行徳生活日記

「行徳雑学館」作者の日記。

2010年10月31日(日)の日記

2010年10月31日 | 日記

台風一過なのにすっきりしない。朝は南行徳駅前のドトールコーヒーへ行って朝飯。出てきたら霧のような雨。傘なしでもいけそうだったから、マルエツで買い物をして帰る。洗濯の残り半分をやって今日も脱衣場の突っ張り棒に干す。空模様を見ながら、午前11時ごろ雨も上がったようなので、夏物スーツをみんなまとめてクリーニング屋へ持って行く。

2日続けて家にこもったりすると、かえって疲れるので、今日は出かける。この週末は少し遠いところへ日帰りで行って、おいしいものを食べて昼呑みと思っていたが、台風のおかげでだめだったので、代わりに都内の一度、昼呑みしてみたいと思っていた場所へ行く。目的地は浅草。

まずは雷門をくぐって仲見世通りを歩く。休日の人の多さは初詣の時期と変わりない。それに外国人観光客が多い。さすがに浅草。

浅草寺にお参りして行く。

そのあと、伝法院というお寺の西側(仲見世の反対側)に来る。ここは飲み屋が並んでいる。前(2008年2月)に、折りたたみ自転車で都内をポタリングしたときに通って、昼間から飲みに来て見たいと思った場所。

店の前に並べられたテーブルよりも、やっぱりカウンターへ止まって飲みたいので、カウンターが空いている店を探す。そしてパッと目に止まった三幸という店に入る。表のテーブルには外国人観光客のグループがいた。

カウンターの上には年季の入ったお品書き。

古くからありそうな店なら、安めなのかと思っていたがそんなに安くなかった。最初は生ビールともつ焼き。この3本が500円。

どちらかというと、神社の祭りのときに出る屋台の食べ物の値段という感じ。地域イベントでも自治会主催の盆踊り大会に出てくる模擬店は、収支が合えば利益は出なくてもいいのだから安めの価格になっているが、神社の祭りなどで屋台を出す専門の業者は商売である以上、利益が出ないとやっていけないから値段も決して安くはならない。この店が格安居酒屋のようにいかないのは、浅草という繁華街の場所代もあるだろうと思う。

ビールが終わって、芋焼酎をロックで注文。するとロックグラスでなく、小さいジョッキで出てきた。2番目の食べ物は牛レバ刺し(700円)。細かく刻んで出てきて、つまんで酒のつまみにするのにいい。全体の量も多めで、これは値打ち物だと思えた。

自分の近くに入った、多分、地元の人らしきおばちゃん2人はいろいろ注文して食べていた。やっぱり女性は食べるのが好きだ。そのおばちゃんたちはお品書きにないさんまの塩焼を注文していた。それで、自分もレバ刺しのあと、さんまがあるのか聞いたら、あるということだったので塩焼にしてもらう。

カウンターの上には煮物が並んでいた。

締めはその中からだいこん煮を食べる。

焼酎は芋焼酎を2杯飲んで、そのあと麦焼酎を1杯飲んだが、グラスが大きいためにちょっと飲みすぎだった。

飲みながら店内や周りの客の様子を観察する。店内はテレビが2台あって競馬中継を流していた。

なので、店内には競馬新聞を手にしたおっちゃんが目に付く。

その一方で、さんまの塩焼を食べていた地元の人らしきおばちゃんもいる。かと思えば外国人の観光客が入ってきたり、日本人のカップルや家族連れが来たりする。そういう種々雑多な人間が集まる店になっている。周りの店も似たような状況だろう。

自分のとなりが空いたときに、若いお兄ちゃんが1人で入ってきた。アジア系だったが、店員の女の子が英語メニューを出して(そういうのも用意されていた)、英語で会話していて、「korea」という言葉が聞こえた。店員の女の子は日本語も話していたが、話し方から多分中国の子だろう。

