面としてだが)。だけど、そのあと舞台になる土地として果たして行徳の名前が登場したかどうかは、まったく覚えがない。自分も社会人になって東西線の西船橋寄りに住むようになるずっと前のことだ。もし、行徳という名前が出てきたとしても関東に土地勘があったわけでもないし、記憶には残らなかっただろう。

 

 夜はジャズライブのHot Houseへ行く。午後8時前には雨が降り出していた。もっとも帰るときには止んでいた。

最初の飲み物はビール。

今日はピアノメインのトリオ。ピアノが松井節子さん。ベースが佐々木悌二さん。そしてドラムが横山和明君。

松井節子さん。
 

佐々木悌二さん。
 

横山和明君。
 

ビールを飲み終え、2杯目のお酒はジャックダニエルの炭酸割り。

3杯目もジャックダニエルで次は水割り。

店内スナップ。


2019年3月29日(金)の日記

2019年03月29日 | 日記

50年前、すなわち1969年(昭和44年)の今日3月29日に東京メトロ(当時は営団地下鉄)東西線の東陽町~西船橋が開通して、東西線が全通。行徳駅もその日に開業している。(南砂町、葛西、浦安、原木中山も同じ日に開業)

つまり今日で行徳駅は開業して丸50年。もう半世紀ということになる。

だけど帰りの時間、行徳駅を降りて振り返って見ても、開業50年やら半世紀やらについて何か出ていたということはない。ふだん通りの風景だった。

晩飯は松乃家ささみかつ定食


2019年3月26日(火)の日記

2019年03月26日 | 日記

気温も上がってきて、今朝はまだ少し寒かったがコートを着ずに出勤。微妙に寒いのでスーツの上着のボタンを留めて歩く。それでちょうどよいぐらい。

晩飯は松屋行徳南店ごろごろチキンのチリソース定食

肉を摂って、今日はダンベルエクササイズをやる。今回は下半身メニュー。


2019年3月25日(月)の日記

2019年03月25日 | 日記

土曜日の寒の戻りの影響はまだ残り、今朝も寒くて暖房を入れ、出勤時はコートを着ていく。帰りはコートは着ていたが、ボタンを留めずに歩けた。さて明日はもっとマシになるかどうか。

晩飯はバーミヤン野菜たっぷり味噌ラーメン


2019年3月24日(日)の日記

2019年03月24日 | 日記

昨日の寒の戻りで今朝は冷え込む。コンビニへ朝飯を買いに行ったときはダウンジャケットを着ていった。朝飯を食べるときは部屋にエアコンの暖房を入れる。

でも、晴れて日が差していたので昼間は気温が上がる。午前中に葛西のいつもの床屋へ散髪しに行ったが、行徳駅前も日が差して暖かだった。このときはダウンジャケットではなく、中厚のブルゾンを着ていった。

散髪が終わったら昼飯時。葛西メトロセンターの吉野家牛丼並Bセット(みそ汁、お新香)

 

晩飯はコンビニのチキンステーキ弁当ポテトサラダ

今日はもうアルコールはなし。


2019年3月23日(土)の日記

2019年03月23日 | 日記

ゴールデンウィーク前ぐらいの暖かさが続いたと思ったら、今日は突然の寒の戻り。表へ出るときは、ふたたびダウンジャケットを着ていく。こんな寒の戻りは今シーズンはこれが最後になるだろうか。なってほしいと思うが。

 

夜はわりと最近オープンしたイタリアンの店へ行ってみる。行徳駅前三丁目にあるイタリアンダイニング&バー 薪と石

こちら(https://akr8523062822.owst.jp/)が一番店の公式サイトっぽい。ほかにも主なグルメサイトにはすでに掲載されている。

上の写真でも分かるが、すぐ隣が居酒屋りん。ここは去年の6月に来ている。

薪と石の場所には数年前にもイタリアンの店があったと思った。名前がすぐ出てこなかったが、”イタリアン”で過去日記を探していくと、シエルという店だっが。どちらもランチだったが、2014年6月末2015年4月初めに入っていた。

そこがやめて、一時、店名不明の中華の店になったがまたそこもやめた。そして空きになっていたが、この2月、いや1月ぐらいかもしれないが、前を通ってふたたびイタリアンの店ができているのに気付く。同じときにこの斜め向かいにあった居酒屋金が宵待草という居酒屋に変わっているのにも気付いた。

