イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「ぼくが最後のクレーマー~クレーム攻防の方法~」読了

2016年05月26日 | 2016読書
関根眞一 「ぼくが最後のクレーマー~クレーム攻防の方法~」読了

この本を読んでいると、僕も本が1冊かけてしまうのではないかと思ってしまう。
自分でもタイプ別にクレーマーを分類したりしているがそれもこの本と同じだ。クレーマーというのは全国どこでも同じ行動パターンらしいというのも驚きだが、同じ行動パターンといっても一筋縄ではいかない。
ほとんどのクレームは部下が解決してくれるだけに、そこを突破してくるクレーマーは強烈だ。
しゃべり方も巧妙だし、なかなかボロを出さない。もう、素人では対応できないのではないかと思うのだが、わが社はいつも、「現場でやっといてね。」というスタンスだ。自分たちが攻撃されているわけではないので知らないよ~。というのがいつも露骨に出ている。まあ、僕も立場が変わればそうなるのだと思うから仕方がないとはおもうのだが、やりきれない思いだ。

この本にも組織として対応することが重要だと書かれているが、それがまったくない。僕は悪質なクレーマーというのはテロリストだと思っている。最近流行りの言葉を使っているわけではないが、突然やってきて、相手も何か利益になるのかどうかもわからない(利益にしようとしている輩もいるのは確かだが。)状況で混乱を招いて楽しんでいる。そう、大半のクレーマーは楽しんでいるのだ。それでなければ暇つぶしをしているのだ。まったくのテロリストだ。そんなテロリストになんの装備も後方支援も与えられずに戦いを挑めというのだから恐ろしい会社なのだ。
唯一違うことは命までは懸けなくていいということだが、精神的なプレッシャーは並大抵ではない。自分ひとりだけなら喧嘩でもなんでもやってやるが、相手はそれができない立場にいるのを分かっていて戦いを挑んでくるのだ。そこをうまく潜り抜けなければならない。そこが大変だ。
それに加え、最近は変質者ではないのだろうが、アイドルを追いかける乗りなのか、職場の若い女性にやたらと声をかけて長い長い時間居座る若い男もやってくる。そんなときは悲しいかな、ずっと後をつけまわさなければならない。声をかけると今度はこちらは何の手出しもできなと分かっているから言いたい放題だ。こっちはアイドルが刺されたというニュースを見ていると人ごとではないと思うので守ってやらなければならいと思うから自分の仕事も後回しになってしまう。
それだけではない。これは害でもなんでもないのだが、人気のないエレベーターホールに毎日やってくる団塊の世代と思しき人々。何もやることがないのかいつも同じ人が同じ場所で朝から夕方まで何をするでもなくスポーツ新聞なんかを眺めながら朝から夕方近くまで据え付けられたソファーに座っている。テトラの間の居心地のいい場所にいつも潜んでいるカサゴのごとく、フロアごとにいつも同じ人が同じ場所に座っている。何気ない光景なのかも知れないが悲しい光景でもある。一言聞いてみたい。「幸せなのですか・・・?」高度経済成長の時代を支えた日本の社会に貢献し続けた人の末路がこれとは・・・。悲しいとしか言いようがない。

思えば、ある意味、ここは人間の屑たちが最後にたどり着くところではないのだろうかと思うこともある。そして、こんな人たちというのはみんな世の中になじめない寂しい人たちなのだと確信をしてしまう。悲しいとしか言いようがない。
こっちまで滅入ってしまう。だからこんな人を相手にするときの僕の目はきっと哀れな人間を見るような目つきになっているのだと思う。

たまにはこんな本を読んでなにか新しい対処法がないか調べてはみるが、ぼくもこんなことならいつもやってるようなことばかりだ。できれば早くこんな輩と対峙しなくてもいいような部署に異動させてくれないものかと願うばかりだ。

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