韓国のおそらく20代と思われるお兄ちゃんは、小さいグラスの酒1杯と料理一皿を食べたら、お会計して出て行った。小型のデジカメを持って写していたようだ。日本の下町のきれいというより、どこか猥雑さのある場所の店を探検していたのではないかと思えた。でも、周りはみんな外国人だし、雰囲気に馴染めなかったのだろう。あまり落ち着かない様子だった。どこの国の人間だって20代の頃と言うとそんなものだと思うが。(まあ、そのお兄ちゃんが実際は何を考えていたのかは分からないが)

そのお兄ちゃんを見ていたら、もう20年余り前の、自分の20代のころを思い出した。自分も若い頃からグループでつるむよりも1人で好き勝手に行動するほうが性にあっていた。別に外国へ行ったわけではないが、銀座で裏通りからさらに路地に入ったところにある店を探検したりした時期があった。そういう場所には隠れたおいしいものがあるのではないかと思っていたからだ。発見して自分だけの店という気分に浸りたいとも思っていた。と言っても、ぼったくられるような店はいやだし、結局は焼き鳥屋や居酒屋になってしまったのだが。入った店のマスターは、不安そうな顔をして、おどおどした若いのが入ってきたと思っていただろう。
そんな中で銀座七丁目の路地に1軒の焼き鳥屋を見つけ、何年か通った。マスターと話をしていたら、マスターの家が原木中山で、自分もそのころ原木中山の独身寮にいたから、それで通うようになった。でも、路地の焼き鳥屋でもさすがに銀座ではそれなりにかかるから、2、3ヶ月に1回程度だったが。その店で、300ml瓶の生酒をフリーザーで凍らせたのを飲むというのを教わった。凍結させた生酒をマドラーで突っついて溶かしながら、酒グラスに注いで飲む。これが面白くて、一時、家でもやったりした。その店、今はどうなったか数年前に一度見に行ったが、とっくに別の店に変わっていた。

また、三幸で飲んで食べているうちに、こんなことが頭に浮かんできた。

「『スタートレック・ディープスペースナイン』のクワークのバーみたいだ!」

スタートレックを初めて見た35年前の中学生のとき、当時は「宇宙大作戦」のタイトルで放映されていたが、オリジナルの"STAR TREK"のタイトルも画面に出るから、"TREK"はどういう言葉だろうと辞書で調べて見た。ひとつの言葉にはいろいろな意味があるが、その中に幌馬車旅行というのがあった。アメリカ開拓時代には幌馬車で未知の土地を探検したという話は、もうどこかで聞いていたから、宇宙を幌馬車旅行のように探検して周るというアメリカ人好みの話だろうというのは分かった。
スタートレックのその後に作られたシリーズも基本路線は宇宙艦で未知の宇宙を旅する話だが、その中で一つだけ宇宙ステーションが舞台の異色作品があって、それが「スタートレック・ディープスペースナイン」。いろんな種族(異星人)がやってきて、そしてまたあちこちに散っていく宇宙の交差点で、いろいろな物語が生まれるという話。グランドホテルドラマという形のドラマがあって、一つの街のような大きなホテルでいろんな人間が集散し、そこにいろんな物語が生まれるというのがある。「ディープスペースナイン」は宇宙ステーションを舞台にしたグランドホテルドラマになる。しかも舞台となる宇宙ステーション-ディープスペースナインは、地球人が属する惑星連邦が作ったのではなく、カーデシアという種族が作ったもので、それがいろんな経緯があって舞台となっているという設定。こういうのは移民によってアメリカが人種のるつぼである部分や、またアメリカにある非欧米的な部分を現していると言われたりしている。

そのステーションにいるいろんな種族に、商人の才に長けたフェレンギ人がいて、そのフェレンギ人のクワークがバーをやっている。バーは酒を飲ませるだけでなく、カジノが設けられていたりする。