宵待草はこの3月1日に行ったが、薪と石の斜め前になる。

 

さて、薪と石の食事メニューと飲み物メニュー。

飲み物はまずビールからで、ザ・プレミアムモルツ

自分が座ったのはカウンター席。8席ぐらいはあった。後ろは4人掛けテーブル席が3卓あった。

テーブル席。

ダイニング&バーというだけあって、カウンターの中には洋酒の瓶がずらりと並ぶ。

食べる方だが、めかじきのカレーパン粉焼き(800円)。

それと、温野菜のイタリアンサラダ(650円)。

ビールを飲み終え、グラスワイン(白)、そして次はグラスワイン(赤)
 

もう次は締めのものにしたいが、この店はピザがおすすめという。それで、ピザメニューから具がいろいろと載っているというもので、ミックスピザ(1,050円)。

洋酒をいろいろ揃えている店だけに、飲み物メニューの裏を見ると、カクテルの名前がずらりと並ぶ。

迷うが、飲み物メニューの表面を見ると、ザ・プレミアムモルツの横にビアカクテルがいろいろと書いてある。

シンディガフとかレッドアイとかディーゼルとか、名前からはイメージしにくいものがあるが、スマホで調べてみる。シンディガフはジンジャエールとのカクテル、レッドアイはトマトジュースとのもの、そしてディーゼルはコーラとのもの。ビールとコーラというのはどんな味だろうと、ディーゼルを注文。

ディーゼルというとディーゼルエンジンしか思い浮かばないが、このカクテルの名前の由来を調べると、コーラと混ぜた黒っぽい色からディーゼルエンジンの燃料の石油が連想されたというのが元という説があった。

もっとも、ディーゼルエンジンのことを調べると、燃料は軽油で軽油自体は無色透明。軽油であることが分かるように精製会社が出荷前に着色しているが、別に黒い色ではないとのことだ。

名前の元はともかくも、ビールとコーラのカクテルなどこの歳になって初めて飲む。だから、なんとも不思議な味だった。

バー、それにスナックでの「いただいてよろしいですか?」で客の方が店員に奢るので、カウンター担当の女の子に1杯。といってもウーロン茶だったが。それも含めて今日のお代は5,000円ちょっとだった。


2019年3月20日(水)の日記

2019年03月20日 | 日記

昨日からずいぶんと暖かくなったので、今日はコートなしで出勤。家から行徳駅までは少し寒いと感じたが、寒くてたまらないということもなかった。

明日が祝日というので帰りは飲んでいく。行徳駅前公園の脇にあるとり一へ。

マスターがおかげさまで開店して丸4年経ちましたと言っていた。自分がこの店に初めて来たのは偶然だが、まさにオープンしたその日で2015年の3月11日。マスターが「人から『震災があった日にオープンすることなんてないじゃない』と言われた。」と言っていた。もう4年にもなる。

お通し、それと最初の飲み物は瓶ビールでキリンクラシックラガー

焼き物と刺身類から注文。まず出てきたのは焼かなくてもよいもので地鶏ももタタキ

そして焼き物はまず、かわ

次いでぼんじりねぎま

瓶ビールを飲み終えて次は地酒にする。この店へ来ると最初の地酒はいつもこれだが、今回も黒龍。一合でいく。

次に出てきた焼き物はなんこつ砂肝

そして最後にみ(せせり)