なので、未来の高度な技術を使った宇宙艦がどこか高級ホテルのような雰囲気があるのに対し、宇宙ステーションだから高度な技術を使ってはいても、猥雑な感じのする空間が舞台となっている。三幸の店内テレビで競馬中継を流していたり、競馬新聞を持ったおっちゃんたちがいるかと思えば、家族連れやカップルがいたり、外国人観光客がいたりするという雰囲気は、ほんとにクワークのバーのような感じだと思えてきて楽しくなってしまった。

ところが、この楽しくなったのがよくなかった。ついつい調子に乗って焼酎を余分に飲んでしまった。店を出て帰りの電車に乗ったら、揺られているうちに気持ちが悪くなってきて、途中の駅でトイレに駆け込んでゲロッてしまった。20代の頃はやったことがあるが、この年になってやってしまうとは、まったくみっともない話だ。
なんとか家には帰りついて、そのころは気持ちの悪いのはおさまっていたが、床にごろりと寝転がりしばらく寝てしまう。目が覚めたら、体が冷えた感じ。とにかく、デジカメ画像だけパソコンに移し、この日記の出だしのところだけ書いて、もう布団を敷いて寝ることにする。翌朝に熱が出ていないか心配だった。


2010年10月30日(土)の日記

2010年10月30日 | 日記

朝飯を買いにコンビニに行ったときですでに本降りになっていた。台風14号が接近してきているので、昼飯と晩飯も一緒に買い、今日は1日家にこもって録画した映画を片付ける。午前中も午後もずっと見ていた。

洗濯は晴れたとしてもベランダ干しでは乾かないだろから、2日に分けてやって脱衣場の突っ張り棒干し・除湿機の速乾モード乾燥。

昼飯はチャーハンの弁当。それとインスタントの味噌汁。

晩飯はカレーの弁当サラダ。あとは毎日飲んでいる野菜ドリンクの残っていた分。

昨日の予報では、明日は台風一過の晴れと出ていたが、今日の予報では台風の後に低気圧が生まれてやってきそうなことを言っていた。前の日曜からどうもいい天気の日があまりない。


2010年10月29日(金)の日記

2010年10月29日 | 日記

台風は日本に近づくほどスピードが上がっているようで、朝の予報、昼の予報、夕方の予報と、見るたびに関東再接近のタイミングが早くなってきている。この週末は、日帰り小旅行をしておいしいものを食べて昼呑みをしようかと思っていたが、それは別の機会とする。台風の状況を見ながら、どうするか考えることにする。

それで、明日は台風が接近してきそうなので今日は飲んで行くことにする。南行徳を降りてから居酒屋オンドリへ。
最初は生ビール。最初の食べ物はレギュラーメニューから大葉と紅生姜のチキンカツ

ビールが終わって地酒。まずは黒龍。食事は釣アジの刺身

次は飛露喜。食べるほうは生シシャモの塩焼

地酒を2杯飲んだあとはライムハイ。食べるほうはもずく酢


明日は台風通過で大荒れになる模様。1日家にこもることになりそうだ。


2010年10月28日(木)の日記

2010年10月28日 | 日記

昨日に増して寒くなった。まだスーツの上着の前ボタンをかけて何とかしのげたが、さすがに帰ってから2着あるコートのうち、とりあえず綿コートを出しておく。夏物スーツをまだクリーニングに出していないので、洋服ダンスが窮屈だが、コートの一着ぐらいならなんとか入る。

急に寒くなっても身体は適応しようとするが、むしろ2、3日たってから急に鼻水が出始めたり、喉が痛くなったりすることがあるからそっちのほうが気になる。

晩飯はなか卯。季節メニューの鴨つけそばはまだやっていたが、去年も10月末頃で終わったと思うので、今シーズンの食べ納めだと思って食べる。ライス・つけもがセットの鴨つけそば定食にする。

夜はこの間から録画したがまだ見ていなかった映画を見る。台風が接近していて、週末に関東に来るらしい。家にこもりっぱなしになるなら、録画しておいた映画を片付けるのもいいだろう。もっとも、停電になったりすればだめだけど。


2010年10月27日(水)の日記

2010年10月27日 | 日記

冬みたいに寒いとは思ったが、11月下旬でもまだコートは着ないでいけるから、今日はコートは必要なかった。もっとも、まだ衣装箱の中に入っているから着たくても着られない。男はそれでよくても、女性はやっぱり寒いようで、分厚いものを着ている人が多かった。

晩飯は南行徳メトロセンターのやよい軒チキン南蛮定食を食べる。

このメニュー、初めて食べたか前にも食べたかどうもはっきりと覚えていない。と思って過去記事を検索したら過去3回食べている。最近はわずか半年前の今年の3月末。その前はおととしの夏で、最初は2006年の9月で行徳地区最初のやよい軒が行徳駅前にできていて、試しに入ったときだった。やよい軒という店に初めて入ったのもそのときで、最初に食べたものがチキン南蛮定食なのに全然、忘れている。あまりにオーソドックスな定番メニューだから、その分、印象に残らないのかもしれない。

晩飯の後、メトロセンターを歩くとところどころに案内図が貼ってあるのに気が付いた。 ごく最近、貼られたもののようだ。

メトロセンターの商店会が作ったのだろうと思う。でも、こういうのを見ると、店が閉店して空き区画ができたり、またそこへ新しい店が入ったりしたときにタイムリーに更新されるのか気になる。こういうのは往々にして作りっぱなしになって、無くなった店がずっと載っているようなことになりがちだからだ。

東京メトロやJRや他の鉄道会社なら、新線・新駅が出来たときに駅や車内の路線図を遅れることなく更新する。企業ならそうしたことへの責任体制がはっきりした強い組織だからできるのだが、商店会組織だと果たしてどうだろう。せっかく作ったのだから、今後の更新もちゃんとやって欲しいと思うが。

今夜はダンベルエクササイズをやって身体に刺激を与えておく。今回は下半身メニュー。


2010年10月26日(火)の日記

2010年10月26日 | 日記

今日は早めに帰れたので、日曜日の行徳まつりで写した画像ファイルの名前付けとバックアップ。場所とかやっていることがわかるようなファイル名にして、DVD-Rにバックアップする。330枚ぐらいあったが、なんとか作業は終わり、バックアップもやる。これで、明日からは家に帰ったあと、もっとのんびりできる。

晩飯はなか卯。今のお得セットのラインアップから、牛丼並・小うどん鶏塩のセットを食べる。

予報で帰りの時間帯は寒くなると言っていたが、その予報は当たって本当に寒くなった。明日は今シーズン初の冷え込みになるらしい。先週まで夏物スーツを着ていたのが、もう信じられないぐらいの急激な変化。体調管理も要注意。


2010年10月25日(月)の日記

2010年10月25日 | 日記

今日からスーツは冬物を着て行く。特に暑いとは感じなかったから、やっぱり季節は進んでいたようだ。

神社の祭礼や大きな地域イベントが終わったことだし、今日は前から気になっていた店に行ってみる。相之川三丁目にあるIZAKAYAあびぃろぅどという店。

南行徳公園の西側(セブンイレブンがある側)の道をバイパス方面へ向かって進み、公園を過ぎて少し先のT字路をのぞくと看板が見える。

自分も2、3年前から気になっていた。家の方向ではないから、あまり足を踏み入れないところだが、10年ぐらい前は喫茶店らしき店があった。

この「あびぃろぅど」の看板だけど、離れたところからだと「あびろど」に見える。一度、前を通って見たときは「あぃびぃろぅど」だと思えた。アイビーリーグとかアイビーファッションのアイビー(IVY)に見えてしまった。そして、2、3週間前に南行徳駅前で晩飯を食べた後、バイパスの本屋へ行くときにちょっと前を通ってみて、看板の店名が「あびぃろぅど」だとようやく分かった。それで、検索して見ると、店のホームページが見つかった。トップページしかない状態のものだが。それで一度行ってみることにした。