最初の注文分を食べ終え、次の注文はホタルイカ正油漬

黒龍の一合を飲み終え、もう少し地酒を飲みたいと思ったので四季桜のハーフ。

ホタルイカ正油漬と同時に注文したししとうが焼き上がってきた。

ししとうはたまに猛烈に辛いものがある。そういうのに当たるかどうか気にしつつ(というか実は楽しみにしつつ)食べて行くのは、何かロシアンルーレットのような感じ。

20代のころだけど、銀座の裏通りのさらに脇へ入った小路の焼鳥屋で一度、大当たりしたことがあった。

だけど、それ以来、そんなに辛いししとうに当たったことはない。今日食べたのも、ひとつだけ他よりも若干、辛いものはあったが、大当たりの辛いものはなかった。

ハーフの地酒も飲み終えたので、あとは緑茶ハイを1杯。

最後に焼き天豆を注文。天豆はそら豆の別の呼び方。焼くそら豆というのはどんなものかと思っていたら、フサごと焼いたものが出てきた。

こういう調理をしたそら豆は食べたことがない。だけど、豆なのだから自分でフサを裂いて豆を出して食べる。

一緒に塩の容器も出てきたので、その塩を軽く振りかける。

フサごと焼きというのは、素朴な田舎料理のような感じだと思えたし、それに、キャンプの食事などでありそうな、豪快な調理法のようだとも思えた。


2019年3月18日(月)の日記

2019年03月18日 | 日記

朝晩はまだ気温が低くてコートがいる。家にいる間は、暖房を入れないと徐々に身体が冷えてきて、風邪を引きそうになる。まだ本格的な春にはなっていないようで油断できない。

今週のダンベルは今日やる予定。

それで、晩飯はしっかり目のものを食べようと、南行徳で降りてメトロセンターのかつ壱番屋へ。

かなり久しぶりだと思うけど、とんテキ定食(180g)を食べる。

ダンベルエクササイズのほうは上半身メニュー。


2019年3月17日(日)の日記

2019年03月17日 | 日記

昨夜、飲んだから今朝はやや遅めに起きる。でも午前8時を少し過ぎたぐらい。

予報では昨日に続き、今日も天気は不安定で、朝は晴天でも早ければ昼頃から雲に覆われるかもしれないとのこと。今日あたりは行徳雑学館のトップページのレポートを作りたいが、ここのところ雨の風景や夜の風景が続いたので、今回は青空の風景にしたい。それで、午前10時台にカメラを持って出かける。向かった先は新浜鴨場のあたり。

新浜通りから福栄公園脇の鴨場へ向かう道へ入る。

途中に青葉少年スポーツ広場がある。

ここはかつて、青葉学園の門柱と表札だけはあったが空き地になっていた。野鳥の楽園のほうへ行くときに福栄公園の中を通ると道を挟んで目に入るが、せっかく土地があるのだから活用しないのはもったいないと思っていた。

それが、やがて青葉少年スポーツ広場という名前で整備された。

この広場の案内看板も退色している。ということは、スポーツ広場に整備されてからでも、もうかなり経っているということだ。いつ頃、スポーツ広場になったのか、過去日記に書いていないか探すと2006年5月5日に書いていた。その少し前にスポーツ広場となったようだ。もう13年も経っているわけで、看板も退色するはずだ。

新浜鴨場の門の前の広場。

鴨場の門の脇に植わっている椿。

鴨場脇の水路。

向こうに見える送電線の鉄塔。

野鳥の楽園のほうへも行ってみる。野鳥観察舎解体工事で遊歩道がこの3月下旬まで通行止だが、今日の時点ではどうなっているかを確かめたい。

その手前の欠真間三角。もう今の時期は冬の渡り鳥の姿はなかった。

遊歩道はまだ通行止。やはり開放されるのは予定の3月下旬なのだろう。

遊歩道に隣接する福栄四丁目の住宅地の道から河津桜を見る。早咲き品種だがピークは先週ぐらいだったようで、今は葉桜になりつつあった。

遊歩道入口のところへ戻り、次は終末処理場沿いに新浜通りへ向かう道へ。

ライオンズマンション南市川のところで新浜通りへ出るが、その手前に花が咲いているこぶしの木があった。

 

このあと南行徳のイオンで買い物をして帰るが、イオンの前の交差点を渡るとき、信号機がずいぶんと薄型のものになっているのに気が付いた。LEDの信号機はこれまでのものも電球のものと比べて薄型だが、新しいのがどう違うのかよく見ると、ランプの上の庇がない。それでより薄さが際立つ。庇がない代わりなのか、前傾して取り付けられている。

あとで庇なしの信号機のことを検索したが、ここ2年程度のニュースや個人ブログの記事がヒットする。つまりは、ここ2年ぐらいに広まってきたものだろう。自分が気が付いたのは今日が初めてだ。

 