また、”あびぃろぅど”と読むことが分かったので、その言葉についても調べられた。
「アビー・ロード」はロンドンにある街路の名前。有名な音楽スタジオがあるとのこと。
1969年にビートルズが発表したアルバムのタイトルが「アビイ・ロード」で、ジャケット写真が「アビー・ロード」で撮影されたとのこと。
このあたりのことは、おそらくかなりの音楽好きな人とか、ビートルズが好きな人でなければ知らないのだろうと思う。ビートルズが来日したのは1966年(昭和41年)のことだったらしいが、自分は5歳。全盛期のビートルズにある程度、はまったのは自分よりも5歳程度以上は上の年代だろう。

店名が音楽に関するものだが、入口には”音楽居酒屋”と出ていた。マスターとママさんでやっている店だが、2人とも気さくな人だった。最初は生ビールを飲み、食べるほうはフライドチキン。本当は手羽元を使うらしいが、今日は切らしているので手羽先のフライドチキンだった。

食べるものを写してから、ブログで日記を付けていることを話す。音楽居酒屋らしく店内にドラムセットが置いてあるので、写させてもらった。マスターが演奏するらしい。演奏は月1回で、確か第3土曜と言っていた。ちなみにマスターは今年、57歳ということだった。ビートルズ全盛期にはまった年代だ。

でも、自分が興味を引かれたのは、写真左上、棚の上に置かれた2体のゴジラフィギュア。
カウンターの座った席のすぐそばにもブースカにウルトラマンにゴジラのフィギュア。

マスターは音楽だけでなく、こういうものもかなり好きだそうだ。
壁にはマスターが昔から集めたレコード(当然LPの)のジャケット。洋楽や洋画サントラが目立つ中、自分の目に止まったのは「アテンションプリーズ」のレコードジャケット。

スチュワーデス(とっくに死語だが)の訓練生が主人公のテレビドラマで、1970年(昭和45年)の作品。マスターは当時の日本航空スチュワーデスのミニスカートの制服が好きだったそうだ。自分も見ていたが、まだ思春期には目覚めていない頃だったから、気にはならなかった。

とにかく、こうしたマニアックなものが好きなマスターで、店にもいろいろなものが置いてあるのだから、自分にとっても楽しい空間だ。

ビールのあとは芋焼酎をロックで。食べるほうはこんにゃく地獄炒め

地獄炒めというぐらいだから、かなり辛味を付けているのか思ったが、ほどほどのピリ辛だった。
焼酎ロックは麦焼酎でもう一杯。そのあとはレモンハイにして、締めはオムライス

あびぃろぅどと同じ並びに去年かおととしオープンした、民謡酒場よさこいがある。よさこいは月~水が定休日で木~日の営業ということで、今日は明かりは付いていなかった。赤い矢印があびぃろぅどの看板。偶然だろうけど、音楽に関係する店が並ぶ道になっている。

”あびぃろぅど”で検索したら、よさこいホームページ内にあるつい数日前のニュースがヒットした。その日はあびぃろぅどのマスターがドラムで参加したそうだ。ちなみに、あびぃろぅどのホームページだが、マスターはパソコンの扱いには詳しくないので、お客さんが作ってくれたらしい。でも、あまり更新はしていないとのこと。そのホームページの写真のマスターは髭を生やしていない頃のもので、今はよさこいのニュースにあるように髭を生やしている。


2010年10月24日(日)の日記

2010年10月24日 | 日記

行徳まつりは午前10時半ちょっと前に着く。午前中から、これまでよりも人出が多い感じだった。トップページレポートにも書いたが、7回目(中止になった回もあるが)を迎えて、それだけ地域に浸透してきたのだろう。

神輿の展示は去年と比べても横幅が広いと思えた。

展示されていたのは、

  • 新井熊野神社の神輿
  • 香取の町会神輿
  • 香取神社の神輿(四ヶ町祭りで渡御される本社神輿)
  • 湊新田の町会神輿
  • 湊の町会神輿
  • 押切稲荷神社の小神輿
  • 伊勢宿豊受神社の神輿
  • 関ヶ島胡録神社の獅子頭雌雄一対
  • 下妙典(妙典三丁目)春日神社の獅子頭雌雄一対
の計9基(獅子頭は雌雄一対で1基とする)で、これまで最大が第1回のときで8基だったから過去最大ということになる。

行徳文化ホールI&Iのステージはこれまで一度も見ていないので、今回は行ってみる。大正琴の演奏とフラダンスを見る。トップページレポートにはフラダンスの画像を載せたから、日記のほうは大正琴のを載せることにしよう。

午後1時からのパレードは、神輿以外は七中校庭から出るところが妙典寄りの校門からに変わっていた。神輿は前回と同じく、校庭に斜めに設置されたテントの間の通路を通って行徳駅寄りの校門から七中を出発。

行徳神輿は前回と同じく湊新田の町会神輿(胡録神社の神輿)が使われていた。胡録神社ののぼりや湊新田自治会の提灯を持った4人の女性が神輿を先導。

去年も4人の女性が神輿を先導していたが、面子は変わっていた。

毎年、七中を出てから高架沿いを行徳駅へ向かって進むパレードを写していた。ここ2回ぐらいは、神輿がちばぎん前で休憩に入ったところで七中へ戻って一休みし、帰ってきた神輿をまた写していた。毎年、同じパターンだと面白くないので、今年はパレード最後の神輿の出発を見届けてから、大急ぎで行徳駅のところへ向かい、先に出発したよさこいソーランや婦人会の踊りパレードを写す。そのあと、行徳駅に着いた神輿のほうへ向かい、七中へ戻るまで追いかける。

久々に行徳駅前通りとの交差点での揉みを写したので、トップページレポートにはそちらの写真を使う。日記には行徳駅改札前での揉みの場面を載せることにする。

行徳神輿と江戸神輿でそれぞれ上下線のプラットホーム部分の下となる、つまり上に余裕がある箇所で揉みをやっていた。だから、放り受けのときも高く放り上げることができる。先週の押切の神輿は線路下の部分に入ってしまったので、鳳凰が天井に当たりそうだった。

こちらが江戸神輿の放り受け。

江戸神輿の渡行は新井熊野神社の宮神輿が使われた。こちらは熊野神社の提灯を持った2人の女性が先導。

子供神輿は先週の押切の祭礼でも登場した小神輿が使われた。

昼飯は会場の模擬店で売っていたものをいくつか買って食べる。最初はやきそば。この種のイベントの定番メニュー。

出展者にはいろんな店や企業があって、その中には石狩鍋を売っているところもあった。一杯買って食べる。

これはおからコロッケ

ボーイスカウト、ガールスカウトのテントではコーヒーが1杯50円だった。

心配だった天気も曇りとはいえ、なんとか最後までもった。神輿が七中に戻ってきて最後の揉みをやっているあたりでポツリポツリと来て、閉会の挨拶が終わって帰ろうと歩き始めたとたんに本降りになった。行徳駅近くのコンビニに駆け込んでビニールの傘を買う。今日のような天気のもち方は神様がイベントに味方してくれたように思えた。神輿渡行をやるのだから、その神様というのは地域の鎮守の神様たちなのかも知れない。

帰ってデジカメ画像をパソコンに移して見て行くと、ところどころにピンボケのがある。今日のような曇りだとオートフォーカスがうまく働かないことが多くなるようだ。オートフォーカス一般にそういうところがあるようだけど。