イオンで買い物したついでに昼飯も買って帰る。軽いものでいいが何にしようかと売り場を見ていて目に止まったこれ。1/3日分の野菜が摂れる冷やしタンメン

1日に必要な分の3分の1の野菜が具として載っているというもの。コンビニでも1日分の2分の1の野菜などと書いた弁当類が売っていたりするが、野菜を摂らないといけないと常に意識にあるから、こういうのを見るとつい買ってしまう。

具を麺の上に載せ、出汁をかけたのがこれ。

 

午後6時を回っても雨が降ってきそうな気配はない。それで、晩飯は近くのコンビニはやめておき、食べに出る。松屋行徳南店へ行き、豚肩ロースの生姜焼定食を食べる。

松屋の豚肉メニューは豚バラを使っていたが、最近、豚肩ロースに変わって店頭にも大きなポスターが出ていたりする。でもまだ食べていなかった。今回初めてだが、バラより肩ロースのほうが少しはいい感じ。


2019年3月16日(土)の日記

2019年03月16日 | 日記

昨日までの予報では、昼すぎあたりまで雨でそのあとは晴れてくるというものだった。それが逆転し、朝から雨どころかいい天気になるが、夕方近くから雨になった。

晩は外へ飲みに行こうかと思っていたが、面倒くさくなってコンビニつまみで家呑みにする。この間の日曜日の大阪日帰りと、週中の会社での宴会の疲れもあったのだろう。

自分の定番のつまみで笹かまの海苔手巻きとその他いろいろ。

最初のビールはなしで、地酒の300ml瓶から飲み始める。千葉県の地酒で総の寒菊

そのあとは、家にある芋焼酎の木挽BLUEと麦焼酎の千夜一酔をそれぞれ炭酸割りにして飲む。

飲み食いしながら見た映画は2本。

まず、ケーブルテレビで録画した「怪獣大戦争キングギドラ対ゴジラ」。

怪獣大戦争」は1965年(昭和40年)の映画だが、今回放映のは1971年(昭和46年)の東宝チャンピオンまつりでの上映版でタイトルが「怪獣大戦争キングギドラ対ゴジラ」に変更になったもの。

もう1本は自分が持っているブルーレィディスク版の「シン・ゴジラ」。

2016年作品だから早いものでもう3年前。

「怪獣大戦争」が最初に公開された1965年は自分はまだ4歳。見たのはその後のテレビ放映。この作品は人気があったようで、複数回見た覚えがある。そしてこの映画というと、ゴジラのシェーや、水野久美が演じた役では一番印象が強く残っているX星人の女性などいろいろ思い出すことはあるが、今日は劇中のある音楽をメインにして見ることにした。

キングギドラだけでなくゴジラとラドンも電磁波で操って地球を攻撃するX星人に、地球側が電磁波を妨害するAサイクル光線で反撃する。

それに加え、X星人は防犯ブザーの音が致命的な弱点であることを突き止め、大音量で流す攻撃も行う。

戦車搭載のスピーカーだけでなく、テレビ・ラジオからも音を流して攻撃する。

そして、これも小学生の頃から強く記憶に残った場面だが、X星人統制官の最後の言葉。

「われわれは未来へ脱出する。まだ見ぬ未来へな..」

そして、自爆ボタンで円盤ごと最期を遂げる。

地球側のAサイクル光線による反撃開始と同時に流れる曲には、子供心にわくわくするものを感じた。

「シン・ゴジラ」で人間側がゴジラに対して反撃を行うヤシオリ作戦でも同じ曲が使われていた。その曲をバックにヤシオリ作戦第一弾の列車爆弾の場面になる。

伊福部昭作曲によるその曲は、かつては「東宝自衛隊のテーマ」と呼ぶのだと思っていた。過去にこの言葉を使った文章を読んだ覚えもある(といってもこの3,40年の間だから、どこで読んだかも覚えていないが)。

今は「怪獣大戦争マーチ」という呼び方が主流で、作曲者の名字を取って「伊福部マーチ」という呼び方もするようだ。

複数のゴジラ映画で使われている(といっても、実際にそんなに数は多くないようだ)が、「怪獣大戦争」ではオープニングテーマにも使われているし、ピンチの地球側が反撃する場面で流れたことで、一番印象が強いのだろう。自分もやはりそうだ。