晩飯はバイパスの吉野家牛鍋丼・コールスロー・けんちん汁セット。ここのところ吉野家へ行くと牛鍋丼を食べている。意外と気に入っている。

トップページレポートのほうは午後8時前にUP。

これで10月の大きなイベント3つが終わった。好きでやっているとはいえ、3週続けてカメラを持って歩き回り、レポートを作るというのをやるのはそれなりに緊張を伴うから、終わってほっとしたというか、解放感を感じてしまう。今日写した行徳まつりの画像ファイル名を内容が分かるものに変えてDVD-Rにバックアップするのが残っているが、それは徐々に進めることにして、明日から仕事の後はのんびりすることにする。


2010年10月23日(土)の日記

2010年10月23日 | 日記

朝、コンビニに行くときはずいぶんと涼しくなっていた。そろそろ、衣替えをやることにする。9月終わりごろに長袖のシャツを出したぐらいで、本格的な衣替えはまだやっていなかった。休日に出かけるときなどに着たりするジャケットやズボン類を、まとめてクリーニングに出す。会社へきて行くスーツは来週。洗濯は土日に分けず、今日全部やってしまう。昼間は晴れたから、ベランダ干しでなんとか夕方までには全部乾いた。ベランダに干して乾かせられるのも、今年は今回が最後かもしれない。

今日は葛西のいつもの床屋へ行く。散髪の前に昼飯。環七沿いにあるうどん家おたふくへ。前はうどん茶寮おたふくという店名だったが、ここしばらくの間に「うどん茶寮」の部分が「うどん家」に変わったようだ。

日替わりランチを食べる。かやくご飯・小えび天・ちくわ天とうどん。うどんは4種類ぐらいから選べるがきつねうどんにする。

この店の釜あげうどんは気に入っているが、もうちょっと寒くなってからのほうがおいしい。

明日は行徳まつりへ行って、帰ってきてからはトップページのレポートを作るので、洗濯物のアイロン掛けなどは今日、やってしまう。

晩飯はバイパスのラーメン屋で友蔵のり玉中華そばを食べる。

夜はトップページ更新の準備。一番古いレポートを過去分へ移すとかはやっておいて、明日は画像の選んで入れて、コメント付けてUPすればいいようにしておく。

明日も晴れかと思ったら、夕方の予報によると天気は早くも下り坂になるようだ。関東は曇りで、雨が降り出すのは夜遅い時間だということ。この予報は外れないでほしい。


2010年10月22日(金)の日記

2010年10月22日 | 日記

昨夜は冬の掛け布団で寝たけど十分に気持ちよく眠れた。今年の異常な猛暑のことが頭に強く残っているけど、季節は進んでいるのだろう。今日もまだ夏物のスーツだったけど、帰りはちょっと寒いと思った。電車の中はまだ少し暑いと思うが、でも来週からは秋冬物スーツでもいいだろう。

帰りは居酒屋オンドリへ寄る。最初は中生。枝豆はお通し。

おすすめメニューのカキフライ。会社の食堂以外では今シーズン初めてのカキフライとなる。

マスターは今年はカキの値段が高いと言っていたけど、これはけっこう大きめでおいしいカキだった。

ビールが終わって地酒は酔鯨。食べるほうは小肌


景気が悪いので酒屋さんもあまり在庫を持たないようにしているらしく、新しいのが入荷するのは月曜ということだった。なので、今日は酔鯨だけ。その酔鯨をもう一杯飲む。つまみはおすすめメニューにあったカマス一夜干。マスターの手づくりということ。

地酒2杯の後はチューハイ。メニューも少し変わったようでじゃがいも料理に細切りジャガ芋の唐辛子炒めが加わっていた。それを食べる。

唐辛子炒めというから、粉末の唐辛子がかかっていてもっと赤い色かと思ったら、油に溶けた唐辛子で味がついているものだった。ビールやチューハイ類に合いそうだ。
このメニュー、前にも見た気がすると思ったが、マスターによると以前も出していたことがあって、お客さんがぜひレギュラーメニュー化して欲しいと言ったのでそうしたということだ。この日記の過去分を検索したら、だいぶん前だが、まだ@niftyのノートブックサービスで書いていた頃の、2005年10月10日12月29日に食べていた。